本やWEB記事の文章、新聞の見出し、雑誌のタイトル、映画の字幕、ポスターのキャッチコピー、プロダクトのロゴなど毎日さまざまな種類のフォントを目にする毎日。しかしそのフォントを意識したことはあるだろうか。フォントが違っていても、書かれている言葉は同じであり、情報を知ることができるため、あまりフォントを意識することはなく生活している方も多いだろう。しかし、意識して周りをよく見てみると、異なるフォントがたくさんあるのに気づく。そんなフォントを楽しく遊びながら学べる「フォントかるた」を紹介したい。
フォントかるたが誕生するまで
「フォントかるた」とは異なる書体で同じ文面が印刷された「取り札」と、書体の名称・解説・その書体を使った見本文が印刷された「読み札」を使って、かるた取りをするゲームだ。読み上げられたフォント名と解説をヒントに、そのフォントの札を取るというかるたゲームという単純明快なルールではあるが、実際遊んでみるとかなり奥深く、難しい。しかし取り札に書かれているフォントの差異が面白く、どんどんとのめり込んでいってしまう。現在フォントかるたは和文と欧文の2種類展開され、48種類のフォントで作られたカードがそれぞれ入っている。和文版の取り札に書かれた文言はどのカードにも「愛のあるユニークで豊かな書体。」、欧文版には「RQKM&EJ3G」と書かれているが、すべての札が異なるフォントで書かれている。
フォントかるたを制作したグラフィックデザイナー4人のユニットである「フォントかるた制作チーム」の書体選定・解説担当の伊達千代氏にお話を伺った。
「フォントかるたは、以前から親交のあったデザイナー仲間で新年会を開いた際、フォントかるたチームのせきねめぐみ氏が『フォントかるた』の構想をひらめき、余興として自宅のプリンターで作って持ってきたのが始まりです。『お正月といえばかるた。フォント名や書体デザインの違いは一般の人にはあまり知られていない世界だけど、デザイナー仲間ならわかるし楽しめるのでは?』と思ったそうです。その様子を私がTwitterに投稿したところ、『難易度が高すぎる…』『難しすぎて無理』と話題になった一方、『これは面白い』『やってみたい』という声も多くいただいたため製品化することにしました。
発案者でありロゴや製品のデザインをしたせきねめぐみ(常に道を切り拓く勇者、1号)、書体セレクトの監修や解説文は私・伊達千代(サポートや裏付けなどの力を与える戦士、2号)、Webサイトの制作と販売先の確保は星わにこ(世に広める活動をする旅芸人、3号)、製品の設計や印刷管理は横田良子(全体の方向性や設計を考え導く賢者、4号)という分担で4人の『フォントかるた制作チーム』を立ち上げ、2月には和文48書体を収録した『フォントかるた』の製品ができ上がりました。n号というのはRPGゲームのパーティようなイメージを持っています」
同じチーム内でも担当や専門が分かれており、それぞれ役割が違う4人が集まって制作されるフォントかるた。また、「48書体では物足りない」という声に応えて、2017年には全て明朝体だけで作られた『白』と『黒』のカードパック、2018年にはゴシック体のみの『風』『雷』、2019年にはデザイン書体のみの『Sweet』『Bitter』、2022年には最新の書体を集めた『今様文字2020』『今様文字2021』と、それぞれ12書体ずつ追加できる拡張パックを発売している。
その後、ラテン文字アルファベットのフォントの『フォントかるた 欧文版』を2022年10月にリリースし、さらに追加してさまざまなフォントの手札で遊べるようにアップデートされている。
最初は難しいと思うかもしれないが、フォントかるたの取り札を見比べてみると、それぞれのフォントの形や表情が異なり、同じ文章・文字でも異なる印象が感じられ、カードが色づき、まるで異なる意味を発しているような、そんな面白さがある。また、読み札に書いてある各フォントの解説文を読み上げてもらうことで、フォントを知らなくても札を取るためのヒントや知識が得られる。このフォントかるたは、初心者の方々がフォントを覚えたり、楽しむためのきっかけになるだろう。
「これまでの文字の歴史とともに作られてきたフォント、そしてこれからも次々と生み出されるフォントたちの無限に広がる世界の一端を知り、一緒にその世界を楽しんでほしい、自分なりのフォントの見分け方や推しフォントを見つけてほしい」と伊達氏は話している。
フォントかるたとして選ばれたフォント
これまでシリーズ累計で掲載したのは198書体というが、どのようなフォントが選ばれているのだろうか。伊達氏によると、さまざまな基準があるという。
まずは「書体の系統をバランスよく網羅すること」、「見分けやすい特徴があること」。和文ではゴシック体や明朝体、欧文ではセリフやサンセリフといった書体の分類を指す。またその中でも時代による違いなどを加味し、バランスよく選定しているという。実際に48種類を広げてみるとわかりやすいのだが、書体が細かったり太かったり、丸みを帯びていたり角ばっていたりと、さまざまな種類のフォントが使われていることが確認できる。
また、「古くからあり、よく知られている書体であること」も基準の一つ。これは特に欧文版での話で、長い歴史の中で各時代を表す名書体や当時の人気のフォントといったものを指している。例えば欧文版には18世紀のイギリスで生まれた「Monotype Baskerville(モノタイプ・バスカヴィル)」という腰高なデザインで明るい印象のセリフ書体が使われていたり、1785年に創刊され世界最古の日刊新聞であるThe Timesにも使われている「Times New Roman(タイムズ・ニュー・ローマン)」といった歴史あるフォントが選ばれている。
「名前は知らなくてもよく見かけているはずの書体であること」も選定基準とされ、看板や有名ブランドのロゴ、映画などの作品、UI(=ユーザーインターフェース/Webサイトやアプリなどといったサービスや商品とユーザーの接点)に使われているフォントなども選ばれている。
和文版にはWindowsやOffice製品の標準的なフォントとして知られる「MSゴシック(エムエスゴシック)」や、ジェームズ・キャメロン監督の永遠の名作「映画・タイタニック」のタイトルにも使われた「Trajan 3(トレイジャン・スリー)」などが入っている。読み札には書体の歴史やフォントの解説もわかりやすく書かれているため、遊びながらフォントを学べるのも楽しい。
さらに、さまざまなフォントを網羅しているグラフィックデザイナーでもある伊達氏の推しフォントや、初心者からフォントマニアまでが一緒に楽しく遊んでもらうために、「詳しく特徴を捉えないと取れない高難度のものから、一瞬で見分けられるものまで段階的になっているフォント」も選ばれる基準となっている。
これら基準を元に選ばれたフォントのなかから、実際に生き残った48個のフォントに共通する点や、候補外になったフォントがなぜ外れてしまったのかのエピソードも伺った。
「膨大なフォントから48書体を選ぶのはとても難しい作業でしたが、和文欧文ともに生き残ったフォントに共通しているのは、知っておいていただくと『ちょっと楽しい』と思えることです。例えば『マティス』は正統派の明朝体フォントですが、太いウェイトで『エヴァンゲリオン』シリーズに使われたことを知っていると、極太でレトロな重厚感があり、表現にも強いインパクトが生まれることを実感できます。あるいは『竹』というフォントはすべてが直線で構成されていて、『こんな文字の作り方もアリなんだ』と思えます。欧文の『Optima』は、高級で洒落た印象があってGUCCIやGODIVAのロゴにも使われていますが、フィレンツェの古いお墓に刻まれた文字にインスパイアされていた?なんてことを知るとGODIVAのロゴを見ても楽しくなるのではないでしょうか。
候補外になったフォントにも、それぞれ楽しさはありますが、少しマニアック過ぎたり伝わりづらいものであったり、あるいは別の書体と区別しづらいものや、似たエピソードがあるといった理由で外れたものもあります。またライセンスの関係で使用が難しいものも外しました。例えば『Chicago』というフォントは、iPodで使われていて、我々のような古くからのAppleユーザーにはとてもなじみ深いフォントですが、現在ではApple製品に付属しておらずの『Krangthep』というタイ語のフォントの一部としてしか使うことができません。これを『Chicago』として使用することはライセンス的にグレーなので外しました」と話している。
札とパッケージデザインへの想い
フォントかるたはフォントの選定のみならず、欧文版、和文版それぞれのパッケージデザイン、かるた自体のデザインにも力を注いでいる。
パッケージデザイン・札のデザインは和文版がせきねめぐみ氏、欧文版が横田良子氏と担当が分かれている。せきね氏は明るく可愛いデザインが得意ジャンルで、横田氏はシックで大人っぽいデザインが得意なデザイナーだと伊達氏は話しており、また和文版はどなたにも親しみやすく、楽しそうな明るいデザインを目指して作られたそう。
「『かるた』そのものは日本人になじみ深いものなので、札にも緑の枠がついていることで『かるた』であることがわかりやすく、遊び方も直感的に理解していただけのではないでしょうか。一方欧文版には、世界中の方に遊んでいただきたいという我々の願いが込められています。取り札には金のメタリックインキを用いシンプルなデザインにすることで、フォントの美しさを最大限に見せることができ、大切に作られ使われ続けてきた文字の歴史や特別感を表現しています。また海外への発送が可能なように、欧文版の方がより丈夫な設計の箱になっています」と伊達氏は答えてくれた。
フォントを知るということ
日常生活で目にするフォントや使用されているフォントは限られており、普通に生活しているとなかなか知ることができないフォントは多量に存在する。日常を送っていると、書籍や雑誌などで使われている明朝体のフォントや、ポスターやWEBで使用されているゴシック体のフォントなど目にしてきたが、複数回フォントかるたで遊んでいると、初回のときよりもフォントの差異がわかるようになってくる。フォントをよく見てみると、フォーマルで硬い雰囲気のものから、優美な雰囲気のデザインのものまで、伝えたいイメージに合わせてさまざまなフォントの種類が存在していることがわかってくる。
伊達氏は日常生活におけるフォントの役割についてこう話している。
「文字の内容を伝えるだけがフォントの使命ならば、各言語に1種類だけあれば十分です。しかしUI/UX(=ユーザーインターフェース/Webサイトやアプリなどといったサービスや商品とユーザーの接点、ユーザーエクスペリエンス/サービスや商品を通してユーザーが得た体験)といった言葉も一般的になってきて、人が「心地よく」日々を過ごすためにさまざまなデザインが求められる時代になっていることを実感します。
そんな中でフォントも情報の発信側が一方的に押し付けるものではなく、受け手のひとりひとりが美しさや心地よさを味わうための存在になってきているのではないでしょうか。身近な例ではスマートフォンやアプリのUIフォントやWebサイトの表示フォントをユーザーが変更できたり、よりオリジナリティあふれるSNSの投稿や動画制作のためにフォントを購入するデザインを生業としていない一般ユーザーの方も増えています。自分で情報を発信するブログや同人誌などでも、より自分らしさを表現できるフォントをそれぞれが探しています。知っているフォントの数が増えれば、その分誰もが表現力を広げることができます。また、ネットや街で見かけたフォントを『なんだろう』『なるほどね』と、見て楽しむこともできるでしょう。なぜそこにそのフォントが使われているのか?を考えることで、文字を見る楽しみも増えて世界が豊かに広がっていくと思います」と話している。
「人に何かを伝えるために欠かせないのが『文字』ですが、どんな印象で伝えたいか?を決めるのはフォントです。同じ文章でも明朝体なら真面目そうに、ゴシック体なら力強く、デザイン書体なら弾むような楽しさを伝えることができます。さらに同じ明朝体でも、『リュウミン』ならキリリと潔い印象に、『游明朝』なら柔らかく滲み入るように、『筑紫Q明朝』ならレトロで魅惑的な雰囲気になります。先述した通り今は和文だけでも3,000書体以上のフォントがあると言われていますが、ただ種類や数が多いだけではなく、そのデザインによって適材適所とも言えるハマりどころがあると思っています。我々はデザイナーという仕事柄、これまでたくさんのフォントを使い分けて仕事をしてきましたが、表現したい内容や、文章の内容にぴったりのフォントが見つかったときはとても気持ちがいいものです。
またどのフォントも、フォントデザイナーの方々が長い時間と手間をかけて1文字ずつ作られてきたものばかりです。時には文字の細部を1文字ごとに眺め、滑らかな曲線や力強い直線、細かな飾りの形をじっくり味わったり、文章にしてみてスムーズな流れや読みやすい抑揚があるか?など、さまざまな角度で味わったり見比べたりする楽しさもあります。『文字沼』『フォント沼』といった言葉がありますが、まさに底の見えない深い世界だと思います」とフォントの魅力についても語っている。
日常の世界の見方をアップデート
長い間をかけてデザイナーが一文字一文字作り上げたフォントの細部までの美しさや、フォントのバリエーションの豊かさを、遊びながら、眺めながら、大人の知的好奇心をくすぐり、学び知ることができるフォントかるた。フォントが異なっていても言葉の意味は同じであるが、フォントかるたで遊ぶ前と遊んだ後では、その言葉の持つ意味が違って見える。
フォントに対しての見え方が変わると、その言葉の存在も変わるのだ。フォントを知ることで日常の解像度を上げ、より情報をエモーショナルに、そして鮮明に受け取ることができるのではないだろうか。フォント初心者も玄人も楽しめるフォントかるたで、年始はフォントかるたで遊び、2023年の情報の捉え方や発信力を広げてみてはいかがだろうか。
フォントかるた
フォントかるた 基本パック 48書体 2,640円(税込)
フォントかるた 欧文版 3,520円(税込)
https://www.fontkaruta.com/
CURATION BY
東京生まれ。フリーライター・ディレクター。美しいと思ったものを創り、写真に撮り、文章にする。