Vol.502

08 DEC 2023

〔ZOOM in 秋葉原NORTH〕喫茶店や上野の歴史とともに。ゴージャスレトロ喫茶で昭和を楽しむ

珈琲と煙草の香りが漂う店内。子供の頃は喫茶店に入ると少し大人になった気分がした。大人が新聞や雑誌を読むのを横目にレモンティーを飲む…そんな懐かしい日常を思い出させてくれるのが、シャンデリアやベロアのシート、珍しいところだとインベーダーゲームができるテーブルがある、いわゆる昭和の喫茶店。今は数が少なくなり、とても貴重となってしまったが、そのレトロな雰囲気の昭和喫茶が文化遺産的な魅力を放ち、再び人気を集めているという。この時代の店は、外から中が見えないことが多いので少し緊張するが、昭和の店が数多く残る上野に面白い店があると聞き、足を踏み入れてみた。

御徒町から昭和の香りが残る、上野へ

昭和初期に建てられた西洋風の建物の面影を今も残す、上野駅
昭和の面影を残す喫茶店を訪ねるため訪れたのは、上野。上野といえば、高架下などに店が連なる「アメ横」の賑わい。国内外の観光客などが押し寄せ、物見遊山に街を歩いていく。アメ横から高架下を南へ歩くと御徒町へと抜けるが、こちらも問屋街があり、かつては商売の街として栄えたエリア。高架下にはアメ横の雰囲気とはまったく異なる新たな商業施設「2k540」もオープンしていて、クラフト作家たちの店が軒を連ねる。リーズナブルな商品からこだわりの逸品まで、幅広い買い物ができるエリアだ。

量販店から個人店まで軒を連ねる、アメ横
そしてこの上野から御徒町の間には日本最初の喫茶店跡地という記念碑がある。1888年に日本人がこの地に開業した「可否茶館」という店が日本初の喫茶店とされ、遊技場やホールなどを備えた、文化人たちのためのサロンのような場所だったとか。そこから明治・大正・昭和と多種多様な喫茶店が作られ、その時代時代を反映したサロン的な役割を果たしていくことになる。今でもそうだが、上野は大学や博物館、美術館などが数多く点在し、地理的には東へ行くと浅草、西へ行くと湯島も近く、寄席に行く前の落語家など、芸人たちも集まる街。文化人たちが上野の喫茶店に集まり談義していたことは容易に想像が付く。

オフィス街の中にある「日本最初の喫茶店の跡地」の碑
戦後は各鉄道が乗り入れ、特に集団就職などで地方から東京に来る人にとっての北の玄関口となっていた上野。さまざまな路線があるため乗り換えのための時間待ちをする人も多く、時間つぶしのために利用できる喫茶店が人気となり、どんどんと増えていくことになる。数が多くなったからこそ、店のインテリアやしつらえを独自のものにすることで、他店との差別化を図っていった。

そして現在。ガラス張りになったおしゃれなコーヒーチェーンが街を埋め尽くすようになった今でも、その当時から残る喫茶店が上野には数件残っていて、今も人気。むしろ、かつてを知る人が懐かしく扉を開けるのはもちろん、若い世代にもその独特なインテリアやメニュー、雰囲気がもの珍しく、再び賑わいをみせているのだ。

上野駅高架下近くに店を構える「喫茶 丘」。吹き抜けのシャンデリアが美しく、ドラマのロケなどにも使われているほど
そんな上野に残る昭和喫茶を訪ね、お話しをうかがったのが、60年以上前から上野に店を構える「喫茶 古城」の松井さん。生まれも育ちも上野で、父が作り上げた店を受け継ぎ、70歳を過ぎた今も店に立つ。

本物志向が生み出した、今では考えられないインテリア

松井さんが子どもの頃に父が創業した「喫茶古城」。子どもだったので、店の正確な創業年はわからないとのことだが、松井さんが店を受け継いだのは今から45年ほど前。店をオープンしたとされる1960年代は東京オリンピックが開催されるなど好景気に湧き、東京の開発がどんどんと進んでいった時代だった。レストランなどを数店舗経営していた松井さんの父は、憧れていた西洋の城をイメージして、細部にまでこだわった喫茶店を作り上げた。

「喫茶古城」があるのはビルの地下1階。ヨーロッパの宮殿のような面持ちだ
当時の上野は(実は数年前まで)木造長屋が軒を連ね、好景気とはいえ小さな会社には応接室もなかった時代。人々はひとときの贅沢な時間を求めて、この店にやってきたという。

「結納の顔合わせやお見合いなんかに使われていたこともありました。都営地下鉄のお偉いさんなどが打合せをしたりと、仕事の商談などをするのにも使ってもらっていました」という松井さん。ここぞというときなど、ホテルのラウンジのような感覚でこの店を使っていたという。

巨大なステンドグラス壁画の前には日本に3台しかないという貴重なエレクトーンが
まず、驚かされるのがエントランス。いきなり大理石を敷き詰めた地下への階段があり、頭上には西洋絵画の壁画が埋め込まれている。ここだけみたら、とても喫茶店とは思えない。そして店内に入ると、クリスタルが輝くシャンデリアがいくつも並ぶ。これもすべてオーダーメイド。壁面はいくつもの巨大な大理石が埋め込まれているが、側石という研磨されていない石なので、荒々しさも漂う不思議な空間だ。そして奥にはステンドグラス風の絵画。ロシアのエルミタージュ美術館の様子を一面に描いたというガラスアートとなっていて、地下にある店を明るく照らし出す。

店のロゴや床のデザインは松井さんの父が自らデッサンを描いて作り上げたものなのだそう
1950〜60年代は日本が好景気の時代で、その頃に創業した喫茶店は豪華なインテリアで作られていることが多い。喫茶店が増えてきた時代ではあるがまだ少なく、喫茶店に適した椅子やテーブルというものは売っていなかったので、必然的にオーダーメイドで作らなければならなかった時代でもあった。ならば…と趣向を凝らしたインテリアにし、贅沢にお金を掛けることで、特別な気分を味わってもらいたいと作り上げたお店が多くなったと考えられる。そして「喫茶古城」は、その中でも桁違いのお金の掛けかたをしていると言っていいだろう。

カウンターの奥で珈琲を淹れてくれている松井さんご夫婦
「父はヨーロッパに憧れていたので、お城をイメージした店を作り上げたんです。そして作るならば本物にとことんこだわったものをという性分でした。壁面に使用した大理石は、石屋から何年も請求書が来ていたようで母がお金の工面に苦労していた様子を覚えています」という松井さん。その後に父が亡くなり、せっかく想いを込めて作ったものをなくしてしまうのは…と松井さんは店を引き継ぐことにした。

大理石の様々な表情が店をアートな空間にする
父の店を譲り受けた松井さんも、テーブルを新調するときには、自らオーダーして誂えたという。父の店にふさわしいものをと、グランドピアノをコーティングするのと同じ技法を使いウッドチップをちりばめて作り上げたものだとか。漆のような美しい艶があるテーブルは、何年も経った今も色褪せていない。

メニューも器も、昭和の歴史を物語るものばかり

「喫茶古城」の珈琲は、ネルドリップで淹れる、しっかりとした味わい。その珈琲が注がれるのは、オリエンタルモダンな珈琲カップ。実はこのカップは日本の喫茶店の歴史を物語るカップといってもいい品で、「NIKKO」という陶器メーカーの「山水」と呼ばれるシリーズの復刻版。この「山水」は、喫茶店の歴史を語る上でぜひ知ってほしい一品なのでここに少し紹介する。

「喫茶古城」では女性には赤の、男性には青の「山水」で珈琲を提供している
「NIKKO」は大正時代創業の石川県の陶器メーカー。「山水」は、ウィローパターンと呼ばれる19世紀にイギリスなどで人気を博していた柄が施されていて、日本でも明治時代から各陶器メーカーが海外向けにこぞってこの絵柄の陶器を作っていた。2羽の鳥や3人の人が描かれているが、これは中国に伝わる純愛物語を題材にしたものだという。

「NIKKO」では1915年から、このウィローパターンを硬質陶器に施したシリーズ「山水」を発売。以来、なんと2020年まで変わらないデザインで製造してきたというロングセラー商品で、主に喫茶店など飲食店で愛用されてきた。今では復刻版として当時のデザインをボーンチャイナにプリントした「SANSUI」がリリースされ、再び注目されている。「喫茶古城」でも創業時から「山水」を使用していて、どうしても割れたりしてしまうので当時の「山水」はほとんどないが、新しくなった「SANSUI」を使い、創業当時の雰囲気を守っている。

レトロな緑色にほっとする、バナナパフェ
1970〜80時代になると、人々が豊かになっていったこともあり、応接室という意味合いで使う人は少なくなり、待ち合わせや時間をつぶすために過ごしていく人が多くなる。最初はコーヒーと軽食のみだった「喫茶古城」も、ほかの喫茶店同様、食事やデザートのメニューが増えていくことになる。贅沢な時間を楽しむ場所から、日常から少し離れ、ほっとひと息つく場所へ。それでも当時は松井さんなどスタッフは着物を着てサービスするなど、特別な空間づくりのために試行錯誤した。喫茶店という場所は時代を、世相を表す場所。人の流れ、ライフスタイルは常に変わっていき、それに合わせて喫茶店は変化し続ける。「喫茶古城」も例外ではなかった。

令和になった現在の「喫茶古城」は、ほっと一息つく場所というところは変わらないが、その大切に使い続けてきたインテリアや昔ながらのメニューが人々に新鮮に映り、特に20代を中心とした若い世代が多く訪れているという。

ミックスサンドイッチは松井さんのおすすめメニュー。創業時から変わらないレシピで手作りするマヨネーズが味の決め手だ
松井さんの手作りランチは、働く人々の午後を支え、レトロなデザートはSNSを彩る。日常のワンシーンが、ここでは少しだけ特別になるのだ。それはかつて、人々が貧しかった時代の人々が感じたものとはまた違った意味かもしれない。しかし、とことん本物にこだわったインテリアや食器などの長年使い続けてきた品々の、量産化された品では出すことのできない味わいが、いつまでも人々を魅了するだろうと感じた。

若い世代が手伝いながらまた新たな時代に

松井さん夫婦と一緒に店を切り盛りしている若いスタッフたち
SNSで店の情報を発信することで若い世代も訪れるようになり、また新たな歴史を進んでいる「喫茶古城」。地下にあるということもあり、ここにひと足踏み入れれば、本当に時代や場所を忘れて時間を過ごすことができるだろう。床を磨いたり、シャンデリアをひとつひとつ掃除したりと、丁寧に手入れをしながら守り続けている松井さんご夫婦の思いを、ぜひ店に来て感じてみてほしい。

人々が活気に溢れ、切磋琢磨していた時代に思いを馳せることができる、当時の意匠を残した昭和の喫茶店。今の時代に「喫茶古城」のような店を作るということは不可能といっていいだろう。高層ビルが立ち並ぶ東京の一角にこんな場所があることを知ってほしい、そしてこれからも長く長く愛されてほしいと心から思った。

喫茶 古城

東京都台東区東上野3-39-10 光和ビル B1F
営業時間:9:00~20:00
定休日:日曜・祝日

https://www.instagram.com/kojyo_kyoko/