特定の香りが、過去の記憶や感情を蘇らせる体験をしたことはあるだろうか。海の香りで夏休みの宿題を思い出したり、初恋の人の香水の香りに胸が締め付けられたり。香りは脳の記憶を司る部分に直接作用し、忘れかけていた情景や感情を一瞬で呼び起こす。今回ご紹介するのは、香りの力で特別な体験を提供してくれる店。香りを通じて蘇る記憶の旅を体験しに行ってみよう。
ハイコントラスト。神宮前
表参道や原宿と隣接する神宮前エリアは、ラグジュアリーブランドの旗艦店やカフェ、レストランが軒を連ね、都会的で上質な刺激であふれる場所だ。一方で、明治神宮や代々木公園などの自然も豊かで、都会の喧騒を忘れさせてくれる憩いの場でもある。
都会的でありながら自然豊か。賑やかな通りから一本入れば、閑静な住宅街があり、ほのぼのとした住民の暮らしぶりが垣間見える昭和の建物が残っていたりもする。
あちらの方から、ほのかにカレーの匂いがしてきた。
お隣の千駄ヶ谷方面まで足を伸ばして、地元の人たちが通う小さな神社を見つけた。結ぶと鳩の形になるものと将棋の駒を模したおみくじ。ちなみにZOOM神宮前はここから徒歩4分程度。最新トレンド発信地もすぐそこ。ONもOFFも、ほどよく楽しめる、静かな場所だ。
週末だけオープンするフレグランスショップ「THE」
「THE STORE OMOTESANDO」がある場所は、観光客で賑わう表通りとは一線を画する落ち着いた雰囲気だ。洗練された美容室や小さなアートギャラリー、品のいいアパレルブティックなどがぽつりぽつりと店を構える坂の途中、美しい装飾が施されたファサードの隙間から見える「THE」のマーキーサイン。
周囲に住む人や働く人のなかにはこのショップの存在に気づいていない方が多いかもしれない。それもそのはず。営業日は土日祝のみなのである。言わずもがな都心の一等地にある店をわずかな日数しか開けない理由。それは、平日は著名人やVIPの予約対応をしているためだ。なかでもニューラグジュアリー層やスポーツ選手などに人気があるという。
土日、祝日になると、香りの体験をしに全国から客が押し寄せる。製品はオンラインでも購入が可能だが、数十もある香りを実際に体験するために実店舗へ足を運びたい人は少なくない。
世界中の香りとストーリーをテイスティング
一番人気があるのはバスボムとフレグランスバスパウダーのセット。デザイナーが世界中を旅をした際の思い出を閉じ込めた、27種類の香りのフレグランスバスパウダーだ。それぞれに添えられたストーリーを確認しながらテイスティングを行う。
ドライフラワーなどが入っているのはあくまでテイスティング用の見本で、実際に持ち帰るのは同じ香りのフレグランスバスパウダーとバスボムのセット。それぞれの香りやストーリーを表したドライフラワーや写真などが入れられたボトルは、世界中のあらゆるシーンをぎゅっと凝縮した箱庭のよう。
ラグジュアリーな旅先と、それにまつわるストーリー。27種類の中から一部をご紹介しよう。
No.1 Suite Room
Notes | Rhubarb , Lantana , Musk
150年の歴史を紡ぐベルンのグランドホテル、その窓から望む壮大な情景を香りに閉じ込めたラグジュアリーな空間を演出。酸味のあるルバーブとパウダリーなランタナを、ホワイトムスクがやさしく包む繊細で気高いフレグランス。
No.2 Secret Garden
Notes | Apple , European pear , Magnolia
スイスの雄大な山脈が見守る、緑溢れる秘密の庭園。自然の中に佇む静寂のオアシスへと誘うフレグランス。みずみずしいリンゴと高貴な洋梨をベースにした甘酸っぱくさわやかな香り。
No.3 First Class
Notes | Bergamot , Grapefruit , Freesia
特別な情景を思い起こさせる贅沢な旅から調合されたノートは、最上級の香りへの一等席。人々を魅了する爽快なシトラスノートと、深みのあるフリージアが融合した爽やかな香り。
個性豊かな香りを嗅ぎながら、それぞれのストーリーをじっくりと味わっていく。これは新鮮で興味深い体験。まずボトルの中に詰められた小さな景色に惹きつけられ、好奇心の向くままに中を覗き込む。初めての香りに酔い、まだ訪れたことのない異国の地に想いを馳せる空想のプチトリップ。その最中にも複雑な香りが層をなし、まだ見ぬ行き先の解像度を高めていく。
知らない誰かの旅の風景。それらを写真や動画で見ることはあっても、香りで体験するという機会はなかなかないだろう。旅に関する具体的な情報としては、ビジュアルで見るほうが伝わりやすいかもしれないが、香りというわずかな情報だからこそ発見できる世界観がある。自分自身の嗅覚を使うことで、情報を読み込むよりもダイレクトな追体験ができるというわけだ。
これらのバスボム&フレグランスバスパウダーは、こうした体験を提供するのみならず、品質と効能の部分にもこだわって作られている。”美容液で入浴する”と説明されるほどに高い保湿効果があり、美容と健康に関心がある方たちからの注目度も高い。
ニューラグジュアリーな香りのアイテム
バスボムだけでなく、ルームフレグランスや消臭スプレーにも見逃せないこだわりが詰まっている。
「THE」のフレグランスアイテムは、ダイバーシティ推進の観点からフェアトレードで国内生産されており、社会問題を意識した製品であるところや、モノトーンを基調としたジェンダーレスなパッケージも好感度が高い。相手を選ばず、背伸びしすぎず、ちょっとしたギフトにも最適だ
消臭スプレーは一般的な消臭スプレーの約85倍もの除菌力を持ち、除菌しながら香水のようないい香りを楽しむことができる。
ルームフレグランスはリチャージオイルとプリザーブドフラワーが入ったグラスのセット。付属のリチャージオイルを滴らして楽しむもので、蓋の開閉やオイルの量によって香りの広がりを調整できるというもの。通常のプリザーブドフラワーは水分や油分に弱いが、こちらのフラワーには特殊加工を施しており、繰り返しオイルを滴らしても形が崩れることはないという。
昨今は「贅沢」に対する定義が少しずつ変化しているという。人からどのように見られるかではなく、自分にとっての豊かさを見直しながら、暮らしをソフトに底上げしてくれるアイテムを選ぶ。自分の目線の先にあるものが、今を生きる私たちの贅沢と捉え「ニューラグジュアリー」と定義されるようになってきた。
暮らしにまつわるモノのなかで、品質が高く、生活空間に馴染みがよく、さらに社会貢献度が高い「THE」の製品は時代のニーズにぴったりとフィットしており、感度の高い若者たちが魅了されるのも納得だ。
未知の香りがいざなう空想旅行へ
冒頭に触れた、特定の香りが記憶を鮮明に呼び起こす現象。これはフランスの作家マルセル・プルーストの小説『失われた時を求めて』のなかで、マドレーヌを紅茶に浸して食べた瞬間に幼少期の記憶が一気に蘇る場面が描かれていることに由来して「プルースト効果」といわれている。
カウンターに並ぶ数十種のボトルは、記憶を呼び出す地図である。そのなかにあるのはデザイナーのごく個人的な記憶や体験であったとしても、私たちの感覚を経由して、脳裏にまだ見ぬ景色を投影する。その情感豊かな香りの表現は、あるときは甘く、またあるときはフレッシュで、ある人にとっては、懐かしさも感じられるかもしれない。
日替わりで楽しめる香りのトリップを楽しんでみてはいかがだろうか。ある忙しい日は遠い異国のスイートルームへ。大切な人と過ごす日は、海辺のリゾートへ。
香りをトリガーにして、世界中どこへでも、一瞬で。
THE STORE OMOTESANDO
東京都渋谷区神宮前4-13-10 Lichthouse Omosan 1F
03-6823-2250
営業時間:12:00 - 19:00 土日・祝日のみ
https://the-store.ltd/
CURATION BY
料理とアートが好きなコラムニスト&写真家。
毎日、都内をぐるぐる歩き回っていますが、本当はインドア派。
映画を観ながら、作品に合わせた外国の料理を楽しむことにハマっています。