Vol.65

KOTO

18 SEP 2019

「音楽に酔いしれる感覚」を刺激するミニマルミュージックとは

「ミニマルミュージック」と聞くとどこか難解な音楽ジャンルの印象を受けるのではないか。しかし、実は聞き手を魅了する音楽として多くのジャンルに取り入れられている。最小限の音の動きの中で繰り返しが起き、その曲調が洗練された音楽は聞き手をじっくり心地の良い世界へと連れていき、「音楽に酔いしれる感覚」を刺激する。
今回はサウンドプロデューサー/DJとして活躍されているTaichiKanekoさんにご協力頂き、様々なジャンルの中にも存在感を示すミニマルミュージックの魅力についてお聞きした。新しいジャンルや音楽が次々と誕生する現代だからこそ、古くから伝達される音楽の中で時代を超え、愛されるようになったミニマルミュージックがどう私たちの音楽ライフに関わっているのか、どんな魅力を持っているのかを追求していく。

実はミニマルミュージックはあなたの生活の側に存在した

そもそもミニマルミュージックとは何なのか。一言で言えば「繰り返し」の音楽である。余分なアレンジを削ぎ落とし、必要最小限の音の繰り返しにより構成された音楽であり、聞けば聞くほど、心地良さを感じさせる音楽となっている。
そんなミニマルミュージックの元祖であるといえる曲がある。Taichiさんに紹介して頂いたエリック・サティの「ジムノペティ」である。実はこの曲、多くの人が聞いたことがあるのではないか。そんな親しみある音楽がミニマルミュージックだと初めて知る人は多いだろう。

3つの音を一定のリズムで繰り返すことで、ベース音のような旋律を奏でる曲。複雑な構成こそ音楽の美とされたクラシック界に発信されたこの曲は、最初は世に受け入れられず、エリック・サティは異端児の音楽家とされた。しかし、何度も聞いていると癖になり、微妙に変化する繰り返しにどこか心地良さを感じられると、多くの人の支持を集めた。そうして、クラシック界のミニマルミュージックとして存在感を示し、エリック・サティは異端児からクラシック界の革命児として認められた。

のちにミニマルミュージックの代名詞として名を馳せるフィリップ・グラス、スティーブ・ライヒ、テリー・ライヒなども大きな影響を受けた。彼ら3名により、ミニマルミュージックは更に世間に広まりをみせ、クラブやバーなど人々の交流の場に多くの影響を与えることとなった。そこにはミニマルミュージックの音の繰り返しが与える「心地良さ」が大きいのかもしれない。その感覚が人々をオープンな気持ちにさせ、交流の場で人々を繋いでいく大きな役割を果たしていたのだろう。

ミニマルミュージックは必然的に誕生した音楽であった

音楽の多くが、「足す」ことで構成されている。元となる曲にアレンジを足して曲の良さを引き出
す曲がある一方で、ミニマルミュージックは違う。「引き算」の考え方で構成されている。余分なア
レンジを削ぎ落とし、シンプルな繰り返しにより音楽の良さを引き出している。
ではなぜこの引き算の考え方が生まれたのか。それは音楽を作る時代背景が大きく関わっている。その答えはTaichiさんがテクノ業界のミニマルミュージックを語る上で外せないと紹介頂いたマニュエル・ゲッチングという音楽家にあった。マニュエル・ゲッチングはシンセサイザーという音楽機器を使用し、ミニマルミュージックを生み出した。シンセサイザーとは一つの機器でいろんな音を出すことができる電子楽器。しかし、その電子楽器一つでバンド一組分の音楽を製作するため、数分間の曲を作るには非常に労力がかかった。そこで思いついたのが「音の繰り返し」である。

代表曲「E2-E4」は最初は世に認められなかったが、その「限られた音」に対してこだわり抜くからこそ、多くの支持を集めるものとなった。そうして、今ではミニマルテクノミュージックの代表曲として呼ばれるようになった。

マニュエル・ゲッチング以外にもフィリップ・グラスが作曲したミニマルミュージックも時代の影響を受けている。彼の時代で流行ったのはテープレコーダーである。彼はこのテープレコーダーの右と左に同じ音楽を繰り返し流し、微妙なずれを演出する音楽を作曲し、多くの人を魅了した。
Taichiさんが手がけている多くの楽曲ジャンルの一つであるHIPHOPも実は時代の影響を受け、ミニマルの要素を含んだ音楽となっている。1970年代、ヒッピーカルチャーが流行した時代において、多くの人はラップに合う音楽を求めた。そこで、音楽機器として世に出ていたターンテーブル(上部写真参照)が使用された。

本来左右2つにそれぞれ違う音楽レコードを設置し、繋いでいくためのものであるが、あえて左右2つに同じレコードを設置し、歌詞のない部分をくり返すことで曲を作った。それにラップをのせたのがHIPHOPとなった。HIPHOPは他のジャンルとは少し違う形ではあるが、ミニマルミュージックと共通する部分を持った音楽となった。

このように、時代時代において存在した限られた音楽機器を使って、如何に人々の鼓動を刺激する音楽にするかをこだわり抜いた結果、必然的に誕生した音楽がミニマルミュージックなのである。

多くの音楽家の競争の中で成長したミニマルミュージックとは

シンプルでありながらも飽きさせない曲調が重要であるミニマルミュージック。だからこそ、音楽家のセンスが大きく問われる。ミニマルミュージックを作り出す貴重な音の素材として多くの音楽家を魅了した曲がある。ファンクというジャンルを作り出した人物としても有名なジェームス・ブラウンの「ファンキードラマー」である。

この曲の中でドラムだけの音の部分があり、そこが切り取られ、繰り返されることでミニマルミュージックとなった曲がいくつもある。このドラムの部分は曲の途中に現れる数秒という非常に短い曲の部分だ。そこを見つけ出し、ミニマルミュージックとしてリメイクした音楽が多くあるというのだから、それだけ、たくさんの音楽家がより心地の良いミニマルミュージックを作る素材を探すために、日々奮闘していたことが伺える。この元の楽曲を制作したジェームス・ブラウンが自らのバンドに対して言った名言があるという。「アレンジはいらない、機械のように演奏しろ」という言葉だ。如何に一定な曲調を作り出すか、シンプルなのに「飽きのこない」曲を作ることに拘り抜く熱意が伝わってくる。

同じ音の繰り返しのために、音楽家1人1人のセンスが顕になるミュージックだからこそ、「誰よりも魅力のある音楽を作る」という音楽家の熱意を駆り立て、競争を起こし、時代を超えて成長してきたと言えるのだろう。

実はミニマルミュージックは人間にとって一番心地の良い音楽だった

繰り返しとシンプルさ、そう定義されるミニマルミュージックがなぜここまで多くの人を魅了する音楽となったのか。Taichiさん曰く「母体の心臓の動きの音」に由来しているのではないかという。生命が誕生する母体、人間は皆そこで世に誕生するための準備をする。その空間で常に聞いている音が母の心臓の動きだ。一定のリズムで単純な音の動きの繰り返し。まさしく、その音こそミニマルミュージックの元祖なのかもしれない。

単純なリズムが赤ちゃんに「心地良さ」を与えるのである。つまり、ミニマルミュージックは人間が本能的に持つ音楽感覚を刺激する音楽ジャンルといえる。

時代を超えて愛されてきた普遍的な音楽

余分な要素を取り除き、シンプルな要素で構成された音楽。それをミニマルミュージックという音楽の一つであると認知する人は多くない。しかし、実は多くのジャンルにも取り入れられ人々の身近な音楽として存在している。同じ曲調を繰り返すため、単純なように思えるが実はその限られた曲調で飽きのこない音楽を作るために、音楽家の音に対しての熱意がこめられ、試行錯誤の繰り返しにより生まれたのだった。

そこには時代時代に存在した音楽機器が大きな影響を与えている。その機器を使い、如何に人々を魅了する音楽を作るかを求めた結果、生まれたものであることを知ってもらえただろうか。近年、広がりを見せるEDMやJ-POPなどは曲調のアップダウンが激しく、一気にテンションを最高潮に持っていく音楽ジャンルであるとするならば、ミニマルミュージックは時間をかけてじっくりと人々を深く心地良い気分へ誘う。それは他の音楽とは異なり、ゆっくりと曲調の良さを感じさせ、「音楽に酔いしれる」という新しい味わい方を教えてくれるのだろう。

最小限の音の要素に絞り込まれたからこそ、一音一音にこだわりが感じられ、1970年代に誕生した日から今まで様々な音楽家によって受け継げられてきた。そして、今もこうして知らず知らずの内に、多くの人が聞き入ってしまう音楽としての立ち位置を確立している。それはこれからも変わらないだろう。家や街、レストランやバー、少し意識して身の回りの音楽に聞き入ってみて欲しい。