外はうだるような暑さ。日陰に逃げ込んで冷たいお茶で一息つきたい。水を除けば、世界で最も飲まれる飲み物はお茶なんだそう。そういえばあまりに身近で、意識してお茶を味わってないかもしれない。日常生活に欠かせない「お茶の世界」を再認識してみようと、福寿園京都本店を訪れた。
1階から7階まですべてのフロアでお茶をフィーチャー
寛政2年(1790年)、福井伊右衛門が茶商として創業した福寿園。ペットボトルで販売される「伊右衛門」でその名を知る人も多いはずだ。京都の中心地・四条通り沿い、四条烏丸と四条河原町の中ほどに建つ福寿園京都本店は、お茶を販売するだけの店ではない。2008年の設立で、お茶を学んで・体験して・味わって、1階から7階まですべてフロアで「お茶」をテーマとする空間に生まれ変った。この春には「お茶をテーマとしたアート」を発信するアートスペースも誕生。さながら「お茶のテーマパーク」の館だ。
「京の茶舗」で宇治茶を知る
館内に入ると、通りの喧騒が嘘のように落ち着いた雰囲気。1階は「京の茶舗」と呼ばれる宇治茶のショップ。広々とした売場に「煎茶」「玉露」「ほうじ茶」「抹茶」などが並んでいる。「煎茶」のなかでも違う銘柄が並び「こんなにたくさんのブランドがあるんだ」と発見。味わいの違いを説明してもらい、自分好みのお茶をチョイスできる。
商品が美しく散りばめられた空間は、店舗というよりお茶のギャラリーのよう。ちょうど祇園祭の最中なので、祇園祭限定の煎茶が並んでいた。京都本店でしか販売されておらず、お土産としても人気なんだそう。
目を惹くモダンなパッケージは京都本店オリジナルのデザイン。黒を基調とした格子柄は、パッケージデザインの第一人者・鹿目尚志氏の手による。いい意味でお茶のイメージを覆すおしゃれなビジュアルはプレゼントに喜ばれそうだ。
お茶を愉しむための「うつわ」を選ぶ
お気に入りのお茶が見つかったら、お茶を愉しむための器も選んでみたい。5階「京の茶具」には抹茶茶碗や急須、汲みだし碗、湯呑から、冷茶グラス、タンブラーまであらゆる種類の茶器が並び、見ているだけで楽しくなってしまう。決して手が届かない価格帯ではなく、3千円台、4千円台という比較的手頃な値段から手に入るのが嬉しい。
祇園祭にちなんだ茶器も展示されていた。この期間はフロアの奥に福寿園所蔵の洛中洛外図屏風が飾られて、店内でも祇園祭を実感することができる。
福寿園オリジナルの茶器もある。「花蕾宝瓶」と名付けられた急須は、お茶のおいしさが凝縮された「ゴールデンドロップ」と呼ばれる最後の一滴まで注ぎきれるよう、茶こし部分に通常より細やかで多くの数の穴が施されているという。
お茶のおいしい淹れ方を学ぶ
お茶と茶器を堪能したところで地下1階へ。福寿園京都本店では「お茶を学ぶ」こともできる。エレベーターを降りると、「蔵」をイメージしたウッディで重厚な空間。趣のある木のカウンター、後ろの棚には「福寿園」と刻印された茶箱が並ぶ。モダンな照明に浮かび上がるシックな英国風のバーに迷いこんだよう。
「お茶を美味しく淹れることができますか?」あなたは自信をもって「はい」と答えられるだろうか。日本人であるからには、お茶がぐっとおいしくなる淹れ方を知っておいて損はない。茶蔵では「お茶のおいしい淹れ方講座」をはじめ「手軽に抹茶講座」「3種類飲み比べ体験」など、体験して学べるコースが用意されている。
興味深いのは「オリジナルブレンド茶づくり」のコース。プロのカウンセリングを受けながら、自分好みのブレンドにトライすることができる。オーダーメイドのお茶を、結婚式のギフトや出産の内祝いに利用する人も多いそうだ。
本格茶室でお抹茶体験
福寿園京都本店には蹲踞(つくばい)や躙口(にじりぐち)もある本格的な茶室が設けられ、茶室での抹茶体験ができる。抹茶のマナーや濃茶をいただく体験、夜の茶会などさまざまなコースが用意されており、海外からの観光客にも人気だ。喫茶メニューも利用でき、椅子席で季節のお菓子をいただきながら抹茶を楽しむこともできる。
気軽に美味しく宇治茶を味わう
テーマパークに欠かせないのが「味わい」。気軽に宇治茶を愉しめるのが2階の「茶寮 FUKUCHA」。「煎茶」「玉露」「ほうじ茶」「玄米茶」などから好みのお茶を選ぶと、急須ごとお茶が運ばれる。自身でお茶を淹れて二煎目、三煎目の味の変化を楽しむことができる。
お茶を使ったさまざまなスイーツは大人気。伝統の宇治茶とスイーツを4種類ずつペアリングした「トラディショナルティー ペアリングセット」が評判だ。「ちょこっとずつお茶漬けご膳」や「笹巻おこわほうじ茶セット」など、お茶にちなんだ軽食も味わえる。
宇治茶とフレンチの新しい出会い
本格的フレンチレストラン「メゾン・ド・マツダ福寿園」では、ランチやディナーのコースが楽しめる。「現代の名工」に輝いた松田能幸シェフが、宇治茶とフランス料理の融合をコンセプトとした新しいフレンチを展開。「お茶を食べる」楽しさを体験できる。
お茶をテーマとしたアートスペースの誕生
お茶の世界を「見て」「学んで」「味わって」満喫した後は、お茶にまつわるアートを楽しもう。2024年4月26日、福寿園京都本店7階にギャラリー「アートスペース福寿園」が誕生した。福寿園らしく「お茶」をテーマとしたアートを展開し、固定観念にとらわれず現代美術やフォトグラフィー、インスタレーションなどの企画にも取り組む。「アートスペース福寿園」は、決して広くはないが明るく温かみのあるスペース。ギャラリーというよりアートのあるリビングといったイメージだ。
お茶の香りに包まれながらアートを堪能
ギャラリー空間に広がるお茶の香り。伝統工芸と現代アートの世界で精力的に活動する中川周二氏の個展「茶の杜に惑うー個細胞の見る夢」が開催されていた。
お茶をテーマとする個展にあたり、中川氏は製茶の際に出る規格外になった茶葉を使うことを考えた。福寿園からとり寄せた、ビニール袋いっぱいの選別後の茶葉。その粉を作品の表面にまぶした。ギャラリーに漂うお茶の香りは作品が放っていたのだ。苔むした庭の飛び石に見える壁のオブジェも、表面はお茶粉。会場でひときわ目立つ大きなオブジェからもお茶の香りがする。
生きもののような有機的形状のオブジェ。その穴は個展のサブタイトルでもある「ひとつひとつの細胞」をあらわす。フロアに置かれた桶にも注目してほしい。天井のオブジェの穴と、フロアの桶の形が呼応しているのだ。
伝統工芸と現代アートの融合
現代アートのインスタレーションの中に、桶などの伝統的木工品が自然に並ぶ会場。違和感を感じないのはデザインの力だと中川氏は語る。中川氏は、伝統的な木工の世界に現代的なデザインを採り入れようと試みている。高野槇のシャンパンクーラーは「ドン・ペリニヨン」が絶賛し、製造を委託。高級外食店に置かれるようになった。
中川周二氏は、木桶などの伝統的な木工芸を生業とする家に生まれた。父は木工芸の人間国宝・中川清司氏。「このまま木工の道へ進むことにちょっと葛藤があった」という周二氏は、大学の4年間「現代彫刻専攻」という全く別の道を選んだ。木工と現代アートは例えれば水と油。しかし異なる2つの視点を持つことで、一方の世界だけにいると見えないものが見えてきたという。
伝統工芸と現代アートをデザインの力でつなぐ新しいかたちのインスタレーション。シャープでモダンな空間に現れた、不定形で有機的な「茶の杜」を彷徨う感覚が楽しい。
会話を楽しむ新しいタイプのギャラリー
自然光が入る穏やかな明るさの室内で、訪れた人々はかがんで作品を覗きこんだり、作家の説明を聞いたり、腰かけてお茶を飲みながら談笑したり。アートスペース福寿園は、お茶の文化をテーマとする、アートとお茶を楽しむギャラリー体験を提供する新しいタイプの展示販売のギャラリーとして息づく。
福寿園の建物を出ると、夕刻迫る京都の通りは祭りの準備と繰り出した人出の波でむせ返る熱気に包まれていた。
身近な存在の「お茶」。そんなお茶を、あらためていろいろな視点から体験させてくれるのが福寿園京都本店だ。京都を訪れた際にはぜひ立ち寄ってみてはいかがだろう。お気に入りのお茶と素敵な器を見つければ、それまでとは違うお茶との時間が過ごせること請け合いだ。
京都福寿園
CURATION BY
美術関連の仕事をしながら、アートライターとして活動。アート三昧の日々を送る。中部・関西のアートイベントに頻繁に出没中。