今年参戦した野外音楽フェスは初のテント泊。会場に用意された色鮮やかなテントが並び、夜も快適に過ごしイベントを満喫することができた。次の休みは仲間とキャンプもいいかなと思い、早速インターネットで色々と調べてみる。昨今キャンプが流行していることは知っていたが、実に様々な情報が溢れ、どれを見れば良いのか、何を参考にすれば良いのかわからない…さりとていきなり専門店に行くのも少し勇気がいる。どこに行って何を楽しむのか、それには何が必要か、どんなことに注意すればいいのかも知りたい。最も確実なのは経験者にアドバイスしてもらうことだろう。気軽に経験者と情報交換ができる方法がないものかと探していると、キャンパーが交流するために作られたカフェが港町横浜にあるという。
キャンパーの、キャンパーによる、キャンパーのためのカフェ
TARP to TARPは2019年の5月にOPENした。世の中を見渡すと、店の歴史とともに自然とキャンプ好きが集まる場所になっていた…というケースは数多あるだろう。おそらくここは日本で初めてのキャンパーのためのカフェ。同店を立ち上げた代表の須山氏に、立ち上げの経緯やキャンプに対する熱い思いをじっくり聞いてみた。
一般的にジャンルを問わず、えてして専門店という場所の空気は独特で、初心者や一見が入りづらい雰囲気があるものだ。勇気を出しておそるおそる店に入ってみるものの、なんともいえないプレッシャーを感じてしまう。当然、面識のない他の客に話しかけづらい雰囲気もある。相手がオーナーと親しげにしている常連客であればなおさらだ。
須山氏もキャンプを始めた頃、自らこのような悩みを抱え悶々とし、また友人からも似たような話を聞いていた。「仲間と気兼ねなくキャンプの楽しさを共有できる場所が欲しかった」というのが立ち上げの根本的な動機。自分が欲しいから自らの手で創るという発想や行為は、何かのイノベーションが起こる重要な起点となることが多い。さらにはカフェ業態であれば飲食を伴うので、少なくとも数十分は滞在し、コミュニケーションも自然にとりやすくしたという配慮も。キャンパーへの深い愛を感じる。
当然のことながら来店者にはキャンパーが多く、他者とのつながりに人生の豊かさや心地よさを見出す人は何度も来店し、自分が経験したことを誰かと共有したい、教えてあげたい、話したいという、積極的にコミュニケーションをはかろうとしている人が非常に多いという。「ここにくれば愛するキャンプを理解してくれる仲間がいる!」という期待、そして安心感があるようだ。
なぜ実店舗をつくったのか
ファンが交流する場所を提供するという、一見するとSNSでも実現可能な構想を、なぜあえて店舗というリアルな場所に設定したのか。須山氏はキャンプを始めたタイミングでInstagramも開始し情報発信を行っていた。「SNS上で交流を重ね親交が深まるのと同時に、そこには乗り越えられない何かが立ちはだかっていると感じた」と語る。SNSでの関係値が拡張していくうえで、反比例するようにリアルな繋がりが希薄になっていくという懸念、ネット上では顔(=心理、感情)が見えづらい。やはり、どうしても画面上のコミュニケーションには限界を感じ、実店舗の運営に踏み切ったのだそう。
ビジネスや教育における可能性
オープンして間もないが、様々な業界からのアプローチが続いている。たとえばケータリング会社との協業プロジェクト。料理の提供と一緒に、同店を会食する場所としてパッケージ提案するという。主催するキャンプイベントは約60人分のチケットが、なんと販売開始20分たらずで完売したというから、同店がキャンパーから非常に高い支持を得ていることがわかる。
キャンプは教育の現場からも注目されている。近くにあるバイリンガル幼稚園からの要望で、園児対象のキャンプ体験イベントを店内で行ったという。ものごとの判断や思考を担い、その実行機能を果たしているのが前頭葉(前頭前野)であり、この領域は小学生低学年くらいから加速度的に発達するという。確かに自然では予測不可能な自然条件に適応し問題を回避する必要がある。アウトドア・キャンプは問題解決と課題遂行能力を鍛えることができるらしい。「アウトドア育脳」という著書も発行されるなど、ますますキャンプの可能性は、ジャンルを超えて我々の日常生活に広がっていくことだろう。
取材中も来店されていたサラリーマン風の男性達が、初見にも関わらずキャンプの話題を通じて盛り上がり(どうやら同じ日に同じキャンプ場を利用していたらしい)、その場で名刺交換をして意気投合、仕事のアポを取り交わしているという場面に遭遇した。確かにこうした出来事は既存のキャンプ用品店やカフェでは起こりにくく、リアルに交流をはかれる実店舗をつくった意味を目の当たりにした。
キャンパーの新たな出会いを生み出すきっかけとなりたいという想いでオープンした同店だが、今は自分がその恩恵を十分に受けていることを少し申し訳なさそうに話す須山氏だった。しかし自らがランドマークとしてTARP to TARPの存在意義を示しているのはむしろ理想的な状況であり、今後の同店のポテンシャルを十二分に感じる好事例だ。
かねてから、人と人を繋ぐことが好きだったという須山氏。人との関わりや繋がりを大切にしてきたからこそ、その熱い人望に人が集まってきているようだ。まだカタチになっていないが、画期的なプロジェクトが複数進んでいるという。キャンプというカルチャーを通じた異業種のつなぎ役として日々奔走している。
オリジナルブランドに込められた想い
特筆すべきは同店のオリジナルブランドだ。オリジナルロゴ入りTシャツのみならず、キャンパーなら思わず反応してしまうユニークなキーワードを入れたラインナップは必見だ。ソックスは、前回仲間と行った楽しかったキャンプをしみじみと思い出してしまう「CAMPLOSS」。キャンプの必須アイテムであるペグ(杭のようなもの)を差す「PEGDOWN」。そしてキャンプの醍醐味、焚き火の「BONFIRE」。それぞれのワードが配されたソックスはキャンパーの間で話題急騰中とのこと。とくにCAMPLOSSはキャンプ未経験者でもその言葉の意味がわかりやすく、高い評価を受けているそう。あえてアウトドアに寄せすぎず、街中でもカジュアルに着こなせるアーバンな雰囲気を心がけているとのこと。筆者も「CAMPLOSS」のソックスを愛用しているが、非常に厚手で長時間履いていても疲れにくく、上質なクオリティに大満足している。
ユニークなアイテムとしては、植物由来成分100%のキッチンクリーナー。噴霧して紙で汚れを拭き取るだけなので、サイトから離れた水場に行かなくても良いという効率的な利点と、キャンプ場の限られた水資源を有効利用でき、管理者の清掃業務が軽減する。キャンプ場に必要以上の負荷をかけたくないという須山氏の想いがあってこそ。筆者も購入して自宅で愛用しており、その洗浄力の高さは食器のみならず、あらゆる場所にも抜群の威力を発揮しているので是非試してもらいたい。
今までありそうでなかったという、日本全国のキャンプ場Tシャツも製品化に向けて着々と進行中。お気に入りのキャンプ場に足繁く通う愛好家には垂涎モノのアイテムだ。デザインは全てTARP to TARPで行いボディのカラーはキャンプ場が選定。フロントにはキャンプ場の名前、バックにはTARP to TARPロゴのダブルネーム仕様。同店立ち上げの際に新たに開発したというオリジナルフォントを採用。このシリーズはTARP to TARPとそのキャンプ場だけで販売される。
料理はカフェらしく気軽に楽しめるカジュアルなレパートリーとコストパフォーマンスを重視した価格帯。須山氏の友人で、ブライダルレストランのシェフから飲食コンサルに転身したというプロが手がけたという料理は、どれも舌鼓を打つこと間違いなし。今後はさらに料理のレパートリーを増やしていく予定。
様々なアイテムをリリースしているが、あくまでも物販で収益を上げるのが最終的な目的ではないと須山氏は毅然とした表情で語る。アパレルを通して伝えたいのは、人と人の繋がりの重要性、つまり同店のコンセプトそのものだ。街中やアウトドアでキャンパーの共通言語としてTARP to TARPのロゴを機能させたいという。
なかでも上述の「CAMPLOSS」ソックスは、すでにその現象が顕著に起きているようで、「同じソックスを履いている人がいたので声をかけ交流が始まった」という嬉しい報告も増えてきているという。
都市と自然の中間地点、横浜
出身地の横浜に深い愛着があったという須山氏。馬車道という古き良き港町横浜。先鋭的な外国の文化がここ横浜から日本に入ってきた。そんな歴史的事実もロマンスに溢れる。キャンプは道具の運搬が必要なので車で移動するというケースが多く、車でアクセスしやすいことも条件に考えていた。首都圏近郊であれば1時間程度で容易にアクセスできる。確かに周辺にはコインパーキングが多数あった。今後、オリジナルのアウトドアファニチャーなど大型のアイテムを展開する際に、購入してそのまま車に積み込めることも想定した上での選択だったという。
キャンプ場に近い山間部に店舗を構えることは想定していなかったのかと尋ねたが、「自然に囲まれた場所であれば店舗で交流するよりもキャンプに行くほうが早いという発想になると思う」と須山氏。なるほど、日本の先駆的な文化人類学者である梅棹忠夫(うめさおただお)は自著“山をたのしむ”で、「世界的な傾向として、山に住んでいる人は山へは行かない。登山というのは必ず大都市で始まる」と述べていたから、横浜という「都市と自然の中間地点」はキャンプへの欲求がふつふつと湧き出てくる、絶妙なロケーションなのかもしれない。
TARP to TARPそのネーミングの理由
Tarp(タープ)とは何かを改めて説明すると、ターポリンという生地の名前の略称で防水シートのこと。1枚の平らな布を2本以上のポールで立てる、屋根だけの雨避けのテントのようなもの。日本のキャンプ場では利用できる場所が限られていることから、宿泊スペースとなるテントとダイニングスペースを分けるなどアレンジしやすく、降雨が多く湿気の高い日本の独特な気候も、タープが発達した理由のようだ。
グループでキャンプに行くとタープを連結することがセオリーになっており、タープの連結=人との繋がりの象徴、代名詞だと思っていると須山氏は熱っぽく語る。キャンプ場では人のタープに気軽に出入りし会話していくことができる。最近は見かけないが、見知らぬ人がにわか雨などで、晴れ間を待ちながらたわいもない世間話をする。そんな「軒下」で生まれていた、ちょっとした人と人とのコミュニケーションを思い出した。
世の中のキャンプブームに思うこと
2019年のオートキャンプ白書によると、日本国内におけるキャンプ人口は年々増加傾向にあり、2018年度は約850万人に達した。平均年齢は43.2歳、職業は会社員が大部分を占める。キャンプ用品の販売動向については、調査対象となった企業の92%が前年比で増加と回答。キャンプをテーマにしたアニメも人気を博し、若年層も市場に流入しているのは興味深い事実だろう。今、アウトドア市場は確実に拡張しているのだ。
生活の中心にキャンプを据え置く須山氏に昨今の盛り上がりについて尋ねてみると「ブームと言われているのは、やはり関連ギア市場の拡張に起因するのでは」とのこと。様々なアイデアを駆使した画期的なアイテム、最新技術の新素材を採用したアウトドアウェア。シーズンごとに新商品が発売され様々なメディアで宣伝され消費を促している。
モノ消費が優先されがちな現状はなにもキャンプ市場に限った話ではないだろう。キャンプの本質は物質的な豊かさを追い求めることではなく、今我々が無意識のうちに手放してしまっている、自然に身を置くことであったり、リアルな人との繋がりなのだ。
都市で暮らしていると、近所に住んでいる、隣に住んでいるというだけではコミュニケーションは取りづらいのが現状だ。いっぽうキャンプ場で見知らぬ他人同士が隣り合ってテントを張ると、まるで昔から付き合いがあったかのような間柄となることだってある。顔を合わせれば挨拶だってするし、気が合えばお酒を酌み交わすことだってあるだろう。そこはまるでかつての古き良き日本を思わせる長屋生活のような親しい人間関係が生まれ、次のキャンプの約束までするようなことも珍しくない。
そんな素敵な出会いが、ここTARP to TARPでは生まれているのだ。
TARP to TARP
住所:神奈川県横浜市中区太田町6-70 井上ビル2F
最寄駅:馬車道駅A3出口徒歩2分 / 桜木町駅東口出口徒歩5分
定休日 : 日月火
instagram:
https://www.instagram.com/tarptotarp
CURATION BY
ORIGINALTEXT所属。年間読書300冊。いつまでたっても山に登らないので「エア・アルピニスト」と呼ばれています。