「料理の味の決め手」、それは、使う食材や調味料、味付けだけでなく、“道具”の良し悪しだーー。そのことを教えてくれたのは、かっぱ橋道具街(東京・浅草)で100年以上続く老舗「釜浅商店」だった。便利なキッチンツールが100円でも手に入る時代。しかし、道具にこだわった分だけ、料理の仕上がりも劇的に変わるのだ。プロの料理人には、愛用の道具がある。理想の仕上がりを実現するために不可欠で、使うほどに自分仕様になじんでくる、そんな相棒とも言える存在。「釜浅商店」が誇る1,000点を超える包丁のラインナップから、包丁の“理(ことわり)”とは何かを知るべく、足を運んだ。
食の専門店が集う、かっぱ橋道具街
かっぱ橋道具街は、古くは明治時代からの店もあるという都内屈指の道具街だ。調理器具や食器など、一般向けからプロ向け、スタイリッシュでデザイン性の高い最新商品から定番商品まで、あらゆる“食”にまつわる道具がそろう。
取材に訪れたのは平日朝10時だったが、早くもショッピングを楽しむ人々でにぎわっていた。インバウンドの影響もあり、海外からの観光客も目立つ。
「釜浅商店」は明治41年創業で、そんな街の移り変わりを見てきた老舗の一つ。広報の齋藤あゆみさんは、かっぱ橋道具街について「料理が好きな人にとってのワンダーランド」と話す。
「ショッピングセンターなどに行けば必要な道具は買えますが、機能性やデザイン性といった、さらなる道具の理想を追求できるのがかっぱ橋道具街の醍醐味です」
釜浅商店が大切にする、料理道具ならぬ”良理道具”とは
「釜浅商店」で扱うのは、南部鉄器、手打ちの行平鍋、鉄のフライパン、そして包丁など、プロにも長年愛用されている確かな質のものばかり。コンセプトは料理道具ならぬ“良理(りょうり)道具”。スタッフが日本各地で活躍する道具を作る産地に足を運び、本当に良いと思うものを目利きし、ストーリーもあわせて購入者一人ひとりに伝え、実際に触れてもらいながら選んでもらうことを信条としている。
「良い理(ことわり)のある道具」とは、何なのだろうか。
「道具には、すべてのかたちに理由があるんです。それを私たちは”理(ことわり)”と呼んでいます。
今は100円均一ショップでもキッチンツールは買えますし、一つ何役、みたいな便利なものもあるでしょう。それはそれで良さがありますが、一つの機能に特化した道具の良さもあるんです。
例えば、鉄のフライパンなら、テフロン加工されたものよりも蓄熱性が高いので、鶏肉を焼けばパリッと仕上がります。包丁は万能な三徳包丁もありますが、お魚を捌くなら、片刃になっている専門の包丁のほうが引きやすい、など。
私達が扱っているのは、便利なキッチンツールではなくプロの料理人に長年愛用されている良理道具。厨房で使われる道具には、タフさと料理をおいしくする“理”があるんです」
全国各地の包丁が1,000点以上。選び方は?
「釜浅商店」のなかでも特に充実しているのが、包丁の品ぞろえ。全国各地の包丁が、60種類、素材などで細かく分ければ1,000品が並ぶ。
まず驚いたのが、包丁にはさまざまな産地があり、産地によって特徴が異なるということ。
「例えば、日本一の和包丁の産地として有名な大阪府堺市は“片刃"とハガネ、刃物の生産量日本一の岐阜県関市は一枚鋼材からつくられる“両刃”、農業用の鎌にルーツがある福井県越前市は硬い鋼材を柔らかい素材で挟んで作る"両刃”になっています。"片刃”のものは和包丁と呼ばれ、繊維を傷つけず断面を美しく仕上げるのに長けています。“両刃”のものは洋包丁と呼ばれ、素早く均一に切ることに長けているんですよ。産地それぞれの歴史・特色があります。ぜひ、手にとって自分に合う一品を見つけていただきたいです」
さまざまな特徴、ストーリーを持つ包丁から、自分に合うものを選ぶのはなかなか難しい。そこで、包丁の選び方のコツを聞いてみた。
「はじめにそろえる包丁としてオススメしているのは、肉・魚・野菜なんでも切れて万能な『三徳包丁』か『牛刀包丁』のどちらかと、小回りがきく『ペティナイフ』。また、利き手や用途、キッチンスペースの広さを考慮して選ぶことも大事です」
利き手
利き手片刃の和包丁は片方に大きく刃がついているので、利き手が分かれます。両刃の洋庖丁は両利き用の包丁もあり、左利きの方も使いやすくなっています。
用途
家族のごはんを用意する方なら、野菜もまるまる一個カットすることも多いでしょうから、刃渡りが長いものが切りやすいですが、一人暮らしや二人暮らしのかたであれば、こぶりなもののほうが使いやすい場合があります。
キッチンスペースの広さ
三徳包丁の基準、長さ18センチ前後を基準として、それが使う方のキッチンの大きさに対して大きいかどうか、も判断基準になります。
あとは個人的な好みですね。同じ三徳包丁でも重さや柄の形が違いますし、みなさん手の形が違いますから。手の小さい方なら丸みのあるハンドルが良いという方が多いですし、手の大きい方ならある程度重さや柄の長さがあったほうがいいかもしれません。
最終的には”自分にしっくりくるもの”を選ぶのが大事とのこと。
「毎日使うものですから、『やっぱり使いづらい』『重いなあ』と感じると、だんだん使わなくなってしまう。一番納得がいく包丁を選んでいただくためにも、手にとってもらって選んでいただくのが一番ですね」
1~2万円前後で買えるおすすめの包丁
筆者も、自分に合う包丁と出合うべく、予算2万円前後まででオススメを紹介してもらった。筆者が現在使っているのは、お恥ずかしながら2,000円で購入した10年モノ。定期的にシャープナーを使っているものの、そろそろ切れ味が怪しくなってきた。手は小さく、力もあまり自信がない。
まず最初に紹介してもらったのは、釜浅商店のオリジナルで“究極のスタンダード”を目指したというシリーズ「amane(アマネ)」(右利き用)の三徳包丁と牛刀。握りやすさを追求し丁寧に仕上げたハンドルは、衛生面・耐久性に優れる。
現在は4種類だが、24種類まで展開予定。手に吸い付くような握りごこちで、刃は重さがあるが、重すぎない。硬いものでも切りやすそうだ。
「シンプルだけど使いやすく、初心者からプロまで、どなたにも使っていただきたいスタンダードを追求しました。プロ仕様のステンレス鋼材を使用し、研ぎやすくて滑らかな切り心地の刃に仕上げています」
次は福井県越前市にある「増谷刃物」による「鎚目V1ゴールド(マホガニー)」(左右兼用))の三徳包丁。とにかく持った時の軽さに驚く。
「軽さの理由は、刃の部分素材が、柄の半分までしかないからです。強度や耐久面は柄の下まで長さがあったほうがいいんですが、ご家庭用であれば問題ありません。軽さがお好みの方はこちらがいいですね」
同じ三徳包丁でも、まったく特徴・魅力が違う。いろいろ握ってみて、切る動作をしてみて、最終的には「amane」の三徳包丁を選んだ。握りやすさ、食材をしっかりと切れそうな程よい重みが決め手だ。
使い心地は記事の最後でお伝えする。
包丁は切るだけじゃない。メンテナンスも味わいに
包丁は選んで終わり、ではなく、メンテナンスをすることも大事。メンテナンスをきちんとすれば、20年、30年も使える、長年の相棒になってくれる。
「どんなに切れ味のよくて、硬い素材で作られた包丁でも、食材やまな板と接触することによって切れ味が落ちます。シャープナーは先端の刃先を整えるだけなので、年に一度は砥石で砥いでいただくことをおすすめします。ご自身で研ぐのが難しい場合は、専門店にお願いするという方法もあります。
砥石には3種類あります。刃こぼれした時に使う『荒砥石』、切れ味が落ちたのを戻す『中砥石』、より刃先を光らせたりなめらかにしたりする『仕上げ砥石』。ご家庭では中砥石だけで十分です。
店内を見ていたら、こんなユニークなアイテムを発見した。
包丁を研ぐとき、砥石にアロマウォーターをかけて使うのだという。砥石と包丁が摩擦して熱を帯びると、香りがふわっと立ち上る。
「日常的に包丁を研ぐ時間が楽しみになれば」という思いで開発された、スキンケアブランドOSAJIが展開するWEBマガジン「OSAJI Journal」とのコラボ商品だ。料理人が包丁を研ぐのは営業後の夜や朝早く。夜はリラックスできる香り、朝はすっきりした香りをイメージしているという。
「包丁を研ぐ、という行為は、心をととのえる時間になります。目先や指先を集中させ、包丁を研ぐ音を楽しむ。さらに香りを取り入れることで、嗅覚を含めた五感が研ぎ澄まされます」
良い理の道具を使い、それによって生み出された美味しいものを食べ、さらには道具をメンテナンスして心をととのえる。暮らしに新しいライフスタイルの循環が生まれそうだ。
まだある”良理道具”
また、1万円前後で購入できる包丁以外のおすすめ道具も紹介してもらった。
「一枚ずつ職人の手によって打ち出されることで、鍋が叩き締められ、強く丈夫になります。鎚目が鍋肌を広げ、均一に食材へ熱を伝えます。厚手の素材を使用しているので、熱が柔らかく伝わり、焦げ付きや煮くずれしにくく、味がしみ込みます。麺を茹でるなど、何にでも広く使えます」
「テフロン加工のものは、どんどん剥げてきて焦げ付きやすくなったりしますが、鉄のフライパンは油がなじみ、逆にどんどん使いやすくなっていくんです。均一に火が入るので、チキンソテーはもちろん、野菜を焼くだけでもパリッと仕上がります」
「この00号と樹脂蓋のセットは、すごく使いやすいです。漬物などの汁気が多いものも保存するときも液漏れしないですし、匂いも広がらないので、あると便利」
1万円前後でも、使う道具を選ぶ選択肢は豊富だ。手軽に料理と、料理をする時間のクオリティを上げることができることを知った。
料理をする時間だけでなく、食べる時間の質もあげてくれる
“良理道具”が上げてくれるのは、料理をする時間や、料理の質だけではない。食事をする時間の質も上げてくれるのだ。
筆者は、包丁「amane」を買い、トマトを切ってみた。すると、今まで使っていた包丁(2,000円程度)と比較すると、見た目はもちろん、口当たりの滑らかさや、味わいもまったく異なるのだ。素材の繊維を殺さないためか、トマトの甘みも強く感じられる。
料理の質を左右する食材、それを活かすも殺すも道具次第。より料理を楽しみ、味わう時間は、道具が生み出すと言っても過言ではないと思う。
かっぱ橋道具街には、まだ見ぬ道具がたくさんある。今、改めて身の回りにある道具一つ一つと向き合うことで、日々も変わっていくかもしれない。
釜浅商店
https://www.kama-asa.co.jp/東京都台東区松が谷 2-24-1
AM 10:00 〜 PM 5:30
年中無休(年末・年始を除く)
詳細はHPのおしらせや各種SNSにてご案内いたします
CURATION BY
ライフスタイル系の編集者/ライター。新しいライフスタイルを求める日々を送っている。建築、文具、旅、街おこし、リノベーション情報が大好物。最近気になっているものは、タイニーハウスとバンライフ。