Vol.62

KOTO

05 SEP 2019

普遍的な「ノームコア」。そのミニマルスタイルの真髄とは

ここ数年、働き方の見直しや、ライフスタイルに寄り添うショップや飲食店の台頭など、衣食住さまざまな面において人々の価値観は変化している。それに伴い、暮らしの本質を改めて見極めようとする人も増えてきた。
そんな中で改めて注目したいのが、数年前に話題となった「ノームコア」という言葉だ。あまりファッションに詳しくない方でも、かのスティーブ・ジョブズが実践していた究極のミニマルスタイルとして、聞いたことがある方も多いだろう。このファッションワードは、数年前こそ「質のいいシンプルな装い」として消費されてしまったが、実はファッションの本質的な選び方を考えさせてくれる哲学的な概念である。

ノームコアの真髄とは何か? 男女問わず幅広いジャンルでスタイリストとして活躍する、松田有記さんにお話を伺った。

ノームコア=シンプルではない。 自分だけのスタイルを探求する服選びの美学

洋服選びの視点は色々ある。体型に合うか、着心地がいいか、色が好きか、シルエットが美しいか、細部のデザインが好きか、組み合わせやすいか、手入れしやすいか、トレンドを追えているか、定番か、個性的か、ブランドが好きか、TPOに合うか、購入できる価格帯か…。そんな洋服が持つあらゆる要素の中から、どのポイントに着目して選ぶかは人それぞれだ。

松田さんは、「男性と女性でも選び方の視点が違うと思います。ファッションが好きな男性は、ブランドのバックボーンやうんちくを掘り下げて、その服に付加価値があることを求める傾向があります。一方で女性は男性ほど背景にこだわらず、服の見た目や雰囲気を重視する傾向がある」と、男女間でも服の選び方に違いがあると語る。

確かに洋服を選んで買うことは楽しい。しかし、選ぶ視点に秩序が無さすぎるのは考えものだ。クローゼットがパンパンになる上に、コーデを考える手間もかかる。そんな煩わしさから解放してくれるのが、ノームコアだ。

ノームコアを実践する人々は、一般的にトレンドに流されず、シンプルでスタンダードなどちらかと言うと地味な服を着るイメージがある。しかし「ノームコアとシンプルな服を着ることは、必ずしもイコールではない」のだとか。それではノームコアの本質とはなんだろうか?

ノームコアが示す“究極の普通”

ノームコア(Normcore)とは、標準(normal)と究極(hardcore)を掛け合わせた造語だ。日本では一般的に「究極の普通」と訳される。
松田さんは「ノームコアの例によく挙げられるのが、スティーブ・ジョブズのスタイル。彼は、イッセイミヤケのトップスにLEVI'Sのジーンズ、new balanceのスニーカーというシンプルなスタイルで有名です。ジョブズは長年同じファッションで通してきたことで、あのスタイルを自分のものにしました」とする一方で、「僕は正直、彼のファッションそのものはオシャレだと思いません。だから、ノームコアを実践するためにジョブズと同じブランドの同じ服を真似して着ても、オシャレじゃない上に本質的なノームコアではないので無意味なんです」と語る。

様々な価値観が変容する時代において、普通の基準を大衆や先駆者に置くのはナンセンスだ。ノームコアが示す普通の基準は、自分の中にある。ノームコアを実践するためには、自分にとってなにが普通かを知り、極めていく必要があるのだ。

こちらはジョブズが履いていた992の型に近いnew balance990。日本ではマイナーなモデルだが、履き心地は抜群だという。
「ジョブズもあのスタイルに辿り着くまでに、相当色々な服を試したんだろうなと思います。そうじゃなきゃ、ニューバランスの992なんていう通なモデルは選ばない。着心地、履き心地の良さで一番しっくりくるものを選び、それを“究極の普通”として定着させたんです」と松田さん。

普通の感覚は人それぞれ。だから色柄ものの服でも、ノーブランドでもハイブランドでも、どんな服もノームコアになりうる。

「服をある程度知らないと、自分にとっての究極の普通はわからない。ノームコアは、さまざまなファッションを通って来た方こそが辿り着ける場所なのかもしれません」と松田さん。ノームコアは、意外にも玄人向けのスタイルなのかもしれない。

なぜこの服なのか?アイテムを1点1点選び抜く

ノームコアは自分が気を張らず、自然体でいられることを重視する。
それでは、自分らしいノームコア・アイテムはどのように選べば良いのだろうか?

「自分にしっくりくる服かを見極めるために、試着することをお勧めします。オンラインは便利だけれど、採寸の数ミリの誤差が結構影響を及ぼすんです」

松田さんが選ぶノームコアなアイテムはTHIBAULT VAN DER STRAETEのネイビーのコットンニット。肌触りがパリッとして心地よく、毛玉ができにくいので、メンテナンスの労力も少なく済む。
「僕はニットが好きなんですけど、シルエットやサイズ感だけでなく、その素材が生み出す風合いの良さにも注目します」と、細部にもこだわりを持って選んでいる。

襟元のサイズ感は、インナーの白いTシャツが少し見える程度がベスト。
「例えばこのネイビーのコットンニットに合わせるなら、シンプルな黒のボトムスがいいかなと思います。これはMake Sense Laboratoryという日本のボトムス専門メーカーが作っているんですけど、こういうのが欲しかった! という面白い作りだったので手に入れました」
と紹介してくれたボトムスは、スタンダードな形だが、サイドにスマホ用のポケットがついた優れもの。座るときや屈むときに、スマホが体に当たりにくくしてくれる。これは着心地が良さそうだ。
「インナーに着ることが多い白Tシャツは、短いスパンで買い換えたいので、あまり高いものは買いません。僕のお気に入りはコストコの6枚セットのもの。安いのに生地の厚みやサイズ感がちょうど良くて、毎シーズン買っています(笑)」
「仕事で扱うことは少ないですが、休みの日や出張先での古着屋巡りは欠かせません」というほど古着好きの松田さん。こちらのリーバイスのヴィンテージジーンズも松田さんにとってのノームコア・アイテムだ。

ヴィンテージジーンズは、裾の風合いが魅力。だからこそ、裾上げをしなくて済むジャストサイズのものと出会えた時の感動はひとしおだという。
プチプラの服でも、古着でも、ミドルブランドやハイブランドの服でも構わない。それらをバランスよく取り入れるのもいい。快適に過ごせる上に自分に似合うアイテムを選ぶことが、ノームコアへの近道なのだ。

選び抜いたアイテムで、着こなしを楽しむ

ファッションに対する自分の姿勢を見つめ直させてくれる、ノームコア。松田さんは、「クローゼットにある、厳選されたアイテムをいかに着こなすか。そこに楽しみを見出すことも、ノームコアの醍醐味だと思います」と語る。

そこで松田さんが選んでくれたコーデは、全身ベージュカラーでまとめたコーディネート。

Outer:YAECA PARK/Tops:handvaerk /Bottoms:new balance/Shoes:new balance
「ひとつひとつはシンプルで主張が少ないアイテムですが、同系色の色で組み合わせることで、今の気分にフィットします」

また、着こなしを楽しむうえで、見落としがちなのが体型維持だと松田さんは言う。
「服が似合う体型であることは、ノームコアにおいても大切だと思います。基本的に洋服は太っている人に向けて作られていないので、スマートに快適に着こなすためにも、体型に対する意識は高く持っていた方がいいと思いますよ」

これはしっくりくる話である。

ノームコアを極めた先に生まれる個性

ノームコアは決して個性を表現しにくいスタイルではない。
「むしろ、その人から 滲み出る個性を表現するものだと思います」と松田さんが言うように、自分にとっての究極の普通を追求することで、ファッションに対する思考はよりミニマルに、本質に近づいていく。

"ハズしてないから"という理由で無難な服を選ばずに、自らの意思で服を選び抜き、自分流のノームコア・ファッションを見つけて欲しい。

松田 有記(まつだ・ゆうき)

スタイリスト。1977年、新潟県生まれ。ファッション雑誌や広告などを中心に、メンズ、レディス、キッズなど、ジャンルを問わずスタイリングを行う。豊富な経験を生かし、2017年には「プチプラ・メンズコーデ術」(エイ出版社)を出版。現在は企業経営者などを対象にした、パーソナルスタイリングも手がけている。