Vol.797

MONO

06 OCT 2026

使うほどに深まる味わい。秋田角館「伝四郎」の樺細工と暮らす

幼い頃、秋田県へ出張した父がお土産にくれた樺細工の小物入れとキーホルダー。当時は自分の好みではないと感じて、長い間しまったままにしていた。ところが最近、部屋の模様替えを機に、小物入れを飾ってみた。山桜の樹皮が持つ落ち着いた色合いと重厚な表情が、今の私の暮らしにしっくりくる。そういえば以前、知人が使っていた樺細工の名刺入れにも、目を奪われたことがあった。昔から知っているつもりだった樺細工にはまだ知らない魅力がある。そう思い、秋田県仙北市の角館にある藤木伝四郎商店を訪ねた。話を聞かせてくれたのは、7代目代表取締役の三沢知子さん。伝統の技と新しいデザイン、そして樺細工の美しさについて伺った。

山桜の樹皮から生まれる、角館の手仕事

桜の時期の角館・武家屋敷通り
黒板塀が続く武家屋敷通りと、春には桜が咲き誇る桧木内川。角館の町を歩きながら、この土地で樺細工が受け継がれてきたことにも思いをはせる。樺細工は、山桜の樹皮を用いて作る工芸品だ。「樺」という名前から別の木を想像していたが、素材は桜なのだという。

1851年創業の藤木伝四郎商店では、主にオオヤマザクラの樹皮を使う。店頭で品物を見比べると、節の太さも模様の間隔も、一つひとつ違う。三沢さんによれば、木が育った環境や樹齢によって、その表情は変わるそうだ。自然が生んだ模様には、ふたつとして同じものがない。

オオヤマザクラの樹皮を使い、職人が手作業で仕上げていく樺細工
オオヤマザクラの樹皮には防湿性があり、茶葉を入れる茶筒にも生かされてきた。日本茶だけでなく、紅茶やハーブティーのティーバッグ、コーヒー豆を入れるのもいい。樹皮を何層にも重ねて彫り、磨き上げる「たたみもの」、茶筒などを作る「型もの」、箱や盆などを作る「木地もの」など、樺細工といっても技法によってその姿は変わる。

そして三沢さんが何より魅力だと話すのは、使い続けた先に生まれる変化だ。「使い続けていくと、すごく艶が増して、奥行きも出て、いい色合いに育っていくんです」。初めて手にしたときの美しさに、使った時間が少しずつ重なっていく。

三沢さん愛用の樺細工の筒や小物。使うほどに艶が深まる

受け継いだ品に、新しい色を添える

角館にある藤木伝四郎商店の店舗
藤木伝四郎商店は、昔ながらの茶筒を作り続ける一方で、現代の暮らしにも合う樺細工を生み出してきた。転機の一つが、先代の藤木浩一さんとデザイナー・山田佳一朗さんとの出会いだ。樹皮を全面に使うことにこだわらず、一部に取り入れても暮らしに調和するものを作れないか。そんな発想から、異なる素材を組み合わせた茶筒「輪筒」などが誕生した。

茶筒は、コーヒーのある食卓にもよくなじむ
2015年に兄である浩一さんが急逝し、三沢さんは家業を受け継いだ。それまでは出荷や検品を中心に手伝っていたため、樺細工についての知識は乏しかった。そこで、職人のもとへ足を運び、樺細工の技法を一から学んだという。そして向き合ったのは、先代や先々代が手がけ、すでに販売を終えていた商品だった。生まれた経緯と販売を終えた理由を調べ、使いにくいところを改めて、再び世に送り出した。

藤木伝四郎商店の代表取締役・三沢知子さん
その一つが名刺入れだ。以前の品は革の折り目に負担がかかり、長く使うと傷みやすいという課題があった。そこで三沢さんは山田さんと相談しながら形を見直した。

山桜の樹皮と革を組み合わせた現在の名刺入れには、角館の風景を思わせる「あわゆき」「しだれ」「ぶけやしき」、そして新たに加わった「こうよう」がある。色を選ぶ楽しさに加え、革も樹皮も使うほどに表情が変わっていく楽しみもある。名刺交換の場で「これは何ですか」と会話が生まれることもあるそうだ。

山桜の樹皮を取り入れた名刺入れ
「元々、いい基本の形ができていて、そこに私が色をプラスするような感覚ですね」。三沢さんの言葉からは、先人が商品に注いできた時間を大切にしながら、今の暮らしで使いたい形へと整える姿勢が伝わってきた。

お盆も時計も。暮らしの中で楽しむ樺細工

食卓や書斎など、暮らしの場に静かな趣を添える美しい樺細工の品々
店内には茶筒や名刺入れのほか、お盆、時計、小箱など、暮らしのさまざまな場所に置きたくなる品が並ぶ。なかでも角館の景色を名前と色で表した茶筒が印象的だ。雪の「あわゆき」、桜の「しだれ」、夏の「わかば」、黒板塀を思わせる「ぶけやしき」。手に取ると、茶筒の中に町の季節や風景まで閉じ込められているような気がする。

三沢さんがデザイナーの山田佳一朗さんと手がけた「素箱 十二角盆」。十二の角がつくる輪郭は端正で、桜皮の表情を生かしながらも、洋の食器とも合わせやすそうだ。湯のみと茶菓子をのせてひと息つく時間にも、コーヒーカップと小さなお菓子を運ぶときにも。使わないときは棚に重ねておき、形の美しさを楽しめる。いつもの飲み物を出すだけでも、その時間を少し丁寧に過ごしたくなるお盆だ。

樺細工のお盆と器を組み合わせた食卓の風景
同じく「素箱」シリーズの十二角時計は、数字のない文字盤が目を引く。三沢さんが「十二個の頂点が時を表すんです」と教えてくれた。真鍮色の針と、桜皮や木の質感が静かに調和する。リビングに掛ければ、時刻を確かめるたびに山桜の模様にも目が留まりそうだ。お盆を食卓に、時計を壁に。樺細工は日々の暮らしの中で、見て、触れて、楽しめるものなのだと改めて感じた。

数字のない文字盤が洗練された印象を与える、十二角の時計
小箱なら、玄関で鍵やメモをしまったり、リビングで好きなものを収めたりと、中に何を入れようか想像が膨らむ。三沢さんは、用途を決めずに小物入れを選び、家に帰ってから何を入れるか考えるのも楽しいという。私も、父からもらった小物入れを飾って初めて、その魅力に気づいた。使い道を急いで決めなくても、気に入ったものと暮らすうちに、ふさわしい場所が見つかるのかもしれない。

食卓だけでなく、書斎でも。暮らしに合わせて多様な使い方ができる
贈り物として人気があるのは、茶筒や名刺入れ。相手がお茶を飲むなら茶筒、仕事で名刺を使うなら名刺入れ、と暮らしに合わせて選べる。角館を訪ねた記念にも、長く使える一品を探してみたくなる。

名刺入れを手に、樺細工を仕事の日々へ

購入した樺細工の名刺入れ
取材でさまざまな品を見せてもらううち、私も日々使うものを一つ選びたくなった。購入したのは、伝統工芸士・米沢研吾さんが手がけた「霜降皮」の名刺入れだ。桜皮の原皮は灰褐色で、表面はざらざらとしている。その質感をそのまま生かしたのが「霜降皮」で、樹皮そのものの表情が良いものだけが使われるため 、より貴重な素材なのだという。

ざらざらとした表情は樹木が育ってきた年月を感じさせる
これまで名刺入れは、名刺を持ち歩ければ十分だと思っていた。けれどオオヤマザクラの樹皮を使った一品なら、仕事の道具を取り出す何気ない動作にも、自分の好きなものと付き合う楽しみが生まれそうだ。

蓋を開けると、光沢のある「無地皮」となっており、表情の違いも楽しめる
名刺を差し出す前に、ケースを手のひらにのせる。そこに現れる樹皮の模様は、木が育ってきた時間の証でもある。樺細工の名刺入れをきっかけに会話が広がるかもしれないと思うと、次に名刺交換をするのが楽しみだ。仕事を重ねるうちにどんな風合いになっていくのか。その変化も見ていきたい。角館で見聞きした手仕事の話を少し伝えられたら、いつもの挨拶がもっと印象に残る時間になるかもしれない。

使う人とともに完成する樺細工

さまざまな樺細工の品が並ぶ、藤木伝四郎商店の店内
「お客様に使っていただいて、暮らしに溶け込んでこそ完成する」。三沢さんは、店から送り出した後の時間も、ものづくりの一部だと考えている。

実際、店には長年使われた茶筒などの修理相談が寄せられる。「祖父母から受け継いだ品の樹皮が浮いたり、剥がれたりした」という依頼にも、できる限り修理をして持ち主のもとへ返す。手を入れた古い品には、新品とは違う深い艶があるという。買ったときが一番美しいのではなく、誰かが使った年月によって、さらに魅力が増していくのだ。

定番の茶筒は世代を超えて愛されている
海外でも伝四郎の品は人気がある。一方で、手仕事を担う職人は不足しており、生産には限りがある。今後は職人の育成にも取り組みながら、新しいデザインと定番の品、その両方をつくり続けていく。初代から伝わる「品を磨き、信頼を磨く」という言葉は、作り手の技にも、使い手との長い付き合いにもつながっている。

現在の生活にも溶け込む、樺細工で暮らしに彩りを
かつて「大人っぽすぎる」と感じた父のお土産を、今は大切に部屋に飾っている。そして今回、自分で選んだ名刺入れが加わった。次に角館を訪れるときには、少し深みを増した名刺入れを持っていけるだろうか。茶筒でも、お盆でも、小さな箱でもいい。暮らしに合う一品を選び、使いながら育てていくことが、樺細工との一番楽しい付き合い方なのだと思う。

角館 伝四郎