東京メトロ千代田線・代々木公園駅、小田急線・代々木八幡駅から程近いところにある「365日」。一見おしゃれなベーカリーにも見えるが、ここは食のセレクトショップ。店内にはパン以外にも農家と共同で開発したオリジナル商品や、野菜、書籍など暮らしにまつわる様々なセレクトアイテムが置いてある。調べると、どうやら農業までやっているらしい。そこには一体どのような思想があるのだろうか。店を訪ね、コンセプトである「365日の食事が人と心と体を作る」という言葉の真意を、オーナーの杉窪章匡さんに訊く。おいしいパンを頬張りながら、食と消費の関係を今一度考え直してみよう。
食+食-食×食÷食。代々木公園のセレクトショップ「365日」
食欲の秋。「おいしいパンが食べたい」と、ふと思い立つ。16世紀半ば、鉄砲と共に日本に伝来したパンは、今や食生活に欠かせない食べ物として定着している。幼少期の頃そこまでパンが好きではなかった筆者にとって、本当に好きだと思えるパンは少ない。だからこそ、おいしいパンに出会い、感動したいと考えたのだ。
そこで足を運んだのが、代々木八幡駅から歩いて2分のところにある食のセレクトショップ「365日」である。ゴールドのプレートに刻まれているのは、店名の「365日」と、「食+食-食×食÷食」という言葉。
そこには、「365日の食を充実させるためには、足していくだけではなく、引き算やかけ算、割り算をしていくことの積み重ねが大切である」という思いが込められているという。そして名前の通り、365日営業している。
戸を引いて店内に入ると、さっそく目の前に食パンやバゲットなどが並んでいる。食パンはどれも小ぶりなサイズで3種類もあることに驚く。どうやら種類によって使用されている小麦やレシピが違うらしい。ハーフでも販売されているが、一本買っても、単身で数日のうちに食べ切れるサイズなのも嬉しいところだ。
「365日」のパンは、どれも小ぶりで特徴的な形をしていて、かわいらしい。「これはなんだろう?」「どんな味がするのだろう?」と好奇心を掻き立てられる。
商品のPOPを見ると、ひとつひとつのパンにシンプルだがこだわりを感じられる解説が添えられている。
こちらの定番のクロワッサンも、話を聞いてみると、「半切りにすることで、一番おいしい中央部分を一口目にいただくことができるように作られている」と教えてくれた。これはおいしそうだ。
ここまで見ると、「ただのベーカリーではないか」と思うかもしれない。しかし、ショーケースの反対側には農家とコラボレーションして開発したオリジナル商品や、セレクトされた食品、野菜や納豆、本、キッチンアイテムなど、様々なアイテムが置かれている。朝食用のパンを買うついでに、夕食用の野菜を買うということもできるのだ。
農業から仕組みづくりまで。杉窪章匡氏が考える「365日の食事」ができることとは?
なんだかワクワクする食のセレクトショップ。その根底にある思考にも興味がそそられる。そこで「365日」をはじめ、同じく代々木八幡にある夜はレストラン営業もしている姉妹店「15℃」などのプロデュースも手がけるオーナーの杉窪章匡さんにお話を伺うことにした。
杉窪さんはパティシエとしてキャリアを積み、2000年に渡仏し帰国した後にパン職人に転向した。「お客さんも、スタッフも、みんなが幸せになれる健全経営をすること」を大前提に置き、2013年に独立。パン屋激戦区でもある代々木公園・代々木八幡駅に「365日」をオープンさせた。「自分がおいしいと思えるパンを作りたい」と、パンづくりの研究を重ねた杉窪さんは、研ぎ澄まされた感覚と探究心、イノベーティブな感性によって、新しいパンづくりの理論を確立。そのパンが非常に個性的でおいしいと話題になり、オープン当初から長年の支持を得ている。
「毎日何を買って、何を食べるのか。そこにある消費態度が、私たちの心と体を作っていく」と杉窪さんは考える。そしてそれは、パンだけの話ではない。パンの原料となる小麦づくりから、飲食店の経営まで。全てが“いい循環”で成立するようなサステナブルなシステム作りに取り組んでいる。
2019年からは、町田市と多摩市の境目に「ウルトラファーム」という名の畑を立ち上げ、小麦や野菜の有機栽培もはじめた。「毎日食べるものに意識を向け続けると、食材の栄養素の高さや栽培方法がどのようなものかも大切になってくる。
「野菜づくりも、会社経営も同じことで、環境が大切です。イソップ寓話の『北風と太陽』の太陽のように、心地よい環境を育てていくことで、自然といい循環が生まれてくる。僕がやりたいのは、パン屋だけの話じゃない、環境づくりなんです」
そして実績を積み重ねてきた今、杉窪さんはこう目標を語る。
「これまでの10年は、パンづくりを通して食の手間を見せてきました。そしてこれからの10年は、手間を楽しんでいくことを大切にしたい。パーマカルチャー的な、持続可能な環境デザインの考え方を取り入れ、農業や文化が豊かに発展するエコビレッジを作っていきたいですね」
その目標は一見壮大にも感じる目標だが、杉窪さんの視座は何世代先をも見据えている。今の幸せを大切にすると同時に、何十年、何百年先の人も幸せであることを大切にしなければいけないのだと気づかされる。
おいしく食べるためにデザインされた「365日」のパン
畑から原料が生み出され、食品として変容を遂げて販売されているパンを、私たちは消費する。そのものの背景には、人の手間があり、自然がある。ミクロからマクロ、マクロからミクロを行き来する視点を得たところで、今一度目の前のパンに目を向ける。この絶妙な大きさや形のパンは、どのような視点から生まれたのだろうか。その詳細は書籍『「365日」の考えるパン』(世界文化社/2018)でも紹介されているが、非常にワクワクするものである。ここで定番のパン3つを簡単に紹介しよう。
フランス語で「100%」という意味のソンプルサンは、吸水率100パーセントの「365日」版ベーグル。外はサックリ、中はもちもち食感がたまらない。引き出された小麦粉のミルキーな甘味を楽しみながら、ごはん食のようにいろいろな具を乗せていただくのがおすすめだという。
パンのひき(噛みちぎる時に感じる固さ)にこだわる杉窪さんは、グルテンが強く出ない方が、ひきが少ないため噛み切りやすく、おいしく食べられると考える。こちらのあんぱんの場合、店で炊いた上質な小豆をおいしく食べてもらうために、ひきが少なくスッと噛み切れる生地とあんこのベストバランスを追求した。噛んだ時のあんこが舌に当たる構造から、職人の作りやすさまで、計算され尽くしている。リッチな生地の食感とあんこのやさしい甘味の絶妙なバランスは、一度食べたら忘れられないはずだ。
こちらは北海道と福岡県産の小麦粉を半分ずつ使った、味わいのバランスが良いスタンダードな食パン。苦手な人も多い食パンの耳も、引きが少なくサックリと歯が通り、おいしくいただける。「365日」ではこのほかに、リッチで甘味のある「北海道×食ぱん」、ハードトーストタイプの「福岡×食ぱん」があり、自分好みの食パンを選ぶことができるのだ。
どのパンも、おいしさの裏側に、細部まで計算されていることが伺えてワクワクする。そこにワクワクすることで、さらにおいしさの解釈が深まっていくはずだ。
「おいしい」の根源を知ることの繰り返しが、暮らしの解像度をあげていく
「最初はおしゃれだとか、おいしいとかでいい。そこから少しずつ、身の回りに触れることに意識を向けていく。そうすることで、徐々に暮らしの解像度が上がっていくはずです」と杉窪さんが語るように、人の意識は1回や1日で変わるものではない。まずは日々の食事から、消費に対する意識を向けてみる。
それが1週間、1ヶ月、そして1年と繰り返されるうちに、小さな食卓を超えて、社会課題や地球環境にまで意識を向けていくことができるのかもしれない。朝食のひと時が、少し背筋が伸びるような、気持ちのいい時間になった。
365日
東京都渋谷区富ヶ谷1-6-12
TEL 03-6804-7357
営業時間 OPEN 7:00 – CLOSE 19:00
定休日 2月29日
15℃
東京都渋谷区富ヶ谷1-2-8
TEL 03-6407-0942
営業時間 OPEN 7:00 - CAFE CLOSE 17:30 / TAKEOUT CLOSE 23:00
定休日 不定休
CURATION BY
フリーライター・エディター。専門はコミュニケーションデザインとサウンドアート。ものづくりとその周辺で起こる出来事に興味あり。ピンときたらまずは体験。そのための旅が好き。