木彫刻のまち・井波で、職人の手仕事に触れる
町を歩けば、社寺彫刻を手がける彫刻師の工房が軒を連ね、耳を澄ませば、ノミと木槌の音が本当に聞こえてくる。通りに響くこの音は、「残したい日本の音風景100選」にも選ばれているほど、街の風景に自然と馴染んでいる。
そんな井波彫刻の歴史を語るうえで欠かせないのが、井波別院瑞泉寺である。壮大な伽藍を彩るのは、井波の彫刻師たちによる繊細な木彫刻。その起源は、瑞泉寺が火災で焼失した際、再建のために京都から派遣された彫刻師が、井波の宮大工たちに彫刻の技術を伝えたことに始まるといわれている。
現地を訪れると、その独特の存在感に圧倒される。静かな中に、たくさんの職人さんが時間をかけて手がけたであろう、息遣いのようなものを感じざるを得ない。それを背負った彫刻の力強さはひとしおだ。
ノミと木槌を手に、自分だけのぐい呑みをイメージする
この木彫り体験では、現役で活躍する彫刻師の指導を受けながら、実際に職人も使う本格的な道具を手に取り、木を少しずつ削って形を整えていく。言葉にするとシンプルだが、木を思い通りに削り、形を整えるには技術が必要だ。
ぐい呑みのベースとなるヒノキは、木でできたくさびで固定することで、両手を使って作業できるようになっている。
よく見ると、ベースとなるヒノキはもちろん、道具もどれも木でできている。昔から身近に使われてきた木という素材の汎用性と可能性の高さを感じる瞬間だ。
まずは、どんな形にしたいのか。どんな手触りや表情に仕上げたいのか。目の前にあるひとつの木から、自分だけのぐい呑みができあがる姿をイメージする。
削るのは、ぐい呑みの外側。内側はすでにきれいにくり抜かれていて、お酒やドリンクが注げるようになっている。
お手本の木彫りのぐい呑みをいくつか見せていただいた。その仕上がりの美しさを見ると、「自分にもできるのだろうか」と少し不安になるが、この道34年の職人・野中さんが優しくサポートしてくれるので安心して取り組めた。
作業する環境や道具に触れ、木の質感を確かめながら、どんな器に仕上げるのかを思い描く。その時間もまた、ものづくりの一部なのだ。実際に木を削る前から、すでに自分だけのぐい呑み作りは始まっている。
木を削る「時間」を楽しむ
ときには、ノミが深く入りすぎて、一気にたくさん削ってしまうこともある。ノミを使っている途中で、削れた木がパキッと割れてしまうことも。一打一打、どこに刃を入れるかを考えながら進めるため、思っていた以上に集中力が必要だ。
思ったように削れないこともあれば、木の硬さや繊維の向きによって、予想とは違う表情が現れることもある。そうした一つひとつの発見も、自分の手で作るからこそ得られるものだ。
職人と同じ技術をすぐに身につけられるわけではない。だからこそ、完成度だけを追い求めるのではなく、木の硬さや削る感触を確かめながら、自分の手で形を作っていく。その過程そのものにも、この体験の面白さがある。
自分で作った器が、1杯のお酒を少し特別にする
同じ日本酒を、一般的なガラスのグラスとヒノキで作った木彫りのぐい呑みに注いで飲み比べてみる。
自分で作った木のぐい呑みが、実際に酒を注ぐ「器」として機能する。その瞬間、先ほどまでノミを使って彫っていた木の塊が、暮らしの中で使う道具へと変わったことを実感する。
また、お酒を試飲した後は、お店の方がぐい呑みを水でゆすいで、紙で拭いてくれた。その際に、洗うときは洗剤を使わず水ですすぐこと、軽く拭いて保管すると長持ちすることなども教えてくれた。そのような木への一つひとつの知識を地元の方から得られるのも、彫刻のまちならではだ。
例えば、いつもなら何気なく済ませていた晩酌。冷蔵庫からお酒を取り出すとき、「今日は井波で作ったぐい呑みを使おう」と手に取ってみる。
木に触れることで育つ、旅の記憶
木のぐい呑みに触れると、削った跡や木の手触りが指先に伝わる。その感触から、井波でノミを握り、木を少しずつ削っていった時間がよみがえる。旅先で自分の手で作った器だからこそ、日常の中でも旅の記憶を身近に感じられるのだ。
木を彫るという「引き算」の作業から、ぐい呑みと木の端という2つのものが生まれた。形を作るために削った木も、別の形で暮らしに役立てられる。そこにも木彫りというものづくりの興味深さが感じられた。
旅先で木に触れ、自分の手で器を作る。その時間も、持ち帰った器も、そこから生まれたものも、旅を終えたあとまで暮らしの中に残っていく。そんな体験を、井波への旅とともに持ち帰ってみてはいかがだろうか。
井波の木のぐい呑みづくり体験
時代を超えて愛される住まい。マンションブランド「ZOOM」の秘密に迫る|ZOOM LIFE