Vol.168

FOOD

25 SEP 2020

秋の夜長、オルタナ・ドリンクを味わう。

お酒に頼らなくても人生楽しめるよね、という意識が広がっている。お付き合いにドリンクは欠かせないけれど、アルコールだけでは負担が大きく、ソフトドリンク一辺倒ではちょっとしらけてしまう。社交シーンにぴったりでかつ次の日には残らず、美味しいドリンクが欲しい…という気分を満たしてくれる新しいドリンクが続々と登場している現在。既存のソフトドリンクとは一線を画す、大人のための新しいノンアル・ジャンル「オルタナティブ・ドリンク」について紹介したい。もちろん、ひとりの時間にもおすすめだ。

ときには「あえて飲まない」を選ぶ、ソバーキュリアス

お酒が飲めない訳ではないが、カフェでおしゃべりを楽しむ感覚で夜の社交タイムをノンアル・ローアルで過ごす人たちが増えているという。断酒やアンチ・アルコールではなくて「あえて飲まない」というチョイス。

海外で「NoLo」「ソバーキュリアス」と呼ばれるようになったこのムーブメント。NoLoはノンアル&ローアルの略、ソバーはしらふ、キュリアスは興味を持つという意味が転じて「〜志向」という意味になる。お酒を飲むことを否定しているのではなく、あくまでも新しいあり方なのが興味深い。

お酒は控えても楽しみは満喫するソバーキュリアス。
もちろん彼らがお茶やジュースといった従来のドリンクに甘んじている訳ではない。新しいムーブメントがあれば必ずそれに応えるアイテムが登場する。ソバーキュリアスも例にもれず、魅力的なNoLoパブやバーが続々と登場し、素敵なカクテルが取り揃えられている。SNSではすでに「ソバーインフルエンサー」なるものが現れ、ソバーキュリアスを謳ったファッショナブルなイベントを牽引している。「似せる」という意味の「mock(モック)」と「cocktail(カクテル)」を組み合わせた造語「モクテル」という言葉も定着している。

筆者が暮らしているイギリスは、ウェルネス志向が高いが同時に飲酒文化も盛んな国だ。仕事が終わるといつものパブで同僚や友人とパイントグラスを傾けおしゃべりに興じるのはもちろんのこと、週末が近づくとランチタイムにオフィスを抜け出てパブで1杯やったりすることも少なくない。

しかしこんな伝統にもNoLoの波は訪れていて、みんなあまり量を飲まなくなっているし、仕事後はパブよりもジムに直行という人も多い。飲むならそのあと。クラフトビールやジンのブームが起こり個性的なドリンクに触れる機会が増えたせいか、ただ飲んで騒ぐよりもドリンクを「味わう」ことに意識が向くようになったのも影響している。質がよく美味しいものを適度に楽しもうという人が増えているのだ。

健康志向がトレンドというのはもちろんのことだが、プライベートを重視する人が増えたのもこの傾向に拍車をかけている。飲み会にはいつも参加するもの、という社会的プレッシャーも薄れつつある。

正直、みんな忙しい。人づきあいをエンジョイしたいが、やること・やりたいこともたくさんある。家族やパートナーとの時間も大切だし、自分の時間も欲しい。

あまり飲めない人には次の日に響くほどの深酒が時間泥棒のようにも思えることもある。無理して何かに自分を合わせたりしないソバーキュリアスたち。働き方やジェンダー、ライフスタイルなどと一緒で多様性が生まれてきたことはいいことだ。

禁酒法時代のレシピにインスパイアされて

近年のクラフト飲料ブームのおかげで「お酒の代わりに…」という無難なソフトドリンクとはひと味違う、大人のための個性派ドリンクが続々登場している。

NoLoドリンクで最初に大きな注目を浴びたのは世界初という英国のノンアルコール・スピリッツ「Seedlip(シードリップ)」だ。元ファーマーだという若き創始者ベン・ブランソンが、自宅の庭にある様々なハーブやスパイスを小さな銅釜で蒸留し、300年以上も前の薬草レシピを現代的にアレンジして再現したというのがはじまり。ハーブ種用の古風なバスケットにちなんで名付けられ、最初に発売されたブレンド「スパイス94」は、今までにない大人のドリンクとして瞬く間に世界で大人気となった。深みと爽やかさが共存した絶妙なブレンドで甘ったるさはない。ノンアル・ジンというニックネームを持つだけあってトニックウォーターとの相性もいい。

シードリップの成功後、オークの木や柑橘類、苦みの利いたハーブを組み合わせたノンアル食前酒「ÆCORN(エイコーン)」もリリースされた。こちらは苦みと甘さの中に様々なフレーバーが見え隠れする奥行きのある味だ。どちらも好きなドリンクで割ったり、フルーツを添えたりしてさまざまなカクテル作りができる。

ローマ時代の製法をもとにしたドリンクを現代風に再現したという/shrb
そして新入りとしてロンドンで生まれたドリンクブランド「/shrb(シュラブ)」も古い時代のレシピを現代的に再現。アップルビネガーをベースに数種類のボタニカルとジュニパーやシナモンなどのスパイス、果汁をブレンドしてつけ込んだもの。18世紀にロンドンのジェントルマンズ・マガジンに掲載されて知られるようになり、禁酒法時代のアメリカで流行したレシピの復刻版だ。人々はアルコールがもたらす高揚感の代わりにビネガーとスパイスのミックスが生むガツンとくる刺激(=キック)を求めてシュラブを飲んだという。


現代に蘇ったシュラブはよりフルーティーになり炭酸水が加えられて飲みやすいものの、シャープな刺激は失われていない。ラベルにあしらわれたひな菊をくわえたロバの姿は、材料に使われるバラやラベンダーといったフローラル系のやわらかさと、ロバの繰り出す強力な後足「キック」を意味しているらしい。

社交の場でお茶やジュースを飲んでいると「事情があってお酒を控えている」風だが、こんな大人向けドリンクなら自由なソバーキュリアスだ。お酒を飲まない言い訳を用意する必要もなく、ちょっと珍しいドリンク自体が会話を盛り上げる最高のツールにもなってくれる。ノンアルにこだわらずカクテルを作ることもできるし、ランチタイムのちょっと贅沢な一杯や、来客をもてなす一杯にもなってくれるだろう。

キッチン・スパイスを総動員して、自家製シュラブ作りにも挑戦。

オルタナ・ドリンクで自分をゆるりと解く

ソーシャルライフとお酒の関係を切り離し、自由で柔軟になる。ソバーキュリアスは禁酒か深酒かの二者択一ではないということだ。もちろん飲めない人にとっても大人ドリンクが登場したのは嬉しい知らせ。社交の場ではお酒よりも相手とどんな時間を過ごすかを意識する方が大切なのだから。

シトラスとスパイスが利いたノンアル・スピリッツ「シードリップGrove 42」にソーダとブルーベリーを入れて。フレッシュハーブがあればさらに香り高く。
ひとり時間に楽しむオルタナ・ドリンクもいい。個人的には日中カフェイン系のホットドリンクに頼っていた頭をリセットするために飲む。ワークタイム終了を告げ、自分をゆるりと解く一日の終わりのセレモニーのようなもの。

あの映画を観ようか、友だちと話そうか、それとも例のギターフレーズを今日こそマスターするか…実際には忙しさに追われてしまうことも多いのだけど、このひとときだけはゆったりと思いをはせる時間に突入だ。

毎日パブで欠かさず飲んでいた友人はオルタナ・ドリンクを知り、人づきあいの場がランチタイムに移り夜は自分のことをする時間が増えたと語っていた。もちろん行きたいお誘いがあれば夜も出かけるしお酒も飲む。反対に、美味しいオルタナ・ドリンクが増えたので苦手だった飲み会が楽しくなったという人もいる。どちらも禁欲的なところはみられない。

健康のための禁酒・お付き合いのお酒といった堅苦しい考えはいったん捨てて、ノンアルでできることが増えるというメリットに注目してはどうだろうか。

暮らしに新しいアクションを取り入れる

新しい飲み方と一緒に「前からやりたかったこと」を取り入れてみるのもいい。
「あえて飲まない」をソバーキュリアスの視点で捉えてみると、楽しみたいこと、やりたいことがたくさんある人だからこその選択ということが見えてくる。新しいコンセプトに触れ、香りや味覚、ビジュアルなど五感を刺激すると自分の世界が少し広がるのを感じられる。

いつものパターンをちょっと離れて、その体験をフルに味わう。そんな体験はマインドフルネスな生き方にも通じる。

「同じ事を繰り返して違う結果を求めるのは狂気の沙汰」という言葉を残したのはアインシュタインだったけど、小さくても新しい体験を意識して取り入れていくと、世界が軽やかに変わり、新風が吹き込まれていくと思うのだ。

/shrb(シュラブ)