Vol.255

MONO

27 JUL 2021

曲げたり、折ったり、伸ばしたり。自由に形作れる錫の食器「すずがみ」

おうち時間をさらに充実させるべく、自炊に興味関心が出てきた人は多いのではないだろうか。自炊といえば必要になってくのが器。茶碗、豆皿、小鉢、取り皿、プレートなど器にはさまざまな種類があるが、見慣れてくると味気なくなってくるかもしれない。そんなマンネリを打破できる器がある。折り紙のようにスーッと折ったり曲げたりでき、さらに元の状態に容易に戻すことも可能な不思議な器「すずがみ」を紹介したい。

希少な錫職人による巧緻な技

「すずがみ」はその名の通り、金属の「すず(錫)」でできており、「かみ(紙)」のように薄くて自由に曲げることのできる器である。圧延された錫の板を繰り返し金鎚で叩くことで、美しい模様を付けるだけではなく、繰り返し曲げることに耐えられる強さを備え付ける。曲げるのに強い力はいらず、ほんの少し力を加えると、なめらかに曲がる。専用棒の「ころ」や、凹凸の無い丸い棒状の物などで押し転がすと簡単に元のフラットな状態に戻る。

左から11x11cm、13x13cm、18x18cmの大きさのすずがみ
すずがみを製作している「syouryu(しょうりゅう)」は、富山県高岡市に位置するシマタニ昇龍工房の自社ブランドだ。シマタニ昇龍工房は寺院用の「おりん」(鏧子:けいす)を専門に製造している。仏教寺院で用いられる音の出る道具を梵音具(ぼんのんぐ)と言うが、おりんはその一つであり、お椀のような形をしていて棒で叩くと甲高く澄んだ音が出る。明治42年創業以来、シマタニ昇龍工房はおりん製作を専門にしているが、「鍛金職人らしく、そして生活の中で使うことのできる新しいプロダクトを作る」という想いを込めて、すずがみが誕生した。

全国で10人に満たない「おりん職人」のうち、3人がシマタニ昇龍工房に在籍し、すずがみを製作している。
ちなみに、「おりん職人」になるには相当な時間と技術を習得するそうだ。まずはじめの5-7年間は、各寸法のおりんの正しい音(リズム)を身体に、ひたすら叩き込むことを行うという。その後、7-12年間をかけて、感覚を頼りに正しいリズムを思い描きながら、正しい音に少しずつ近づける鍛金を繰り返す。正しく調音が出来る一人前の職人になるまで、早くても12年はかかるのだ。そんな錫を自在に操る職人が、手作業で一つひとつ緻密に鍛金を繰り返し、「すずがみ」が出来上がっていく。

鍛金工具を使い分け、すずがみを制作していく

美しく、独特な魅力を放つ錫

控えめながらも銀色の美しい光沢を放つ錫。涼しげな質感と、どこかあたたかみのある雰囲気を兼ね備え、硬すぎずやわらかいテクスチャーが特徴。錫は金や銀といった金属よりも柔らかいため、通常錫を食器として使うときには、アンチモン、ビスマスといった硬度の高い金属を少し追加して強度を高めて造られるのが一般的だが、折り曲げられるようにすずがみは純度100%の錫を使用している。

こんなに曲げても元に戻ってしまうから不思議である。
錫の歴史は長く、人類史において最も早くから使用され始めた金属の一つである。メソポタミアやエジプトでは紀元前3000年頃に石器時代から変化を遂げ青銅器時代がはじまったとされるが、それは錫と銅との合金である青銅が開発されたことによるもの。青銅は武器や日用品など生活に幅広く取り入れられるようになった。錫は酸化や腐食に強く、金属特有の色の変化も少ない。美しい輝きが続くため、古来より飲食器としても重宝されており、日本では先述したおりんなど仏教具や神具にも使われ、現在でも広範囲に渡って広く使われている。

吸い込まれそうになる情緒あふれる模様

金槌を打ち付けた際にできる槌目で造られる繊細な模様もすずがみの特徴。鍛⾦の技法を使い、どの模様も⼀つ⼀つ、⾦属板を⼿作業で打ち延ばして、成形細⼯をする。リズミカルに楽器を叩くように鎚起を行うため、簡単なのかもしれないと錯覚してしまうが、これも熟練の職人だからできる技。叩くことによってすずがみに強度をもたせるのと同時に、美しく模様をつけていくのである。

すずがみには3種類の模様がある。音をたてて降る氷の粒をイメージした「あられ」、陰暦五月に降る長雨のような模様の「さみだれ」、雲の少ない晴れた日に舞う雪を感じさせる「かざはな」。どれも日本の情緒あふれる風景を想起する優美なデザイン。じっと見つめているとその美しい模様に吸い込まれそうになってしまうほど。

上から時計回りに「さみだれ」「あられ」「かざはな」 の模様
ミニマルなパッケージも特徴の一つ。着物や風呂敷など日本の伝統を感じさせる一枚状の灰色の厚紙に包まれ、それを開くとつるつるした白色の和紙をまとったすずがみが入っている。開けていくたびに厚紙、薄紙、錫といった三つのテクスチャーが楽しめるのが面白い。清涼感あふれるパッケージデザインにも注目したい。

パッケージを含めても厚さは1cmもなく、本当に紙のようである。

さまざまな大きさ、楽しみ方

すずがみの大きさは11cm角、13cm角、18cm角、24cm角の4種類。

11cm角はお酒のおつまみのナッツなどをのせたり、コースター代わりにも使用できたりと小ぶりなものを乗せるのに便利な大きさだ。小さいが主役級の存在感を漂わせる。

11cm角のすずがみ
13cm角のすすがみは、菓子や冷や奴を乗せたり、おひたしなどを入れるにもちょうどいい大きさ。一つあるだけで食卓の上でぐっと華やかさが増す。ちょっとしたや小物入れとしても使える万能サイズ。

13cm角のすずがみ(左)
18cmや24cm角は四方を軽く折り込んで、一人前の料理を盛り付けるのにちょうど良い大きさ。うどんやパスタといったメインの料理をのせるのにぴったり。

18cm角のすずがみ
金属でできたすずがみに料理を乗せてみると、金属特有の無骨な印象がないのに驚く。しかし、優しすぎず、ちょうど良いバランスを保ち、料理の味や香り、盛り付けなどを一層引き立てる。和洋中を問わずどんな料理にも合わせやすく、角を曲げれば箸やフォーク、黒文字置きにもなる。料理を盛るだけで品のある割烹やレストランでいただくような一皿に様変わりし、来客用時に用いれば、インパクトのあるすずがみを通して会話がさらに弾むことだろう。

使用後は陶磁器やガラスの食器と同じようにスポンジと中性洗剤で洗うだけなので、お手入れは簡単。陶磁器やガラスと違い、落として割れないところも魅力の一つ。もちろん他の器と同様に、半永久的に使うこともできる。

食器のみならず、くるりと丸めてドライフラワーを挿して花瓶のように使ったり、お香を置いて灰の受け皿として使ったり、抗菌性もあるため石鹸置きなどにも変身できる。一つすずがみが自宅にあることで、空間を洗練された雰囲気へと昇華する。

自分だけの使い方を楽しむ

変哲もないサラダも盛るだけで美しく変化する。
手を動かすと思考が整理されたり集中力が高まるというが、ふと考え事をしながらすずがみを思いのまま曲げてみたり、自宅に友人を招く時にはその人の顔を浮かべながらその人に合う形にしてみたりと、多彩なシーンや用途に応じて使える変幻自在なすずがみ。

「今日はこの形にしたけど、明日はあんな形にしよう」とクリエイティビティも高めてくれ、一度形作ってもやり直しが効くその身軽さは、心をやわらかく、そして軽くしてくれるだろう。好みの形や用途を見つけ、自分だけの日常に合わせたすずがみを楽しんでみてはどうだろうか。

すずがみ

http://www.syouryu.com/

すずがみ11×11(cm) 2,420円(税込)
すずがみ13×13(cm) 3,025円(税込)
すずがみ18×18(cm) 6,050円(税込)