Vol.491

31 OCT 2023

〔ZOOM in 秋葉原〕誰もがバーという空間を楽しめる場所。ロー&ノンアルコール専門店「LOW-NON-BAR」

バーという場所が好きだ。アルコールは強くないが、グラスを傾けながら、バーテンダーの所作を眺めたり、他愛もない会話を楽しんだり。一日に一区切りをつけるために過ごす夜の時間。ひとりでも過ごせる行きつけのバーがあることは、心のよりどころになる。そんなバーでの時間を、アルコールを飲めない人も楽しめるようにと「ノンアルコール・ローアルコールのカクテル」を創作する店があるという。店があるのは秋葉と神田をつなぐ万世橋のたもと。オーセンティックなバーに、新しいスタイルを吹き込む店を訪ねた。

秋葉原から神田。様相の変わる町の風景に東京を感じる

老舗から最新店までこの電気街を訪れるとさまざまな時代が感じられる
世界が誇る電気街であり、日本の唯一無二のコンテンツであるアニメカルチャーの発信地、秋葉原。街は海外からの観光客も多く、国内外の老若男女が行き交う。その南に流れるのが東京の下町の景色を作る神田川。この川にかかる橋のひとつである万世橋は、昭和5年に完成した橋の意匠が残っていて、アールデコ調の親柱が特徴的な橋だ。この橋のたもとにはレンガ造りの駅舎も残り、東京の歴史を垣間見ることができる。

万世橋から眺める神田川と旧万世橋駅の建物
そしてこの橋を渡り、神田駅方面へと続くエリアは、ビジネス街でもあるが、老舗が数多く点在していることでも知られている。特に蕎麦の名店が多く、昔ながらの下町風情も漂う。秋葉原から神田。川を渡っただけなのに、町の表情が驚くほど変わるのが、東京らしいといえば東京らしい。

明治創業の老舗蕎麦店も数多く点在する神田エリア
そして今回紹介するのは、先に渡ってきた万世橋のたもと、明治時代の遺構が残る、旧万世駅高架橋の中にあるバー。レンガづくりの建物は商業施設「マーチエキュート神田万世橋」として生まれ変わっていて、ほかにも飲食店やギャラリースペース、クラフト工房などが点在している。かつてのプラットホームなども保存され、明治に築き上げられた日本の鉄道のルーツを知ることができる。

店の扉を開けると、レンガ造りの外観も雰囲気があるが、中に入ってもタイをしたバーテンダー、どっしりと座れるカウンターバーなど見た目も本格的なバー。そうであるからこそ驚かされる、時代を先行く店を案内していく。

レンガ造りの建物を活かしたファサードが印象的

ノンアルコールカクテル専門店「LOW-NON-BAR」

「LOW-NON-BAR」の店長である高橋さんは、もともと銀座のオーセンティックバーなどで経験を積んだ、20年以上のキャリアを持つバーテンダー。そんな高橋さんがカウンターに立つ「LOW-NON-BAR」はローアルコール、ノンアルコールをテーマにしたバーだ。

バーテンダーの高橋弘晃さん
「日本人は欧米人と比べて、体質的に飲めない人が多い。実はもともと私もアルコールが苦手でした。バーテンダーとして修業するなかで飲めるようにはなりましたが、やはりたくさんは飲めない。そんな私のような飲めない人にもバーという空間を愉しんでもらえるよう、ノンアルコールでカクテルを作ることにチャレンジしてみようと考えました」。バーという場所に出会い、その魅力に取り憑かれ、この仕事をはじめた高橋さん。だからこそバーという空間をもっと多くの人に楽しんでもらいたい、バーはお酒を飲む人のための場所という概念を変えたい。そんな思いで店をオープンさせたという。

重厚なカウンター、皮張りのシートなど、インテリアはまさにクラシカルなバー
店のコンセプトのポイントなのが、ロー&ノンアルコールと謳っているバーだが、しっかりお酒を味わいたい人にも対応しているということ。「今までのバーがアルコールが飲めない人を受け付けていなかったので、それと同じことをしたくなかった。ノンアルコールに特化していますが、アルコールを飲める人も飲めない人も一緒に過ごせる場所にしたかったんです」。

新しいカクテルのスタイル、ミクソロジーから生まれる一杯

そんな高橋さんの店のカクテルをいただきながら、ノンアルコールカクテルの楽しみ方、考え方について、知ろうと思う。まず、一般的なジュースとノンアルコールカクテルの違いはその味わいの複雑さ、重層感にある。なかでも特徴的なのが香り。「ノンアルコールカクテルは香りを愉しむドリンク」と高橋さんもいう。

もともと通常のカクテルのベースはジンやラムなどの蒸留酒。実は蒸留酒そのものに味はほとんどなく、アルコールの揮発成分からくるボティや香りを愉しむ飲み物だという。なのでノンアルコールカクテルは、さまざまな方法を駆使してその香りを作り上げ、アルコールを飲んでいるかのような心地を作り上げていく。

香りを大切にするために、コンパクトな蒸溜器を使い蒸溜水を店で自家製する
カクテルのスタイルに、ミクソロジーというものがある。フルーツやハーブ、スパイスなどさまざまな素材を活かして作り上げる、近年注目されているカクテルの新しい創作手法だ。高橋さんのノンアルコールカクテルは、このミクソロジーを基本として作り上げられる。

例えば、作り上げたい香りがあるならば、その香りを持つハーブを選び自前の蒸溜器を使って蒸溜し、蒸留水(ハーバルウォーター)を作る。既存のものを使うのではなく、素材から作り上げ、それをカクテルして構築していく。そのために、蒸溜器のほか、液体にハーブやスパイスを漬けこんだり、さまざまなフレッシュフルーツを使ったり、ココナッツからココナッツミルクを作ったり、食品製造にも用いられる酸味料を使ったりと、さまざまな手法を取り入れていて、まるで化学実験のようだ。カクテルのベースによく使われるジンは、ジュニパーベリーなどの植物を蒸溜して作られるので、同じボタニカルを使って蒸留水を作ることで、同じような香りを作ることができるのだ。アルコールドリンクの成分を分析し、再構築していくという考え方だ。

高橋さんが手掛けたノンアルコールジンの商品
さらに高橋さんは、よりオリジナリティを追求するため、自身が監修したノンアルコールジンを商品として開発。店のカクテルの多くは、このノンアルコールジンを基本として作り上げている。ジュニパーベリーやジャスミンなど数種のボタニカルを配合して作り上げたオリジナルのノンアルコールジンは、複雑だが、心地よい香りが特徴だ。

オリジナルノンアルコーディアルをベースにしたカクテル「紫蘇カルダモン」
そしてこのノンアルコールジンに、さらにさまざまな香りと味を組み合わせたコーディアルも3種類開発。それぞれ、日本酒×ひのき、蕎麦茶×バニラなどその意外な組み合わせに興味がわく。店のメニューにはこの3種のコーディアルに炭酸水などを注いで作り上げたカクテルがあり、いわばジントニックの進化系。日本酒やひのきなど誰もが知っている香りだが、その意外な組み合わせにより、新しい香りの体験ができる。

海外の潮流を受け、ノンアルコールスピリッツが日本でも進化

高橋さんが店を始めるきっかけになったのが、欧米のバーの最前線を目の当たりにし、ノンアルコールのドリンクやカクテルのバリエーションが豊かで、その需要の高さを知ったことも大きい。海外では多種多様な宗教、ライフスタイルの人々が暮らすことから、もともとロー&ノンアルコールのニーズが高い。

しかし、日本ではノンアルコールカクテルの認知度がまだまだ低く、今はさまざまな方法で種を撒いている時期だという高橋さん。店をオープンして3年となるが、20代の女性が一人で訪れるなど、かつてのバーでは考えられない人が多く足を運んでいることに手ごたえも感じている。お酒が好きな人が、アルコールのカクテルと間違えてしまったこともあるとか。

国内の作り手によるノンアルコールスピリッツなど。スモーキーな香りがするコンブチャは、そのまま炭酸で割るだけで余韻の長いノンアルコールとなる
確かに日本でも、近年スピリッツやビール、ワイン、日本酒など低アルコール飲料、ノンアルコール飲料は、その数種類ともに豊富になってきたが、海外と比べるとまだまだ少ない。だが海外のノンアルコールスピリッツは輸入規制によりまだ日本に入荷できるものが数少ないのだ。そのような事情から国内でノンアルコールスピリッツを製造する人が増えてきていて、小規模だがクオリティの高いものがあるという。高橋さんのようにオリジナルのノンアルコールジンをリリースするバーもあるとか。

クラフトジンやクラフトビールなど全国各地で、土地や作り手の個性を反映した商品をリリースし人気を集めているが、その中にカクテル作りを想定して作り上げた、複雑で豊かな味わいの商品を見つけることができる。それがさらに増えていけば、ノンアルコールカクテルのシーンがより深まっていくことに繋がっていくだろう。

複雑な味わい・ボディを生み出すために

複雑な香りが重なり、アルコールという刺激がなくても、充分に鼻孔や味覚を刺激し、ゆったりと時間をかけて飲むにふさわしい一杯。ノンアルコールカクテルと、普段飲むジュースとの違いがそこにある。

それを表現した店のシグネチャーとなっているカクテルが「ローノンバー」だ。フレッシュなベリーやパプリカのほか、バラの香りがするノンアルコールジンや、「シュラブ」というハーブやフルーツを加えたヴィネガードリンクを加えて作り上げていて、添えられたローズマリーでさらにアロマティックに。

店のシグネチャーカクテル「ローノンバー」
もともと「シュラブ」は禁酒法時代のアメリカで、アルコールの代替品として重宝されていたドリンク。そんな歴史ある飲み物を、スタイリッシュな一杯へと仕上げ、ノンアルコールの新たな時代を開拓する一杯を作り上げた。
そして、このカクテルには紹介したシュラブ以外にもう1種類ヴィネガーが加えられている。仕上げに一滴だけ加えた、高橋さんが手作りする唐辛子を漬けこんだヴィネガーだ。辛味という刺激を、その辛味を味覚として感じない程度に加えることで、アルコールにも似たボディをカクテルに作り上げることができるのだ。高橋さんのカクテルにもこの一滴は欠かせない。

唐辛子ヴィネガーを一滴。その刺激がノンアルコールカクテルの味を深める
「ノンアルコールカクテルを作るのは、お酒を使ったカクテルを作るよりも繊細で難しい」という高橋さん。さまざまなものを重ね、緻密に計算して作り上げているのが、このカクテルからもわかる。そして実際にお客様ために作るときは、アルコールを飲まない人や飲めない人は味覚がアルコールを飲む人と少し異なることが多いので、その人のアルコールの経験度などを考慮しながら、さらにアレンジや微調整を加え、その人に合わせた味わいを作り上げていくという。だからこそ、アルコールの有無にかかわらず、じっくり、ゆったりと味わいたくなる一杯になるのだ。

目の前のお客様のために。バーテンダーの魅力

カウンター越しに話をして、各人の好みやシチュエーションにあわせて、オーダーメイドな一杯を作り上げていくバーテンダー。他で飲んでいたので、ちょっと休憩するためにノンアルやローアルコールを、というのでもいい。会話をしていけば、自然と今の自分に合った一杯を作ってもらえる。

スローイングという技を目の当たりに。バーテンダーの手技がさらに香りと味わいを深める
「はじめてバーに来たという人には、美容院でどんな髪型にしたいかオーダーするように伝えて、といいます。前髪を短くしたい、雰囲気を変えたい、今日の気分は…など。飲んでみてもうちょっと酸味がほしい…ということであれば、調節もできます」。そんなマジシャンのようなことができるのは、やはり、原料から作り、香りや味わいの構成を自ら組み立てているからだろう。またバーの魅力のひとつが、カウンター越しに眺められるバーテンダーの所作。美しい手さばきひとつひとつに意味があり、それを見てから味わうとより味わいが豊かに感じられるはずだ。

お酒を飲む人も飲まない人も。一緒に過ごせる空間を

ネグローニよろしく、オレンジの皮も添えた「ミセス ネグローニ」
店には既存のクラシックなカクテルをオマージュしたノンアルカクテルもあり、こちらはぜひそのカクテルを飲んだことがある、アルコールを知る人に飲んでほしい。例えばイタリア生まれのカクテル「ネグローニ」。カンパリというリキュールを使ったカクテルで、ネグローニ伯爵が気に入っていたからその名がついたという一杯だ。このネグローニ伯爵に寄り添うアルコールが飲めない婦人のために…と想像して高橋さんが作り上げたのが「ミセス ネグローニ」。濃厚な水出し珈琲とほろ苦く甘いシロップ、オレンジ果汁など、それぞれ相似するフレーバーを持つもの同士を重ね、豊かなアロマと味わいを作り上げている。

カウンターを隔てているが、バーという空間はバーテンダーと客が一緒に作り上げていくもの
「カクテルはトレンド。ファッションのように時代を反映して作り上げられる」という高橋さん。アルコールにもノンアルコールにも精通したバーテンダーが今の時代を反映させた最新の手法で、目の前にいる人のために作り上げる、至福の一杯。この一杯にはアルコールが入っていなくても、気分を落ち着かせたり、高めたりできる不思議な力を持っていると感じた。お酒が好きな人もそうでない人も。バーがはじめてという人も、オーセンティックなバーを知る人も。ここは誰もが分け隔てなく、バーテンダーとともに時間を過ごせる場所。多様性が叫ばれる時代だからこそ、この店の考え方に共感する人がきっともっと増えていくだろう。ノンアルコールのシーンの最先端を行く店にぜひ一度足を運んで、酔わずに酔わせるその一杯を体験してみてほしい。

LOW-NON-BAR


東京都千代田区神田須田町1-25-4
マーチエキュート神田万世橋 1F-S10
TEL 03-4362-0377

営業時間
月~日/14:00~23:30

アクセス
JR 秋葉原駅 [電気街口]徒歩4分
東京メトロ 銀座線 神田駅 [6]徒歩5分
東京メトロ 丸ノ内線 淡路町駅 [A3]徒歩3分

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