家でくつろぐとき、珈琲や紅茶、日本茶を淹れる人はいても、中国茶を楽しんでいる方は少ないかもしれない。中国茶といえば烏龍茶やジャスミン茶などは馴染み深いが、普段いただくのはボトルで売られているもので、お茶を淹れて飲む習慣はないという方が多いはず。今回、中国茶の魅力を教えてくれたのは、吉祥寺で隠れ家的ティーサロンを営む山田晶子先生。奥深い中国茶の世界を覗いてみてほしい。
徳川家康が愛した湧水の地へ
サロンがあるのは、東京都武蔵野市の東部に位置する吉祥寺エリア。休日は多くの人が訪れる井の頭恩賜公園があることでも知られているが、その西端にひっそりと、お茶にまつわる史跡があるので、ちょっと寄り道をしていこう。
こちらは「お茶の水」と名付けられた泉で、江戸時代に鷹狩りに来た徳川家康がこの湧水で茶を淹れていたと伝えられている。現在は地下水を汲み上げているとのことだが、パワースポットとしても密かに人気がある。
水の恵みと木々の生命力を全身で感じながら、歩くこと15分ほど。閑静な住宅街にある、知る人ぞ知る隠れ家ティーサロンへ。
感性をひらく唯一無二の味覚体験サロン
「SHOUEI TEA」は、中国茶インストラクターであり陶芸家・美術家としても活躍する山田晶子氏のブランド。厳選した農薬不使用のお茶を取り揃えるほか、住所非公開のサロンでレッスンが開催されている。
「お茶を習う」ということは、少しハードルが高く感じるかもしれないが、山田先生のレッスンは、このような言葉から始まる。
「お茶の良しあしは他の誰でもない、自分自身が決めましょう。形式はあるけれど、気構えず、自分の心がよろこぶことを大切に」
味覚というのは人それぞれ。高価だったり、有名であったりということに捉われず、まずは自分の感性をひらき、お茶と自分を見つめることが重要であると、山田先生はいう。
気構えず、楽な気持ちではじめる中国茶レッスンとはいえ、空間が持つ凛とした空気や、見たこともない茶器や道具が並ぶ光景に背筋が伸びる。
何かを始めるとき、まずは道具からという人は、きっと中国茶の世界観に魅了されるはず。 美しい茶器や道具を揃えて、毎日お茶を淹れられたら......と想像しただけで心が満たされる。
中国茶で使う、茶器と道具
中国茶の茶器や道具は種類が豊富であるために難しく感じるかもしれないが、一つずつその役割や成り立ちを知れば意外と簡単。今回は入門編として代表的なものを紹介してもらった。
蓋碗(がいわん)
蓋碗は、比較的新しい時代(清代以降)の茶器。明代から徐々に定着してゆく散茶(リーフティー)を淹れるための道具として珍重された。湯呑としても急須としても使用される。
茶杯・品茗杯・飲杯(ちゃはい・ひんめいはい・いんはい)/茶托(ちゃたく)
茶杯とはお茶を喫する小ぶりの杯。大きさや口当たりも様々で、その時々で適したものがコーディネートされる。茶托はその受け皿で、こちらも日本の茶托より小ぶりでさまざまなデザインがある。
茶海(ちゃかい)
茶壺や蓋碗で淹れたお茶をいったん移して濃さをまんべんなくする器。ピッチャーのような形をしており、公道杯とも呼ばれる。
茶壺(ちゃふう)
茶壺は急須・茶銚(ちゃちょう)ともいわれる。日本の急須よりひとまわり小さい。紫泥(しでい)、朱泥(しゅでい)、陶器、磁器製品がある。香りを吸収する土ものは、お茶を淹れるときの難易度がやや高め。宜興紫砂壺(ぎこうしさこ・中国江蘇省宜(こうそしょうぎこう)で産出する泥土で製作された茶壺で、中国で最も有名な陶器のひとつ)が最高級とされる。
茶荷(ちゃか)
茶筒から茶葉を出して移す器。中国茶は、茶葉そのものの美しさを愛でる習慣があり、こうした容器に入れて見せる。茶葉をよく観察することが重要。
茶則・茶鋏・茶匙・茶針(ちゃそく・ちゃばさみ・ちゃさじ・ちゃばり)
茶則、茶挟、茶匙、茶針なども茶葉を扱う際に使うもの。
煮水器(にすいき)
お湯を沸かす道具もさまざまで、それぞれお湯の味わいが変わるといわれている。銀瓶(ぎんびん)・ボーフラ・電気ケトルなどが一般的。
中国茶の淹れ方
道具の次は、実際にどのように使うのかを詳しく解説していく。
茶種が多い中国茶において、茶芸の様式にのっとりながらも茶種にあった方法をとるのが一般的だという。今回は、蓋碗を使った一般的な淹れ方を教えていただいた。
①温壺(おんこ)、温杯(おんはい)
まずは蓋碗にお湯を注ぎ、温める。これはお茶の提供時に適温を保つために必要不可欠な工程だ。
「お茶にとって、一番大事なのはお湯です。電気の保温ポットや電子レンジで沸かしたお湯はお茶を淹れるのに相応しくありません。グラグラと沸かしたお湯を、緑茶であれば少し冷まし、烏龍茶や紅茶ならそのまま沸きたてのお湯を使うということが、おいしく淹れる一番大事なポイントです」(山田先生)
「茶器や急須・蓋碗はよく温めてください。器が冷たいとお湯を注いだときに急激に冷めてしまいます。お茶にとって重要な温度帯があり、それを一定時間保てなければ、おいしいお茶にならないのです」
茶海から茶杯へお湯を移し、温める。このとき、注ぎ口を客に向けないようにするのがマナー。
②賞茶(しょうちゃ)
賞茶とは、茶葉の美しさを鑑賞すること、してもらうことで、同時に茶葉の等級や茶品種もみる。茶葉の種類によって様々な色・形・香りを鑑賞する。
「茶葉を確認することも大事です。その茶葉が烏龍茶なのか緑茶なのか、それとも白茶なのか。どんな場所でどれくらいの焙煎をかけているか、それによって適したお湯の温度が変わります」
③蓋碗へ茶葉とお湯を入れる
器を温めていたお湯を捨て、蓋碗に茶葉を入れ、お湯を注ぐ。
お湯の注ぎ方にも手法がある。鳳凰が三度頭を下げるように、高いところから注ぎ口を上下させながらお湯を注ぐことを「鳳凰三点頭(ほうおうさんてんとう)」といい、客に対する歓迎の意を示す。お湯を注ぎながら茶葉を回し、馴染ませる。
初めて蓋碗を使うときは練習が必要かもしれない。蓋碗上部の反りの部分と蓋の持ち手部分はお湯を注いでも熱くなりづらいため、しっかりと指をかける。(とはいえ、それなりに熱い!)持ち方は人それぞれだが、器を持つ部分は外円の180度、ちょうど対角線上に指をかけるようにするのがコツ。
ここまでが一通りのお茶の淹れ方。慣れてしまえばさほど難しいこともなく、手軽においしく中国茶を淹れられるようになる。
先生の所作の美しさに魅せられながら、その動作一つひとつにも意味があることを教わる。たとえば、上の写真のように、お茶を勧める先生の指先は、柔らかい曲線を描いているが、その理由は尖ったものの先端を人に向けてはならないという中国のマナーによるものなのだそう。茶葉を茶針で動かす際も、尖った先を相手に向けない、茶海から茶杯へ注ぐ際も、注ぎ口を相手に向けないように配慮することは、お茶に限らず中国の文化マナーなのだそう。
生活の延長線上に、ささやかな贅沢を
中国茶には、もてなしを表現する工夫や作法、様式が多く存在するが、その一杯がたとえ自分のためのものであっても、客に差し上げるのと同じ様に心を配ることが大切であると山田先生は話す。
それは豪奢な茶器で希少なお茶を淹れるなどということではなく、自分の味覚でおいしいと感じるお茶を通じて、自分の内なる声に耳を傾ける時間を意識的に持つということ。その積み重ねが、生活の延長線上に豊かさを見いだすということに繋がっていくということかもしれない。
「一日5分でも良いので、お茶と向き合う時間をつくってみて」と山田先生。
準備していただいた席には、小さな野草が挿された古いインク壺が置かれていた。そこにあるのは、かすかな日常のにおいと、それらを愛おしむまなざしだ。
次回は中国茶の種類についてお伝えする。
SHOUEI SALON
CURATION BY
料理とアートが好きなコラムニスト&写真家。
毎日、都内をぐるぐる歩き回っていますが、本当はインドア派。
映画を観ながら、作品に合わせた外国の料理を楽しむことにハマっています。