中野駅から徒歩15分ほどの下町風情が漂う街、沼袋。こちらの閑静な住宅地にある隠れ家的な花屋をご紹介する。店を探すうちに迷子になりそうなほど奥まった場所にあるが、扉を開いたその先に広がるのは、 絵本の中に飛び込んだかのようなポエティックな世界観。店主のキャラクターも魅力のひとつで、大人も子どももこの店の虜になってしまう。ぜひ、皆さんも迷子になりながら探してみてほしい。
ほのぼの。沼袋
西武鉄道新宿線の駅がある街、沼袋。昭和の時代にタイムスリップしたかのようなノスタルジックな街並みが広がる。
人通りは少なめで、いい意味で東京らしさがない静かな街。よくある郊外の景色とも言えるが「線路、商店街、銭湯まである!」と目を輝かせる人もいるはず。筆者はどちらかというと後者。知られたランドマークを目指すより、自分の鼻を利かせて何かを見つけるほうが楽しいのだ。
長屋の一角にある隠れ家的花屋「GERMER」
小さな花屋「GERMER(ジェルメ)」がある場所は、うっかり通り過ぎそうな細い路地の先、古びた長屋の一角で、店舗の住所を知っていたとしても、なかなかたどり着けない人もいるのだとか。(筆者のことでもある)
無事、店を見つけられたら、しあわせの青い引き戸の中へ、Entre(さあどうぞ)!
ついさっきまでの、ほのぼの沼袋からの、このギャップたるや。絵本の中のようなポエティックな世界観に、誰もが感嘆のため息をつく。おしゃれすぎて、言葉にならない。
それもそのはず。実は、こちらは以前ご紹介したインテリアプランナー窪田氏の奥様であるHarunaさんが営む花屋兼アトリエで、窪田氏がHarunaさんのイメージに合わせて作り上げた空間なのだ。
店がオープンするのは毎週金曜日〜日曜日のみで、花やブーケ、ドライフラワー販売のほか、ブーケレッスンも開催される。Harunaさんは、店が営業をしていないときは作品を作ったりスタイリングの現場仕事に出たりと多方面で活躍しており、企業のパーティ装花や、著名人へのプレゼントの依頼も多い。
フローリスト / Haruna KUBOTA
都内の複数の花屋にて経験を積んだのち、フランスに留学。エリック・ショウヴァン、ヴァンソン・レサール、斎藤由美の各氏に師事。帰国後、インテリアスタイリストの窪田俊と共にF.I.N.D UNITを設立し、空間のフラワー・グリーンスタイリングを手掛け、店内装飾・雑誌・カタログ・コラムなど活動の場を広げている。2021年、花屋兼アトリエとして「GERMER」をオープン。
本場パリ仕込みのテクニック
フランスでは、普段の買い物で食料品と一緒に花も買うほど暮らしに花が浸透している。そんな花の都で修行をした彼女が制作するブーケは、日本でよく見かけるスタイルとはまったく違う。
「これがパリブーケのスタイルなのです」とHarunaさん。
パリスタイルのブーケは、花一本ずつの表情をとらえ、野山に咲くようなナチュラルな角度や動きを表現していくのが特徴だ。植物それぞれの線の動きを引き出すために念入りに剪定される。これはフランス語で“nettoyer”(ネトワイエ)と言う下処理工程だ。
「太陽に向かって咲き、風に打たれて傷ついたり曲がったり。それも花一本一本のデザインです。ブーケにするときは、絡まっていたり、埋もれて見えない花があってもいい。360度どこから見ても、自然な動きを楽しめるよう、無造作な空気感を作っていくのがパリブーケです」
ざくっと適当に束ねているように見えるが、きめ細やかな調整を繰り返してブーケを組み上げながら、風の通り道をデザインしていく高度なテクニック。
オーガニックフラワーの魅力
この日、店頭には数種類のオーガニックフラワーが並んでいた。店で扱う花のすべてがオーガニックというわけではないが、オーガニックを使う頻度を増やして魅力を伝えていきたいと話す。
「数年前までは、ただ市場で気に入ったものを仕入れていましたが、オーガニックフラワー生産者の吉垣花園さんのお花に出逢ったことで視線が変わりました。一般的に、花屋で販売されているのは消費者のニーズに合わせて育てられ、農薬を使い土に負担をかけていたり、温室のために膨大なエネルギーを消費しています。オーガニックフラワーを見て、花に携わる私自身も、もっと自然と寄り添うべきだと気付かされたのです」
環境問題を意識すること以外にも、オーガニックだからこその良さがあるという。
「大きな花工場から出荷されるものは農薬の効果で茎がすーっと直線的。それはそれで必要なことでもありますが、オーガニックフラワーは個性的なラインに魅力があります。太陽を求めて曲がった姿や虫食いも、地球の生態系や環境に負担をかけずに、季節や自然の呼吸に合わせて生きている証なのです」
ブーケのリピーターの中には、その魅力を感じて再度オーガニックの花材をリクエストする方も少なくない。
環境問題などのまじめな話もするHarunaさんだが、普段は茶目っ気たっぷりで味のあるお人柄。音楽と映画が好きで、とりわけロックバンドには目が無いという。一人で作品制作をするときのBGMを「今週のGERMERソング」と称し、黒板に似顔絵を描いて飾ったりしている。これがなかなかの『画伯』ぶりで、毎週楽しみにしている常連さんもいるそうだ(笑)。
「おしゃべりすると『ギャップがすごい』とみんなに言われます」と恥ずかしそうにしていたが、そのアンバランスさがむしろ魅力的で、飾らないHarunaさんのお人柄ゆえにファンが多いのも頷ける。
彼女のおしゃべりを楽しみにしているのは大人だけではない。近隣の子どもたちまでが度々店に遊びに来て、店番の手伝いごっこを楽しんだりしているのだとか。
店名の“GERMER”とは、フランス語で「芽生える」という意味。この場所から贈られる花々から多くの人の幸せが芽生えるようにという願いが込められている。
「花のある暮らし」と言うと、やや意識高めなイメージを持つかもしれないが、野山から摘んだような素朴さを表現するパリスタイルなら、もっと気楽に楽しめそうだ。
いつもの買い物は、肉と野菜とパン、そして花も忘れずに。そのくらいの親近感で、花と接してみるのはいかがだろうか。
GERMER florist 〜ちいさな花屋〜
東京都中野区沼袋3−24−19
営業時間:毎週 金、土、日
※臨時休業があるため、営業予定はInstagramでチェック
https://www.instagram.com/haru_germer_voyage/
CURATION BY
料理とアートが好きなコラムニスト&写真家。
毎日、都内をぐるぐる歩き回っていますが、本当はインドア派。
映画を観ながら、作品に合わせた外国の料理を楽しむことにハマっています。