欧州を旅している時、フランスで立ち寄った街のカフェで使われているグラスがふと目に留まる。どうやらそれは日本でも見かけたことがあるものだったが、訪れたどこのカフェやレストランでも必ず見かけ、いずれのグラスもかなりの年季もの。
勇気を出してスタッフに辿々しいフランス語で尋ねる。「Qu`est-ce que c`est?(これは何ですか?)」
わざわざテーブルに並べてくれたそのグラスは、確かに日本でも頻繁に見かけたものだった。底の刻印を見てみると「DURALEX」とある。写真を撮らせてもらい、スタッフに「merci beaucoup(どうもありがとう)」と礼を伝え店を後にした。
滞在先のホテルで部屋をシェアしているフランス人の学生に、画像の刻印を見せてみると、カフェにあったものはDURALEX(デュラレックス)というフランスの定番グラス「PICARDIE(ピカルディー)」だということがわかった。彼の実家でも友人の家でも、当たり前のようにPICARDIEが何客もあるという。
食文化にこだわりのあるフランス人であれば、当然のことながら日常で使う食器にも相当のこだわりやポリシーがあるに違いない。そんなフランス人に支持され、レストランやカフェなどの飲食店、そして一般家庭と、ありとあらゆる場所で使われている理由を知りたく、街の日用雑貨店でグラスを購入してみた。
世界初、強化ガラス製のグラス
DURALEXは当時サンゴバン社という国営企業であり、1939年に世界で初めて強化ガラス製のグラスの製造を開始したという。その歴史は80年にも及ぶというから驚きだ。使い勝手のよさと飽きのこないデザインから多くの人々に愛され、1946年にはDURALEXのブランドが設立された。1960年代に入ると輸出も始まり、現在もなお世界中のカフェやレストランで愛用されている。
ここで余談だが「強化ガラス」と「耐熱ガラス」の違いを説明しておこう。強化ガラスは衝撃に強いほか急激な温度変化に強く、なんと電子レンジでの使用が可能。しかし直火やオーブンでの使用はできない。いっぽうで耐熱ガラスはその名の通りに熱衝撃に耐えることを目的に作られている。それは熱によるガラスの膨張の度合が、通常のガラスや強化ガラスよりも非常に小さく、オーブンでも使用できる。
タフなマテリアル
製品化には徹底された品質管理と、130℃の温度差への耐性検査、規定の高さから鉄板に落下させるなどいくつものテストを行い、それをクリアしたものだけが世の中に流通しているという非常に高いクオリティコントロールがおこなわれている。
おそらく支持されている最大の理由は「タフである」ことなのだろう。タフ、つまり堅牢だということは、「割れない(割れにくい)」ということ。特に一般家庭とは比較にならないほど過酷な環境で扱われている飲食店の現場では、この堅牢さが採用されている理由であることは想像に難くない。店舗の運営コスト、備品代云々…そういう観点ではなく、そもそもモノを頻繁に買い直すということを好まない、つまりは長く大切に使い続けるフランス人にとっては、まさしくミニマルな発想に基づくチョイスだと言える。
合理的なフォルム
カフェやレストランのカウンターに何客もスタッキングされているグラスを見かけた。スタッフが積まれたグラスを手に取り、オーダーされたワインやオレンジジュース、チェイサーの水が次々と注がれていく。テーブルから下げられたグラスはあっという間に食洗機で洗われて再びカウンターにスタッキングされていく。使用頻度の高いアイテムだからこそ、効率的かつ合理的に収納保管される必要がある。食器棚に仰々しく陳列する必要はなく、何客もスタッキングできるという省スペース的な発想もミニマルといえよう。
汎用性のあるデザイン
側面が削られたような形は、手にすると指の当たり具合がよく、適度な重厚感がなんともいえない心地よさを感じさせる。DURALEXのグラスはいかなる飲み物にもマッチする。水、白湯、お茶、ワイン、ビール、ソフトドリンクetc…複数種のグラスを揃える必要がなく、これもまたフランス人の「多くのモノを所有せずに日常を楽しむ」というミニマルな精神の一端なのだろう。
宿を共にする件の学生も、実家では祖母の代から受け継いでいるグラスがあると言う。世界中で80年以上も愛される普遍的なグラス。支持される理由は、その品質や機能から見出されたミニマルな特性によるものだろう。そしてそれを古くから実践してきたフランス人のライフスタイルを目の当たりにし、改めて彼らのミニマルな生き方に強く興味を抱いた。
2012年にはグッドデザイン賞を受賞しているが、価格も手頃なことから、飲食店だけではなく一般家庭でも普段使いのグラスとして愛用されているようだ。このグラスを使うことでミニマルな暮らしをためしてみてはいかがだろうか。
今回紹介したアイテム
DURALEX「PICARDIE」
CLEAR 160ml GLASS
オープン価格
CURATION BY
ORIGINALTEXT所属。年間読書300冊。いつまでたっても山に登らないので「エア・アルピニスト」と呼ばれています。