Vol.577

MONO

27 AUG 2024

時を超える美と技の結晶。湯町窯の焼き物たち

島根県松江市。JR玉造温泉駅をおりて、歩いて1分ほどで現れる古い風情を残した陶芸の工房。店内には商品が所狭しと、重なり合いながら並べられている。作品が自然体のままディスプレイされていて、実用のための陶器がありのままに陳列されている。ここは布志名焼を製陶している湯町窯。日本の伝統的な技術と美しいデザインが織りなす湯町窯は、地域の産業を支える作り手の熱い思いが詰まった窯元だ。

国内で4軒のみ。湯町窯における布志名焼の歴史

湯町窯本店の外観。街並みに溶け込んでいた
島根県松江市、日本の名湯・玉造温泉の近くに1922年に開窯。出雲・布志名(ぶじな)焼の窯元のひとつ。戦後間もなくから造り続けている美味しい卵焼きが出来るエッグ・ベーカーは窯の代名詞だ。

湯町窯の焼き物は地元の自然素材を使用しており、松江市の豊かな風土が作品に深く影響している。シンプルながらも力強いデザインが特徴で、地元産出の粘土や釉薬を使い、美しい黄色のガレナ釉と落ち着いた海鼠釉(なまこゆう)のコントラストが印象深い。布志名焼きの流れを汲む伝統的なものから、大皿をはじめ多種の皿類、コーヒー椀、湯呑、花瓶、エッグベーカーなど、幅広く親しまれている。

店内に並ぶ焼き物たち
江戸時代から伝わる「布志名焼」の伝統を継承する由緒ある窯元で作られる焼き物は、その機能的なデザインと風合いで、令和を経ても色褪せない美しさを持っている。

カラフルなカップが可愛らしく、思わずお迎えしたくなる

まろやかな口当たりと飽きのこないデザイン

我が家にもおよそ20年前に購入した湯町窯のカップがあり、未だ現役で活躍している。海鼠釉で彩られた焼き物は、深い青色や藍色の中に白い斑点が差していて、デニムを思わせる風合いを放つ。ブラックコーヒーを注げば、深いブラウンと深海のような青みのコントラストがとても美しい。

子供の頃から一緒に過ごしている
青い食器は、乗せる食材と色がかぶることがほとんどないので、お互いの美しさを引き立ててくれる存在だ。

青と白の絶妙な色彩、厚みと丸みのあるフォルムを見ると、「あ、湯町窯だ」と思うくらい、存在感のある焼き物である。海鼠釉を使った焼き物は、他にも豆皿や楕円皿など、様々な形の焼き物が揃えられていた。普段使いに程よい大きさで、使うシーンを選ばず実用的なので、ついつい揃えたくなってしまう。

窯の代名詞。英国の技術を継承したエッグベーカー

大小2種類の大きさがあり、蓋とお皿もついている
イギリスの陶芸家、バーナード・リーチが湯町窯を訪れた事で生まれたとされている湯町窯のエッグベーカー。「人生史上最もおいしい目玉焼きが焼ける」「普通の卵が贅沢品になる」と人気を呼び、お取り寄せも難しい状況が続く。昨今は、ふるさと納税の返礼品としても人気の一品となっていて、誕生以来70年にわたり多くの人に愛され続けている。

内側に描かれた独特な模様は、湯町窯のマークとして特許が取られている。イギリス伝来の「スリップウェア」という技法で、土と水を混ぜてクリーム状にしたスリップ(化粧土)で表面を装飾する技法が施されている焼き物は、一度は目にしたことがある人もいるのではないだろうか。なんとも芸術的な模様である。

この模様を見ると湯町窯の焼き物だ、とピンとくる
こちらのエッグベーカーは、熱がじっくりと伝わり、一度温まると冷めにくく、高い保温性を保つことができる小さな土鍋だ。このエッグベーカーで作る卵焼きは、目玉焼きや温泉卵ともひと味違う美味しさなのだ。

卵焼きの作り方はいたってシンプル。何度も作って習得した私の中のベストな焼き加減は、生卵を1個落として、とろ火で3分。火を消してから蓋をして、そのまま5分蒸らせば完成。白身はぷるんと、黄身はねっとりで、味付けもいらない美味しさだ。

自分の中のベストな焼き加減を何度も追求した
半熟にしたい時は蒸らし時間を短くしてみたり、火入れを長めにすれば固焼きにもなる。毎朝の気分によって焼き上がりを変えてみて、自分の中の至高の卵焼きを習得しよう。

ちなみに電子レンジ調理も可能で、その場合は500Wで50秒から1分でOK。時間がない日でも、おいしい目玉焼きと白ご飯で幸せな朝を過ごせそうだ。

黄身はねっとりと半熟で濃厚。そのままご飯に乗せても美味しい

グラタンやソース作りにも活躍

エッグベーカーと呼ばれてはいるが、実はポテンシャルが高く、さまざまな使い方ができるのも魅力的。

和風な使い方ばかりではなく、高い保温性を活かして美味しいアヒージョを作ってみよう。火を消してもオイルがぐつぐつとしていて、そのまま食卓に出せば熱々のアヒージョを囲むことができる。お皿がついているので、熱々のままテーブルに乗せることができるのも安心。

小ぶりなので、あともう一品欲しい時にも
グラタンを焼くのにも適している。

食べる直前に焼かなくても、焼いた後に蓋を閉めておけば、開けた瞬間のチーズの香ばしい香りで食欲をそそられる。まだまだ暑い日が続くが、今年の冬にはぜひこちらを使ってみてほしい。

チーズは固まらず、とろとろのまま
個人的にイチオシなのが、冷たいものを乗せていただくこと。

蓋ごと冷やしておけば、冷たいアイスも溶かさずゆっくり食べることができる。写真のアイスはイタリアンスイーツのカッサータ。カッサータはアイスケーキなのだが、ゆっくりと楽しみたい時にこちらの器が大活躍する。

食べ始めから、食べ終わる頃まで、器はずっと冷たいまま
「エッグベーカーは卵料理にのみ使えるもの」ではない。さまざまな料理に使うことのできるその多用途性に驚かされる。

自分の手に馴染むまで使い込んで、さまざまな季節で楽しめる土鍋として食卓に迎え入れてみてほしい。自分の中の特別なアイテムとして、愛着が湧くこと間違いなしだ。

変わらない軸と意思で作り上げられるもの

生き生きとしていて、一つ一つが違う顔を見せる
「ものづくり」をしていると、既存のものや新しいものを作れば作るほど、作品の軸が定まらなかったり、本来作りたかったものとかけ離れてしまったりと、気持ちや作品に迷いが出ることがしばしばある。

良いと思うデザインを盛り込みすぎたり、新しいカラーにしてみたり、他者が求めるものと、自分が作りたいものの狭間で揺れ動くこともある。

シンプルに、実用的に、継承された技術そのままに作り出すことは、簡単そうに見えて至難の業なのだと感じる。何十年も何百年も、変わらないものを作り続けることは、自分自身にストイックでなければできない。

「だんだん」は、「ありがとう」という出雲の方言
ストイックでありながらも、併せ持つ情熱を湯町窯の焼き物たちは体現している。
海鼠釉の焼き物の如くクールに、エッグベーカーでできた卵焼きのように熱く。
民芸の心は深くここ松江市に根付き、今なお全国で愛され続けている。

湯町窯