Vol.535

MONO

02 APR 2024

作るだけではもったいない。ホームデコレも可能にするお菓子の型の世界事

毎日さまざまな食事を摂る生活。その中でも、お菓子は特別な存在だ。おやつとしての役割はもちろん、贈り物やイベントの演出にも欠かせないもの。近年、自宅でお菓子作りをする人が増え、一般家庭における製菓レベルは1ランク上のステージに上がっている。自宅でお菓子を作って、食べて、人に贈る。そんな時に必ずと言って使うものがある。それはお菓子の型だ。型に生地を流し込み、焼き上げる過程を経て、自分の好みや想いが形になる。思わずコレクションしたくなるようなお菓子の型の世界について話したい。

古代エジプト時代から存在した型たち

アルミ、鉄、ブリキ、陶器、銅…素材や色の違いで様々な風合いを醸し出す
お菓子の型は、お菓子作りの歴史とともに古くから存在する。古代エジプトや古代ローマ時代には、粘土や木材で作られた型が使用されていた。当時の型は、動植物や神話的なモチーフなど、様々な形状があったという。

スペキュロス型(クッキー型)は季節感のある模様が多い。こちらはイースター用の型だ
中世ヨーロッパでは、型は銅や鉄で作られ、宗教行事や祝祭の時に用いられた。17世紀になると、型作りの技術が進歩し、繊細で複雑なデザインのものが生み出されるようになる。

これらの型は上流階級の家庭で贅沢なお菓子作りに使用され、一般市民にも徐々に普及していくこととなる。19世紀には工業化が進み、大量生産が可能となったことで、製菓業者だけでなく、一般家庭でも手軽に型を使ったお菓子作りが楽しめるようになった。

現代では、様々な素材やデザインの型が出回っており、シリコン製やプラスチック製のものも一般的だ。また、キャラクターや季節に合わせた型も多く、お菓子作りをより楽しく彩る立役者となっている。伝統的な型から、シンプルでモダンな型まで、さまざまな形状があり、その一つ一つには個性と魅力、そしてそれぞれのお菓子の歴史が詰まっている。

3Dプリンターで作られたプラスチック製のクッキー型

製菓型の進化

お菓子の型と聞いて思い浮かべるのはクッキー型やケーキ型だろうか。さきほどの木製クッキー型は、日本の一般家庭ではほぼ使われることはないが、ヨーロッパでは、木製の型は伝統的な感覚や手作りの温かみを持ち、地域によっては重宝される。木製のクッキー型は一部の地域や伝統的なお菓子作りの場面で特に見られるが、他の素材の型も同様に使われる。

このように用途や使い勝手によって、製菓型は様々な素材で作られている。耐久性、耐熱性、熱伝導性、手入れのしやすさやお菓子の取り外しやすさ。作業性や効率を考慮しながら時代とともに進化し、お菓子作りの文化と共に歩んできた。

ゴールドとシルバーで重厚感漂う

部屋に飾る甘いアート

型についての歴史や変遷について書いてきたが、製菓型をインテリアの一部として活用したことはあるだろうか。製菓型は、もはや私にとっては料理の道具以上の存在なのである。様々な素材や色合いで作られた型たちは、時には空間にレトロさや無骨さを加えたりすることができる。

例えば上記でも登場した木製のクッキー型は、壁面インテリアにぴったりだ。うさぎが掘られた暖かみのある木彫りの型は、イースターの時期に飾れば春の季節感が部屋に漂う。

籐の家具の上で日向に当たって、今にも動き出しそうだ
アルミで作られたゼリー型は、小物入れとしてかっぱ橋道具街で購入したもの。本来の用途であるゼリー型として使ったことはないが、もちろんゼリーを作ることもできる。

アルミ製のゼリー型

裏返すとヒトデの肉厚感に思わず触りたくなってしまう
ブリキや鉄で作られたマドレーヌ型は、シリコン加工が施されているため生地の型離れが非常に良く、丈夫で滑らかな手触り。この型で何度マドレーヌを焼いたことだろう。

マドレーヌが貝殻の形である理由は、国王に仕えていたマドレーヌ・ポルミエという人物が、ありあわせの材料と厨房にあったホタテの貝殻を使って、祖母から教わったビスキュイのような菓子を作ったことが由来とされている。

ぽこぽこと丸みのある貝殻の形

アートとしてテーブルに
こちらのクグロフ型は、陶器でできている。

キャメルとホワイトのツートンカラー

この型で焼いたクグロフ。ドライフルーツを入れたり粉糖をたっぷりかけて食べると美味しい
クグロフはアルザス地方発祥のお菓子・パンで、材料や風味は様々で各地で広く愛されているものだ。クグロフ型はマドレーヌ型と同じく様々な材質で作られた物があるが、特に推したいのが陶器の型なのである。

タルト型やパイ皿、パウンド型なども陶器の物があるが、陶器の型の良いところは、焼いてそのままテーブルに出せるところだ。型それ自体がテーブルウェアとなり、食卓を彩ってくれる。

テーブルに型をちょこんと乗せるとアクセントに

陶器の型がもつ魅力

陶器の型についてもう少し掘り下げたい。

たとえば魔女の宅急便で登場するニシンのパイ。陶器の型で焼かれたものを、熱々のままカゴに入れてキキが届けに行く。陶器の型は「焼き立てをそのまま、みんなで食べる」ことを想定して作られた物が多い。

上記のクグロフ型についても、ヨーロッパでは焼き上がったら粉糖をたっぷりかけて、クリスマスのテーブルに並べるのだ。テーブルを賑やかにすることを目的に作られた型であるから、様々な色合いのものがある。

私の家にあるのはシンプルな白とキャメルでできた型だ。クグロフを作ることはもちろん、型として使わない時はフルーツや野菜を入れて置いておくこともある。

クグロフにプチトマトを入れてみる

何も入れずに逆さまにして置いておくのも可愛い
知り合いのパティシエは、使わなくなったクグロフ型にミントを植えて鉢として使っていた。このように陶器の型は様々なシーンで使われ、多彩な道具として息づいている。

クグロフ型に限らず、ココット型やグラタン皿など、陶器でできたお菓子や料理の型などは単に料理の道具として留まらない。

その空間に、美味しさと遊び心を

日常生活において食べ物とインテリアは、家の中に温かみと個性をもたらす。お菓子の型を飾ることで、ただの調理器具以上の存在となり、1つのアートピースとなり得る。

インテリアが好きな人には「お菓子を作ってみよう」と思わせるような存在。またその逆も然りで、一見関係のなさそうな「お菓子を作ること」と「インテリアを飾ること」の2つの行動を結んでくれる。

クグロフは発酵菓子。陶器の型で焼きあがる姿を想像しながら生地に触れる
お菓子の形1つにしても、その形が持つ意味や歴史を調べてみると非常に面白いのだ。古き良き時代を思わせるレトロな型は、ヴィンテージ感に溢れ、ヨーロッパの歴史を想起させる。

ヨーロッパのお菓子だけではない。たいやきが、なぜ鯛の形をしているか説明できる日本人はどれだけいるだろうか。

家に製菓型がある人は飾ってみてほしい
作るために買った型を、作る時だけ出すのではもったいない。お菓子作りの楽しさ、美味しさを愛でるだけでなく、空間に遊び心と魅力を注ぎ込む素敵なプロダクトなのだ。