Vol.472

KOTO

25 AUG 2023

インテリアプランナー窪田 俊氏が解説。デザイナーズチェアの魅力と選び方

高価なものを購入するときは、誰だってあれこれ悩むもの。嗜好品であれば直感的に選べるかもしれないが、実用品となれば話は別。たとえば家具の場合は、自宅のインテリアに合うかに加え、耐久性や使いやすさなども気になるところだ。今回は「デザイナーズチェア」の魅力や選び方についてインテリアプランナーの窪田俊氏にお聞きした。憧れのデザイナーズチェアがある方は、購入する際のヒントにしてみてほしい。

窪田氏とデザイナーズチェア

インテリアスタイリストの窪田俊氏と奥様のHarunaさん

窪田 俊 プロフィール

インテリアスタイリスト・インテリアスタイリング協会講師を務め、広告・カタログ、雑誌のインテリアスタイリングを中心に活動。モデルルームなどのインテリアコーディネート、デコレーションなど空間演出も手がける。近年はインテリアに関するコラムなどの執筆、セミナー講師など、活動の幅を広げている。

デザイナーズチェアの魅力

窪田氏の自宅兼アトリエには、名の知れたデザイナーズチェアもあれば、出自不明のアンティークチェアもある。それぞれデザインが異なるにもかかわらず、空間に調和している。すでに8脚のコレクションがあるが、追加で購入を検討しているチェアもいくつかあるという。愛猫専用のペット用ブランドチェアまであるというから驚きだ。

アトリエに置かれたデザイナーズチェア
デザイナーズチェアは高価なものが多く、欲しいけれども購入まで踏み切れない方は多いはず。インテリアスタイリングのプロである窪田氏は、どのようなポイントで選んでいるのか聞いてみた。

———椅子をたくさんお持ちですが、どのように選んでいますか?

「仕事柄、椅子に限らずさまざまな家具を見てきました。今は、一周回って最初に見て直感的に惹かれたものがしっくりくるな、というのが結論。トレンドや型にはめ込んでしまうと、空間が薄っぺらくまとまってしまうような感覚があります」

———直感ですか。ノウハウをお聞きしようと思っていたので、想像と真逆の回答でした(笑)。

「自分がそのプロダクトのどこが好きなのかを考えてみると『有名デザイナーが手掛けたから』とか『トレンドだから』『使い心地が良いから』といった理由ではありません。僕は純粋に家具が好きでこの職業につきました。家具を使って空間をプランニングしていくことは、僕にとっては自己表現でもある。だから型にはめるのではなく、壊して再構築していくために、自分の直感が大事だと思っています」

———ネームバリューやトレンドに惑わされることなく『自分はこれが好き』という直感は大事にしたいです。いろんなデザイナーズチェアをお持ちですが、同じシリーズで統一するのではなく、異なるチェアを組み合わせている理由はありますか?

「同じものをセットで使うよりも“こなれ感”が演出できます。組み合わせには少しコツがあって、同じブランドのもので違うラインナップを組み合わせたり、同じプロダクトでも色違いを選んだり、素材や色を合わせるといった方法があります」

実は座り心地が良くないものもある

ディスプレイのように使われているスタンダードチェア
———実用家具として、デザイナーズチェアの座り心地についてもお聞きしたいです。

「正直言うと、古くからあるデザイナーズチェアは座り心地がそれほど良くないんですよね……」

———それはまたびっくりです。座り心地は重要ではないのでしょうか。

「今作られている椅子とはデザインも素材も違うんです。それでも多くの人に長年愛されてきた理由がある。それぞれのブランドストーリーがあり、それがデザインに反映されている。僕は、そういう部分に惹かれているのだと思います。座り心地は二の次ですね」

デザイナーズチェア好きは「ウラ」と「うしろ」を見る

窪田氏も奥様も、椅子の裏を見るのが好きだという
デザイナーズチェアの座面裏には、ブランド名やシリアルナンバーが記載されている。

「僕、デザイナーズチェアの座面の裏を見るのが好きで、購入する前につい見てしまう部分が裏ですね」
「私も裏をみるのが好きなんです!」と奥様もインタビューに飛び入り参加。

「このスタンダードチェア(写真・上)は現行品なので、座面と背もたれ部分の材質がオリジナルのものと違う。だからここにリサイクルマークが入っていたりする。こういう部分も見ていて楽しいです」

———なかなかマニアックな視点ですが、食器なども裏面を見たりしますから、同じような感覚なのでしょうね。他に、注目しているところは?

「椅子を選ぶ時、多くの方はプロダクトを正面から見てしまいがちですよね。でも、実際に室内で目にする機会が多いのは正面ではなく背面か側面です。だから、僕が見るのは後ろの方。後ろ姿と横の姿が美しいものを選びます」

裏面にシリアルナンバーが記載されている
———たしかに、私も今まで正面から見ていました!目から鱗です。デザイナーズ家具といえば、リプロダクトの良し悪しなどはありますか?

「リプロダクトは、意匠権の期限が切れた製品のオリジナルデザインを元に、出来るだけ忠実に復刻生産した製品で、オリジナルよりも低価格で購入できる反面、クオリティが良いものと悪いものがあります。実際に手にとって品質を確かめる方が良いと思います」

窪田さん愛用のデザイナーズチェア

今回紹介するのはこちらの3脚
窪田氏が実際に使っているデザイナーズチェアの中から3つを紹介してもらった。

CH24 SOFT BY ILSE CRAWFORD

デザイナーズチェアの代表格「Yチェア」
———有名なCH24、通称Yチェアですね。

「このYチェアは、僕がアトリエを造るタイミングで購入したものです。こちらの製品はYチェア発売70周年を迎えた2020年の限定カラーシリーズ。ホワイト以外にもカラーバリエーションがあります」

———ホワイトを選んだ理由はありますか?

「オリジナルのYチェアはナチュラルな木目のアームで、日本の家屋にも合わせやすく、国内でも人気があります。デンマークの製品ですが、僕は個人的にYチェアに対して和の空間に合わせるイメージがあったので、自宅のスタイルに取り入れてきませんでした。でも、このリミテッドカラーのエディションが出て、上品かつアイコニックな雰囲気がプラスされたので、洋風のスタイリングにもしっくりくると感じて購入しました」

曲木製のアームと背もたれが一体化しているYチェア

曲木のアームが背もたれに向かって平面に整えられている部分が良い、と窪田氏

CH24概要

Yチェアとして知られるCH24は、デンマークの家具デザイナーであるハンス J. ウェグナーが、同じくデンマークの老舗家具メーカーであるカール・ハンセン&サン用にデザインし、1950年からずっと生産されている名作デザイナーズチェア。生涯で500種類以上もの椅子をデザインしたウェグナーの代表作が、このYチェア。アームと背もたれを一体にするという、それまでの椅子デザインに見られなかった斬新な試みをし、デニッシュモダンの名作として世界的に知られる。

PK1 chair

ポール・ケアホルムの名作「PK1」(現在廃盤)
「こちらはポール・ケアホルムが最初にデザインしたものなのでPK1と名付けられています。オリジナルはロープではなく枝編み細工で作られていました。削ぎ落とされたデザインとシンプルな構造に惹かれます。ステンレスだけだとモダンなイメージにまとまりますが、有機的なロープが柔らかい雰囲気を出しています」

———座り心地も良さそうですね。

「PK1はお客さんからも座りやすいと評判です。船で使われる頑丈なロープを55メートルほど使っており、クッション性にも優れています。こちらのフラッグハリヤードは現在廃盤になっており、FSC認定の藤編み仕様になっています」

スタッキングがしやすいよう、後脚が内側に入っている

「このロープの絶妙な隙間の部分が気に入っている」と窪田氏

PK1 chair概要

PK1 Chairは、デンマークを代表する家具デザイナー、ポール・ケアホルムが手掛けた椅子。ステンレスの脚に、枝綱み細工の座面が施され、上品で繊細なフォルムが特徴的。「家具の建築家」を自認していたケアホルム。建築素材に関心を持ち、その中でもスチールと有機素材との組み合わせによって、素材が持つ個性を引き出している。

Standard Chair SP (Siège en Plastique)

最も有名なデザイナーズチェアのひとつ「Standard Chair」
「この椅子も、僕が好きなデザイナーズチェアのひとつです。体重がかかる背もたれ側の脚が太く、前側の脚は細くなっていて、椅子としての構造上、理想的なデザインです。三角形の後ろ脚がアクセントになっています。オリジナルはスチールと木の組み合わせですが、こちらの新しいバージョンは、座面と背もたれがプラスチックになっています。1934年にデザインされた椅子ですが、現代の住宅にもマッチします」

斜め後ろから見ると三角形の後脚の色、形が映える
———先ほど本を置いてディスプレイとして使っていましたが、座り心地はいかがですか?

「この椅子は、僕にとっては座りづらいですね……(笑)。部屋の隅に置いて、オブジェとして活用しています。贅沢な使い方でしょう? 斜めや後ろから見た姿がカッコいい。素材や色でバリエーションを増やしている点も好きです」

Standard Chair SP概要

ジャン・プルーヴェによってデザインされたStandard Chairは、最も有名なクラシックチェアのひとつ。Standard Chair SP(Siège en Plastique)は、オリジナルのフォルムはそのままに、座面と背もたれにプラスチックを用いている。プルーヴェは建築家、エンジニアとしての顔を持ち、後脚に最も負担がかかるという椅子の本質をデザインに生かした。

デザインは生活を豊かにし、芸術は人生を豊かにする

さまざまな家具が調和する窪田氏のアトリエ
「デザインは生活を豊かにし、芸術は人生を豊かにする」
これは今回の取材で撮影を担当した写真家がポロっと呟いた言葉だ。

家具を選ぶときは道具としての使い勝手を重要視しがちである。居住空間の最適解として機能や効率を重視してしまうと、不便だったり高価だったりするデザイナーズ家具を迎えようとは考えられないはずだ。

今回お話を伺った窪田氏が空間を手がける行為は、家具を通じて往年のデザイナー達と対話し、それらを自分の感性と融合させながら、全く新しい物語を編んでいくようなことなのだろう。

これを読んでくださっている皆さんに、もし気になっているデザイナーズチェアがあれば、ご自身がときめく感性を大切にしてみてほしい。

過ぎ去った時代を豊かにしたデザインが、これからの人生を豊かにするヒントになるかもしれないから。決して座り心地の良くない椅子であっても、だ。

F.I.N.D UNIT

窪田俊氏とフローリストであるHarunaさんのデザインユニット
https://www.sisusta-interiorstyling.com/