とある友人が、「気になる相手には住んでいる場所を必ず聞く」と言っていた。たしかに生活圏が分かると、不思議と「その人」の輪郭が見えてくる。日々の拠点を決めるとき、なぜそのまちで暮らしているのか、なぜそこに通うのか、理由を“利便性”のひとことで片付けるのは味気ない。場所を選んで暮らしているという事実こそが、ささやかな当たり前を塗り替え、やがて暮らしを豊かにしていくのかもしれない。東京都墨田区の下町に、そう思わせてくれるような場所がある。
木造密集地に生まれたガラパゴス的文化圏
京島という、知る人ぞ知るまちがある。
東京で最も多く木造の長屋が残る地域として、防災面で長年問題視されてきたエリアだ。実はここでは、10年以上も前からクリエイターやアーティストが古民家を借りてアトリエ兼住居に改装しながら暮らし、独自のコミュニティが育まれてきた。「知る人ぞ知る」であり続けた理由は、ここが「訪れる」場所ではなく「暮らす」場所だったからかもしれない。
そんな京島にも近年、変化が起こりはじめている。東京スカイツリーの完成とともに都市計画が進み、ここも例外でなく、古民家の解体が顕著になってきた。一方で、古い建物を安全でクリエイティブな場として発信し、使い続けていこうとする動きもまた、活発になりつつある。今回ご紹介する「YOMOCK(ヨモック)」もそのひとつ。運営するのは、ハードの空間とソフトの企画の両軸を手掛けるデザインカンパニー、株式会社バチスカーフだ。
彼らが京島にやってきたのは2021年の春と、ごく最近のこと。ひょんなことからこの場所を見つけ「とりあえず内見を」と軽い気持ちで訪れたその帰り道には、移転を決めていたとか。東京に築100年近い物件が、使える状態で残っていること、それが飲食店として活用できることは、かなり稀有な条件だった。それだけでなく、個人店に活気があり、地域に根付いて活動する人々の存在にも魅力を感じたのだそう。
築ほぼ100年の長屋を活かした空間で小さな挑戦を叶える場を
YOMOCKがあるのは、築90年を超える京島の「六軒長屋」のはじっこ。普段は一階を飲食店、2階をオフィスとして使っているが、建物自体に名前を付けたところに意思を感じる。
YOMOCKの語源は「よもやま」×「モックアップ」から。あらゆる人の挑戦を小さく叶える自由な場所として、コミュニティスペースの機能も併せ持つ。過去には、一階の飲食店スペースでご近所同士をつなぐコミュニティイベントが開催されたり、有志グループ「puroshirout(プロシロウト)」による1日限りの立ち飲み余市イベントが行われたりと、まちと関わり合いながら京島に新たな風を吹き込んでいる。
古いものを活かし、使い続けることを大事にする彼らのオフィスには、「もともとあったもの」を活かそうとする想いが随所に宿っていた。
昼はサンドイッチカフェ、夜はおでんスタンドに変化する飲食店
一階の飲食店は、そんなデザインカンパニーが手掛ける飲食事業一号店ならではの、ユニークな仕掛けも見どころ。昼はサンドイッチカフェの「三(san)」、夜はおでんスタンドの「十(ju)」と、時間によって業態が変化。誰もが馴染みのある手軽な食に少しの工夫を加えて「食体験をリスタイルする」ことを目指しているそう。
メニューの随所に、遊び心とこだわりが散りばめられている。昼営業のサンドイッチカフェ「三(san)」では、フルーツサンドやBLTサンドなど定番のサンドイッチのほか、ボリューミーなバゲッドサンド、季節に応じて変わるオリジナルドリンクも。
ゆったりとしたランチやカフェタイムを店内で過ごすだけでなく、テイクアウトにやってくる地元の人の姿も目にする。一方、夜営業のおでんスタンド「十(ju)」では、一般的なおでんメニューのほか、アレンジの効いたオリジナルのおでんが人気。
居酒屋メニュー的おつまみもひと工夫され、常連客それぞれに「いつもの一皿」があったりするそう。
酒類・ノンアルコールドリンクのメニューも豊富で、特にクラフトビールは国内外のブリュワリーから選ばれたものが、ショーケースの中に常に10種類前後並ぶ。東京のはずれに位置するにもかかわらず、20〜40代の、いい意味で「下町江戸っ子感があまりない」大人たちで賑わっていると感じた。
不定調和を面白がれる仲間とユニークを楽しむ
さらに、空間の企画・デザインと飲食業の交わりは、さまざまな副次効果を生んでいる。
2021年10月に、一か月にわたって京島を中心に行われた芸術祭「すみだ向島EXPO」では、建物の大規模取り壊しによって生まれた空き地に、民家の解体現場からレスキューしてきた古材と竹を用いて「不死鳥喫茶」を誕生させた。
「リニューフード」として変わり種おでんや出汁ドリンクを販売し、併せて「再生」をテーマにさまざまなワークショップを行った中でも、空き地ディスコは話題を集めた。
そんな中、不死鳥喫茶にやってきた地元のおじいさんから「蕎麦屋を閉めて余っている製麺機があるので引き取ってくれないか」と譲り受けるなんてことも。これをきっかけに、2022年春には近くの空き家を借りて新店をオープン予定だそう。
予想だにしなかった不定調和の出来事を面白がり、新たな空間や企画を生み出していく。YOMOCKには、それぞれにプロフェッショナリズムを持ち、今そこにあるものを楽しむマインドを持った人々が集まっているようだ。
暮らすように働く、古くて新しい下町のスタイル
下町の長屋は、一階部分がひらかれた商店スペース、2階部分が寝食をする暮らしのスペースとなっているケースが多い。そんな建物のつくりが生んだのは、仕事と生活の垣根がゆるやかに交わり、暮らすように働く文化だ。コロナ禍で生活が見直される社会で、このような暮らしに憧れを抱く人が増えてきたと聞くが、京島というまちには、もともとそんな風土が日常として存在していることを思い知らされる。訪れると、不思議とあたたかなホーム感を抱く現象は、そんな土壌が起因しているのかもしれない。
三/十(sanju)の暖簾をくぐれば、常連さんもご新規さんもフラットに出迎えられる、心地のよい空間が広がっている。飲食店という足を踏み入れやすい場を持つYOMOCKから、今後どんな仕掛けが飛び出してくるのかにも、注目していきたい。
YOMOCK
三/十(sanju)
近隣のマンションシリーズ「ZOOM」
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編集者・ライター|ライフスタイル領域をメインに、冊子制作やインタビュー、PRなど。ライフワークは茶道。