Vol.53

KOTO

02 AUG 2019

不法投棄の森だった里山で、320年前の夜空に想いをはせる【SATOYAMA アウトドアナイト】

東京から、わずか1時間の距離に、緑のあふれる里山がある。JHEP認証(※)で“AAA”というから、自然の豊かさは折り紙つきだ。夏にはヤマユリが咲きほこり、絶滅が危惧される植物や虫たちも、ここでは安心して暮らしている。そんな里山で今、期間限定のお店がオープンしている。ふだんは生きものたちだけの夜に、少しだけおじゃまする“SATOYAMA アウトドアナイト”。焚き火の揺らぎに囲まれ、生演奏を聴きながら、採れたての野菜を使った料理やBBQ、オーガニックハーブのスペシャルカクテルが楽しめる。ゆっくりと暮れていく空を眺めていると、いつのまにか都会の喧騒を忘れることができる。しかし、ここはただの里山ではない。耳を傾け、想いをはせてほしい物語がある。 (※)生物多様性の保全や回復に資する取り組みを定量的に評価、認証する制度のこと

人々は、尊敬をこめて“ヤマ”と呼んだ

かつて江戸時代、日本は世界有数の循環型社会だったと言われている。自然に感謝し、自然と共に生きることがあたり前の暮らし。“SATOYAMA アウトドアナイト”が開催される三富(さんとめ)も、そうした里山のひとつだったという。拓かれたのは、320年ほど前。5代目将軍徳川綱吉の側用人、柳沢吉保が、この地のやせた土壌を豊かにするため木を植え、水を生み出し、里山をつくったのがはじまり。みんなが自然を大事にし、親しみをこめて雑木林を“ヤマ”と呼び、ヤマユリの花が群生していたそうだ。

しかし、ほんの数十年前まで、ここはゴミが不法投棄され、散乱する林だった。里山の象徴だったヤマユリは、すっかり姿を消していた。大量生産、大量消費の便利な時代を過ごすうちに、ひとは自然への敬意を忘れてしまったのかもしれない。「このままではだめだ。大切なことを忘れてはいけない」三富の森を再生するために立ち上がった人々がいる。石坂産業株式会社だ。

SATOYAMA アウトドアナイトは、石坂産業が運営する三富今昔村の中で開催されている。

リサイクル会社が育てた野菜は、驚くほど甘い

石坂産業が設立されたのは、昭和46年。ちょうど高度経済成長の真っ只中。まだ使える電化製品や生活用品がつぎつぎと東京湾に捨てられ、埋め立てられていく。その様子を見た創業者が「資源の少ないこの国で、こんなことをやっていてはダメになる」と一念発起。リサイクル業として、産業廃棄物処理をはじめたという。同社は現在リサイクル率98%を達成。その技術を学ぶために、世界中から大使が視察に来るようになった。国内の同業者も多数来訪し、一般客も合わせると工場見学者数は年間4万人にのぼるそうだ。理念は、「自然と共生する、つぎの暮らしをつくる」こと。そんな同社ならではの取り組みが、里山再生。工場の周りに広がる東京ドーム4個分の森を地権者からお借りして、まずはゴミ拾いからはじめたという。生物・植物の保全や管理を地道に続けた結果、今ではレッドデータブックに掲載された絶滅危惧種が11倍も舞い戻り、ヤマユリの群生も見られるようになった。
アウトドアナイトで提供される野菜の多くは、この敷地内で栽培されたものだ。在来種といわれ、代々その土地で受け継がれてきた、昔ながらのタネである。その土地に適した遺伝子をもつため、農薬も化学肥料もいらない。この森の落ち葉を堆肥にして、野菜本来の味に、たくましく育つらしい。炭火で焼いて頬張ると、驚くほど甘かった。もちろん、この野菜は土壌を傷つけない。カラダにも自然にも優しい。農薬も化学肥料も、たしかに便利だ。けれど、その便利さと引き換えに、僕らは何かを失いつつあるのかもしれない、と頭によぎった。

朝採れ旬野菜と、自家製天然酵母でつくるパンを、とろとろのチーズで楽しめる。
そんなとき、実は知ってほしいことがあるんです、と三富今昔村コンシェルジュの若月さんが語ってくれた。「食べている野菜は、皮もタネも利用できます。美味しい出汁が取れますし、その残りは肥料にもなる。余すことなく、無駄にすることなく、使えるんです。そしてそれは、廃棄物も同じ」と。私たちは暮らしの中で当たり前のようにゴミを出している。捨てればゴミになるが、使えば資源になる。そう捉えれば、地上には資源があふれていることになる。無駄をなくせば、無駄に自然を削る必要がない。「このテーブルは手作りなんですよ。鉄でできた脚は、もともとは捨てられたものです」と彼女は微笑んだ。

バーテンダーは、設備管理のエキスパート

それにしても、メニューはどれも美味しい。(正直、飲食は本業ではないと思い、甘く見ていた・・・反省)それもそのはず、調理をするのは、本格派のイタリアンシェフ。敷地内の石坂ファームで採れた野菜や埼玉県の地のものをいかし、素材の味が楽しめる。見た目にも鮮やかで、五感で味わう料理だ。さらにびっくりしたのは、バーテンダー。オリジナルカクテルは、“そのときの気分を伝えると、アレンジしてくれる”のだが、いずれも独創的で美味しかった。一杯目は、「せっかくなので旬なものを辛口で」と頼んだところ、石坂ファームの桃で作った自家製ジャムの甘みに、隠し味の胡椒がピリッと効いていた。オーダーするたびに、毎回ちがうアイデアを繰り出してくる。

どんな方なのだろうと聞いてみたら、なんと、通常は三富今昔村の設備管理を担当しているという。「もともとバーテンダーで、10何年やっていました」という彼は、とても楽しそうにカクテルをつくっていた。ひとりひとりの才能を無駄にしないこと。その大切さを学んだ気がした。きっと、人生はひとつじゃなくていい。昼と夜、2つの人生を謳歌しているようで、なんだか羨ましくもあった。

小さなカウンター席でバーテンダーのこだわりを聴きながら、静かに会話するのもいい。

“自然と美しく生きる”とは、どういうことだろう

気づいたら、あっという間に日が暮れていた。暗闇のなかで揺れる灯が、非日常的で、心が安らいだ。今日はスペシャルナイトデーということで、生演奏も披露された。演奏者はハラグチヨシフサ氏。木製のスリットドラムを中心に、カホン、カリンバ、鍵盤ハーモニカなど大小様々な楽器を使い、即興を得意とする方だ。演奏前、彼がテーブルを回り、何かを配っている。手渡されたのは、お手製の打楽器。缶詰の空き缶に豆などを入れてつくった楽器だ。

リサイクルと言われると、ちょっと“真面目で堅く”感じる人もいるかもしれないが、なるほど、大事なのは遊び心なんだろうと思った。石坂産業が掲げるスローガンは、“自然と美しく生きる”。大それたことでなくてもいい、自分ができることをひとりひとりが考え、行動してくれたら。そんな願いを込めているそうだ。

表現のインスピレーション源は自然、主に森や山だというハラグチ氏。
それにしても、贅沢な時間だなあとしみじみ思った。東京から、たった1時間。仕事終わりに来られる距離に、こんな自然があったとは。美味しかったのは、きっと味のせいだけじゃないだろう。320年前、この里山とともに暮らしていた人々は、どんな夜空を眺めていたのか。想いをはせながら、こうして飲むのも悪くないな、と感じた夜だった。

SATOYAMA アウトドアナイト

住所:埼玉県入間郡三芳町上富1589-2 三富今昔村
最寄り駅:東武東上線「ふじみ野駅」・西武線「所沢駅」
※三富今昔村「交流プラザ」〜「所沢駅」間で無料送迎バス運行中(乗車時間約30分)
電話番号:049-259-6565
営業時間:17:00〜21:00(LO 20:30)/2019年11月まで
8月31日までは原則として日曜・月曜定休
9~11月は金曜・土曜限定でオープン(詳しくはHPをご確認ください)
※雨天中止(屋外のため、当日17時時点で雨天の場合は中止となります)三富今昔村Facebookでお知らせします

公式サイト:https://santome-community.com/outdoornight/