キッチンを見渡してみると、自身で選んだキッチンツールには実にさまざまな素材が使われていることに気づく。鉄やステンレス、キャストアイロン(鋳鉄)にテフロン…。さらに食器類は磁器や陶器、ガラスなど数多くのマテリアルが使用されている。その中で、銅はあまり身近に感じられない素材かもしれない。しかし熱の伝導率に優れている銅は耐腐食性も高く、昔から調理器具をはじめ多くの製品の材料として使用されてきた。熱いもの、冷たいものをそのままの温度を保ちつつサーブできる優れた素材なのだ。
温度は飲食へのこだわりと、もてなしの気持ち。
海外から日本に帰って来ると、日本の良さを再発見したり、今まで当たり前だと感じていたことに感嘆することはないだろうか。顕著なものとして挙げられるのが、サービス、そして飲食に対する文化かもしれない。
たとえば飲食店に入るとすぐに提供される、氷が入った冷たい水。水は有料、もしくは無料だけれどもあまり美味しいとは言い難い水が出てくる状況に慣れてしまうと、冷たく美味しい水が出てくるサービスに感動してしまう。
また、スープがメニューにある店では器も含めて熱々の状態で提供され、店によってはその状態が続くようにさまざまな工夫がされている。
美味しいものをそのままの状態で食して欲しい、という人をもてなす気持ちと飲食に対する深いこだわりが感じられ、美味しいものには適した温度があるのだと気づかされる。
では家で過ごすときはどうだろうか?もちろん熱いものは熱いまま、冷たいものはそのままの状態で…というのが理想だが、なかなか実行するのは難しい。テーブルに出す時には料理が冷めてしまったり、冷たい飲み物はぬるくなったり氷が溶けてしまったり。
家での時間、飲食の最適な温度を長く保ってくれるもの。それが銅を素材にしたプロダクトだ。
銅のプロダクトが、長く愛され続けてきた理由とは
銅の歴史は古く、中東では紀元前9000年にまで遡る。古代エジプト人は水と油の貯蔵容器に銅を使用していたそうで、銅の容器に貯蔵された水は味が良く、新鮮さを保ち、抗菌性に優れていることに気づいていたと言われている。
銅の調理器具は鉄の約5倍、ステンレス鋼の約20倍もの熱伝導率を持ち、そのため調理は素早く行える。温度は調理器具上で均一に広がるため、ある部分は焦げ付きそうなのに他の部分は焼けていない、などといった問題を回避することもできるのだ。
また、炎の強弱を変えることによって、銅鍋やフライパンなどの温度を瞬時に変えて、火から下ろせば調理を停止することができる。温度の調整がスムーズに行えるため、欧米では銅鍋がシェフたちに長く使用されているのは周知の事実と言えるだろう。
銅は微量作用効果があり、バクテリア、ウィルス、カビや胞子を殺すことができる素材。耐腐食性にも優れており、古くから調理器具や食器類、また水道管やウィスキー蒸留所の蒸留工程で使用される蒸留器、ポットスチルなどに利用されてきた素材なのだ。
銅マグ、銅鍋。「美味しい」温度が実感できる。
暮らしに最も取り入れやすい銅のプロダクトはマグではないだろうか。欧米では銅マグはモスコミュール・マグと呼ばれており、1941年にその歴史は始まった。
ロシアからアメリカに移住したソフィー・べレジンスキーは、彼女の父親がロシアで運営していた銅製品工場で生産された2,000個の銅製マグを販売しようと、ハリウッドにあるCock'n bull というバーを訪れた。
そこでスミノフウォッカ蒸留所を経営していたジョン・マーティンと、店の経営者でありジンジャー・ビールのブランドを持っていたジャック・モーガンに出会う。
3人はそれぞれの製品の売り上げや販売に悩まされており、それらを一緒に活かそうと考えた。各々の製品が持つ良さを感じられるカクテルを生み出そうと知恵を絞り、そして生まれたドリンクがモスコミュールだ。
ウォッカとジンジャービール、そして銅マグを使用したこのカクテルは流行となり、モスコミュールと言えば銅マグ、というのがお決まりとなったのだ。
銅マグは冷たい飲み物を冷えた状態のまま維持することができるので、ぬるくなったり、氷を注ぎ足すと味が変わってしまう冷たいドリンクには最適な容器と言えるだろう。モスコミュールだけでなく、氷を使うカクテルに向いているのはもちろん、アイスコーヒーやビールを飲むのもおすすめだ。
氷とドリンクを注ぐと銅マグ自体が瞬時に冷え、きりりと冷えた銅マグから飲むドリンクは格別な味わいで、一度経験すると手放せなくなるものとなるだろう。
料理に自信のある方には銅鍋がおすすめだが、ちょっとハードルが高く感じられる場合には、小さめサイズの銅鍋も使い道の多いプロダクト。ソースをあと掛けしたり、ディップを入れる容器のように使ったり、器の代わりにするのも面白い。テーブルコーディネートにこだわりたい人にも役立つアイテムと言えるだろう。
その他、お湯を沸かすのに欠かせない銅製のやかんもさまざまなデザイン、フォルムがあり、選ぶ楽しみがある。新品、もしくはヴィンテージ品など、多くの選択肢の中からお気に入りを見つけてみたい。
銅を素材としたプロダクトは食材やドリンクの美味しさを最大限に引き出し、キッチンや食卓を彩るアクセントになってくれるだろう。
手入れをしながら使い続ける価値があるもの
銅のプロダクトを長く美しく保つため、その手入れには注意が必要だ。変色が起こるのを避けるため飲食材を入れたままにせず、使用後は研磨剤や粗いスポンジは避け、中性洗剤とぬるま湯で丁寧に汚れを落としてしっかりと水気を切る。
頻繁に使わない場合は、保管は乾燥した場所に。緑青(ろくしょう)と呼ばれる緑色の錆びは人体に有害ではないが、気づいたときは柔らかな布に酢やレモンを染み込ませ、優しくこすって錆びを落としておこう。
他の素材に比べると手入れを怠ることができない銅のプロダクトは、価格もやや高額だが、使い慣れていくうちにその理由が納得できるに違いない。
銅は実力と美しさをともに兼ね備えた素材。赤褐色に輝く色合いの経年変化も楽しめて、キッチンや食卓で欠かせない存在になってくれるだろう。
CURATION BY
1992年渡英、2011年よりスコットランドで田舎暮らし中。小さな「好き」に囲まれた生活を求めていたら、夏が短く冬が長い、寒い国にたどり着きました。