Vol.801

MONO

20 OCT 2026

雪解けの景色を映す「北国の蒼」白岩焼和兵衛窯・渡邊葵さんの器とアクセサリー

以前、雑貨店で見かけた青い陶器のアクセサリーが、ずっと気になっていた。深い青に金色がきらりと光るそのアクセサリーは、秋田の焼き物「白岩焼」で作られたものだった。今回、作り手である陶芸家・渡邊葵さんに話を聞くため、秋田県仙北市角館町の白岩焼和兵衛窯を訪ねた。江戸時代に始まり、一度は途絶えた白岩焼。その復興の歩みと、器やアクセサリーを手がける葵さんのものづくりをたどってみたい。

一度は途絶えた白岩焼。葵さんが窯を受け継ぐまで

秋田県仙北市角館町の白岩にある、白岩焼和兵衛窯
白岩焼は、江戸時代の1771年に角館の白岩で始まった焼き物だ。藩窯として発展し、日用品から特産品まで幅広く作られた。赤土に青い釉薬を重ねる「海鼠釉(なまこゆう)」が特徴だが、時代の変化とともに窯は衰退し、1901年にいったん途絶えた。

約70年後、葵さんの母・渡邊すなおさんが白岩焼の復興に着手し、その翌年に和兵衛窯を開いた。すなおさんと夫の敏明さんは、残された江戸時代の器を手がかりに海鼠釉を研究。原料の一つに米の籾殻(もみがら)の灰を用いる現在の方法にたどり着くまで、約20年を費やしたという。長い試行錯誤の末に、白岩焼の青がよみがえった。

白岩焼を受け継ぎ、器やアクセサリーを制作する渡邊葵さん
葵さんは、両親から家業を継ぐように言われたことはなかった。「自分たちが好きなことを仕事にしたから、あなたたちも好きなことを」と言われて育ち、大学では美術史を専攻した。転機となったのは、東北各地の仏像を調査した経験だった。

それまでは、文化や伝統は誰かが守ってくれるものだと思っていたという。しかし、傷んだ仏像を目にして、その考えが変わった。「我が家の焼き物だって同じだ」と気づき、白岩焼に向き合うようになった。

工房での素焼きの作業。器を一つずつ丁寧に扱う
卒業後は実家で制作を学ぼうとしたものの、親子ゆえに指導を受ける難しさがあった。そこで京都の陶芸の学校に進み、2年間学んだ後、講師としても2年間経験を積んだ。2011年、東日本大震災の約1か月後に帰郷。しばらくは高校の美術講師をしながら制作を続け、2014年頃に白岩焼に専念する道を選んだ。現在も親子はそれぞれの仕事場で作品を作り、窯焚きは一緒に行っている。

薪と籾殻の灰が生む「北国の蒼」。現代の食卓になじむ器

海鼠釉をまとった、窯で焼く前の器
工房で見せてもらった海鼠釉は、焼く前には灰色をしていた。原料には、親族から譲り受けた「あきたこまち」の籾殻の灰など、自然由来の材料を使い、着色剤は加えない。登り窯に薪をくべて焼いて初めて、あの青が現れる。

茶色の釉薬に海鼠釉を重ねると、グレーがかった仕上がりに
敏明さんが自ら築いたという登り窯は、窯口にレンガを積んでふさぎ、窯焚きに備える。窯焚きは48時間から72時間ほど続き、家族らが交代で仮眠を取りながら火を絶やさずに薪をくべる。同じ日に同じ釉薬で焼いた器でも、濃い青や緑がかった青、灰色を帯びた青など、仕上がりは一様ではない。

敏明さんが築いた登り窯。周囲には窯焚き用の薪が積まれている
「海鼠釉については、予想できないですね」と葵さん。窯の温度を思い通りには調整できず、仕上がりは焼いてみるまでわからない。そうして生まれる一つひとつの表情が面白いのだという。

白岩焼の器は、厚手でぽってりとした形が印象的だ。一方、京都でろくろを学んだ葵さんの器は薄く、軽い。帰郷した頃は父に「薄すぎる」と言われたそうだが、使い手からは「軽くて使いやすい」という声も多くあった。

直線を生かした、薄く軽い葵さんの器
厚く掛かる海鼠釉には、強い存在感がある。だからこそ、葵さんは器の輪郭を大切にしている。かっちりとした形に重厚な釉薬を掛け、現代の食卓にもなじむ器にしたいと話す。学生時代から好きだった北欧の陶器や、整った工業デザインからも刺激を受けている。静かな青をたたえた器には、直線の美しさと手仕事の温かさが感じられる。

小さなアクセサリーが、白岩焼を知るきっかけに

青い釉薬と金彩を組み合わせた、陶器のアクセサリー
アクセサリー作りは、家業を続けるための工夫から始まった。窯焚きには時間と労力を要し、行えるのは年に5、6回ほど。器だけでは一度に焼ける数が限られるため、小さな作品を窯にたくさん詰めることで、作品の数を増やせると考えたのだ。

作ってみると、器よりも気軽に手に取ってもらえることに気づいた。「白岩焼を知ってもらう入り口になったらいいな」と葵さん。青を引き立てる金彩は、京都で学んでいた頃に陶芸家の仕事を見て、独学で取り入れたものだ。

爪よりも小さなアクセサリーにも、釉薬と金彩の豊かな表情が見られる
金彩を添えると、深い青の輪郭がいっそう際立つ。私が雑貨店で思わず足を止めたのも、この色の組み合わせにひかれたからだった。器を買うのは少し迷うという人も、アクセサリーなら、いつもの服に一つ合わせるところから白岩焼を楽しめる。

ただ、小さいからといって、作るのが簡単なわけではない。ピンセットを使って釉薬を掛け、窯にも一つずつ詰める。以前は成形から金具の取り付けまで、葵さんがほぼ一人で担っていたという。今は一部の工程を手伝ってもらいながら、金彩などは自身の手で仕上げている。小さな作品にも、焼き物ならではの工程が重ねられている。

筆者が購入したピアス。左右で少し異なる青の表情も魅力だ
私も、白岩焼のピアスを購入した。選んだのは、角に丸みのある小さな四角形に、青い釉薬と金彩を組み合わせたもの。指先でつまめるほどの小ささでも、青の濃淡や土の質感が見て取れる。釉薬の表情は左右で少しずつ異なり、見比べるのも楽しい。いつもの服に合わせながら、秋田の焼き物を身近に感じていきたい。

青い器を食卓へ。料理や飲み物と楽しむ白岩焼

青い皿やカップが並ぶ、白岩焼のある食卓
「青い焼き物を料理にどう使えばいいかわからない」という声を聞き、葵さんは器に料理を盛り付けた写真を発信するようになった。料理人からは「食材に青いものはほとんどないから、青い皿に盛ると料理が映える」と教わったという。トマトや桃、柿、サーモンなど、色鮮やかな食材は海鼠釉の青と相性がいいそうだ。

料理を盛ると、器の青と食材の色が引き立て合う
料理作りから盛り付け、撮影まで、葵さん自身が手がけている。青い器は、眺めているだけでは使い方に迷うこともあるが、食材をのせると印象が変わる。夏にはトマトや桃、秋には柿。季節の食材を一つ盛るだけで、器の青と食材の色が引き立て合う。

内側に小さな気泡が見られるマグカップ。ガラスの器とは、味わいが違って感じられることもあるという
海鼠釉を掛けた器の内側には、小さな気泡が見られる。葵さんによると、海鼠釉の器とガラスの器に同じ飲み物を注いで飲み比べると、味わいが違って感じられることがあるという。

葵さんは、日本酒や赤ワイン、コーヒーなどで飲み比べることを勧めている。私もぐい呑みやマグカップで飲み比べてみたくなった。見た目だけでなく、手に持ったときの感触や口当たりも楽しめるのが、器の面白さだろう。

直線の美しさと青の濃淡が印象的な、海鼠釉のマグカップ
最初に気になったのはアクセサリーだったが、取材を終える頃には、器も手に取っていた。料理を盛ると、あの青はどんな表情を見せてくれるだろう。

秋田の景色を器に映して。世界へ広がる白岩焼

器や花器が並ぶ、和兵衛窯の工房
葵さんは海外にも作品を届けている。フィンランドの見本市では、北欧のデザインに影響を受けて作った作品を、現地の人に見てもらった。自然とともに暮らし、陽の光を大切にする人々の姿や、森でベリーやキノコを採る暮らしの話に、秋田での生活との共通点を感じたという。遠い国にも通じる暮らしの感覚があると知り、秋田でのものづくりにも、海外の人々と共有できるものがあると感じたそうだ。

工房を訪れたベルギーの人には、青白い雪の下から土がのぞく、秋田の春先の景色を器に表現していると話した。その人がこの話を覚え、作品に込めた風景に共感してくれたことが、印象に残っているという。

青い器に黄色と緑の花を飾って。食卓以外でも楽しめる
台湾やアメリカ・シアトルの店舗でも作品が扱われ、工房には日本の焼き物を求めて海外から訪れる人もいる。器に込めた雪と土の風景を伝えることが、国や言葉を越えて、作り手と使い手をつなぐきっかけになっているようだ。

一方、伝統工芸を続けていくうえでは、作り手の高齢化や材料の入手などの課題もあると葵さんは話す。子どもたちが自分の手でものを作り、美術館や博物館で作品に触れる機会も大切にしたいという。白岩焼を次の世代へつなぐには、制作を続けるとともに、ものづくりの面白さに触れられる場を保つことも必要なのだろう。

青い釉薬の器や金彩を施した器など、さまざまな色や模様の作品が並ぶ
工房に並ぶ器は、同じ海鼠釉を使っていても、青の濃さや表情が一つひとつ違う。見比べながら、自分の手にしっくりくる一つを選ぶ時間も楽しい。身につけるアクセサリーや、季節の食材を盛る一枚の皿から。秋田の風景を映した「北国の蒼」を、日々の暮らしに迎えてみてはいかがだろうか。

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