生活のため、目標のため、やるべきことに追われる日常の中に、ふっと肩の力が抜ける瞬間がある。そのタイミングは人によって異なり、家の玄関で靴を脱ぐときや、部屋着に着替えたとき、ベッドに顔を埋めた時などではないだろうか。あるいは、特定の人に会ったり、スポットに出かけたりすることで、安らぎを感じるかもしれない。オフになるためのトリガーはいろいろあるだろうが、今回は「香」について考えてみたい。
家の匂いをかいで安らぎを感じたり、自然の中で緑の香りに包まれることでリフレッシュできたり、親しい人の香を感じたりと、思い返せば香りをきっかけに心の緊張が緩む瞬間というのが多々ある。半分無意識ではあるものの、私たちは安らぎを感じることのできるりを追いかけているのかもしれない。
しかし、新しい生活様式が叫ばれる昨今、どこかへ出かけたり人に会ったりしなくても、自宅で安息の時間を作り出す術が必要だ。この記事では、ニュータイプのおりを生活に取り入れるという選択肢を提案したい。
コットンの紐でできたお香
寺社仏閣やお墓の近くを歩くとき、線香が焚かれる香りがうっすらと感じられることがあるが、私はその瞬間、祖母の家で過ごした夏休みを思い出す。お盆には毎晩、仏壇に向かって手を合わせるのだが、幼い子どもには退屈な時間で、早く終わらないものかと思っていた。ソワソワしながら見回した仏壇には、いつも沈香(じんこう)の煙が立ち上っていた。
線香をきっかけに脈略なく子どもの頃の記憶が浮かぶ度に、香りがどれほど私の記憶を支配しているか思い知るのだ。
アロマコードに初めて火をつけた時も、線香のようにゆるりと立ち上る煙を目で追いかけながら、祖母の家を思い出した。
アロマコードを開発したのは、仏壇用の線香を製造販売する「薫寿堂」。明治26年から現在に至るまで120年以上、線香を取り扱ってきた。
仏壇のある家が減ってきたことをはじめ、線香を取り巻く環境は刻々と変化している。若い人にとって、馴染み深いものではなくなってきた。もちろん、先祖を偲び線香をあげるという風習は廃れるものではない。けれど、香を選んだり楽しんだりという文化をもっと当たり前にしたいという想いを薫寿堂は抱いていた。
そこで開発されたのが、紐の形状をしたお香。線香と同じように火をつけて焚くことも、ただのお香として使うこともできる。通常の線香は、タブという木を粉状にしたものに水と香料をまぜて作られる。アロマコードは、タブをコットンに置き換えたものだ。
一般的な線香、とりわけ廉価版の線香の場合、焚いたときにタブが燃える香りが混じり雑味のある香になってしまうという。コットンはタブに比べ匂いの雑味がないため、香料本来の香りを楽しめるという特徴がある。
質感はよくあるコットン紐となんら変わらず、言われなければおりとして使うものだとは誰も思うまい。触れると柔らかく、ほのかに香がする。
香りのバリエーションは9種類で、それぞれ鮮やかにカラーリングされている。
紐だからできる遊び方
通常の線香は長いもので14センチ、短いもので7センチ。アロマコードの場合は、一巻きで2メートルにおよぶ。そんな特性を生かし、アロマコードは様々な使い方に応用できる。
お香として焚く際は、使いたい長さにカットしてから使うか、付属のお香クリップで紐を挟むといい。線香は金属で圧迫すると消えるため、折ったり切ったりせずに火を止めることができる。香皿にアロマコード専用のお香マットを敷き、上にカットした紐を置いて着火する。
日頃から線香を焚く習慣のある人にとってはよくあることだと思うが、線香は一度火をつけたら、途中で止めるのが困難だ。折ってしまうこともできるが、実は縁起がよくないとされている。
アロマコードの場合はあらかじめ紐の長さを調節しておけば、火を消すタイミングに惑わない。時間のない朝に少しだけお香を焚きたい場合や、逆に読書のお供など長時間の使用が想像される場合などに重宝しそうだ。
贈り物を飾り付けるにも最適なアイテムだ。日頃の感謝や想いを伝えるとき、ギフトボックスに巻き付け、中身と一緒に香りも手渡してみたい。相手をイメージした香を選ぶなんて気恥ずかしいけれど、これくらいカジュアルなお香なら、一歩踏み出せる気もする。
香りは約3ヶ月持続する。プレゼントを受け取った人は、しばらくのあいだボックスごと飾って香りを楽しんでもらうのもいいだろう。3ヶ月が経って香りが薄らいできた頃に火を灯して焚くと、再び香りが蘇ってくる。ただの贈り物ではない、受け取った人の生活をちょっぴり良くする仕掛けとなってくれそうだ。
アロマコードは、香りを持ち運ぶ手段として活用できる。
適当な長さにカットしてバッグに括り付ければ、香りつきストラップの完成。紐という斬新な形状だからこそできる使い方だ。
他にも、水引きにアレンジしたり、髪を結う時に組み込んでみたりなど、アイデア次第でいくらでも遊べるのが魅力的。
香りが私たちに与える影響
リモートワークが広まり、オンライン上で楽しめるコンテンツも豊富になった現在、家で過ごす時間が珍しくなくなったという人も多いだろう。平日も休日も、朝も昼も夜も、同じ匂いの空間にいると、刺激が少ない分穏やかで良いが、あえて変化を持たせたくなるもの。
仕事に行き詰まったら、少し気分を変えたい。青いアイテムは集中を促すと聞いたことがあるので、青く染められた「Deep Ocean」を使ってみた。適当な長さでお香クリップに挟んで火を付けると、すぐに煙が立ち上り、透き通った甘さのある香りに包まれた。
ちなみに今回は、あえてライターではなく、マッチを使ってみた。着火する時にジュワッと鳴る音や、薄暗い部屋の中でメラメラと燃えて黒くなっていく様子を見ると、なんだかエネルギーが湧いてくるようだった。
朝のルーティンにも取り入れた。枕元に香皿、お香マット、ハサミ、そしてアロマコードを用意して眠る。朝起きたらまず、香をたいて嗅覚を刺激してみた。いつもしないことをしたせいか、朝時間に良い緊張感が加わったような気がする。
若い葉っぱをイメージさせる緑が美しい「Breezy Grass」は、大地の息吹を感じるフレッシュな香り。
「Deep Ocean」と「Modern Agarwood」を使ってブレスレットを作った。「Modern Agarwood」は、古くから存在する沈香に、コリアンダーを加えたもの。今回手にしたお香の中では一番ビターな雰囲気で、心をワクワクさせる匂いだと感じる。それはきっと、長期で旅をしたインドの街に漂っていた線香の香りに似ているからだと思う。その街で見たものや聴いた音まで、頭の中にふつふつと浮かんできて、あっという間に懐かしさに支配されてしまった。
アロマコードの香りに反応して過去の記憶が呼び起こされたように、今日の自分が纏っている香りが、未来の自分にとっての懐かしい香りになるのかもしれない。そう思うと、意識的に香りを生活に取り入れておくことは、未来の自分へのプレゼントであるかのようにも思える。
気分転換としてだけではなく、ポジティブな記憶の連鎖を作り出すきっかけとしても、香りを活用していきたいと感じた。
AROMA Cord
CURATION BY
1993年生まれの編集者・ライター。スパイスとインドを愛し、たまにアジアを旅する。将来はカレー屋さんになるかもしれないし、ならないかもしれない。