Vol.193

KOTO

22 DEC 2020

ハーブやスパイスの風味を堪能。乳鉢と乳棒で食生活をもっと豊かに

今やキッチンや食卓で欠かせない存在となったハーブやスパイス。だが手間いらずという理由で、予め粉末状になっているタイプを使っている方も多いのではないだろうか。そこでおすすめしたいのが、フレッシュなものを自身で砕いたりすり潰したり出来る乳鉢と乳棒だ。今まで感じてきたものとは格段に異なるスパイスやハーブの香りにきっと酔いしれる事だろう。乳鉢と乳棒はハーブやスパイスをはじめ、ナッツ類やニンニクなどさまざまな料理のアクセントをより楽しめるプロダクトなのだ。

香りをとことん楽しむ。乳鉢の歴史とその魅力

きっかけは、ペッパーミルの調子が悪くなった事だった。さまざまなブランドのペッパーミルをチェックしてみるが、なかなか気に入るものが見つからない。仕方なくすり鉢で胡椒をすり潰してみたところ、その新鮮で爽やかな香りに圧倒されてしまった。

胡椒って、こんなに良い香りだったのか!料理にぱらりと振りかけても、風味もミルで挽いたものとは違い、ダイレクトに胡椒の存在を感じられる。また、粒が同じような大きさとなるミルとは異なりさまざまなサイズ感を楽しめる。

もうミルには戻れないと感じていたが、ひとつだけ難点が。すり鉢だと溝に胡椒が入り込み、すべてを掻き出すのは難しく洗うのも少々面倒だ。そこで気付いたのが、乳鉢と乳棒の存在だった。

ボウルとしても使える乳鉢は、古くから伝わるキッチンツール
乳鉢と乳棒は英語で「Mortar & Pestle」と呼ばれており、その歴史は驚くほど長いのをご存知だろうか。「容器に食材を入れて粉砕する」ことは遥か昔から行われており、乳鉢と乳棒は薬を作るための最初の道具として、古代エジプト時代の紀元前1550年頃に書かれ、現存されている最古の医学文献であるエーベルス・パピルスにおいて言及されている。

乳鉢と乳棒は素材やデザインを変えながらも、基本的なフォルムは殆ど変わっていないのが特徴だ。その用途は薬や食材の粉砕、古代の儀式、人口塗料が発明される以前は化粧品としての顔料、塗装や衣類の染色、火薬作りなどさまざまな場所で活用されてきた。

叩く、すり潰すという原始的な方法が、よりインパクトのある芳香と風味に
現代では乳鉢と乳棒の使用は以前より減ってしまったものの、依然変わらず役立つ分野がキッチンにおいてであろう。乳鉢と乳棒で砕いたハーブはフードプロセッサーでしたものよりも、よりダイレクトな香りが楽しめる。これはハーブの繊維を細かく刻むよりも、乳鉢の中で叩いたり粉砕したりするとハーブ自体に含まれているエッセンシャルオイルや香りが放出されるためだ。

胡椒をすり潰すペッパーミルは便利だが、胡椒以外のスパイスを粉砕したい時にその都度中身を取り換えるわけにもいかず、またミル本体は閉じられた構造となっているため、挽いても香りを感じにくい。スパイスの香りや風味をより深く味わいたい人にとって、乳鉢と乳棒は格好のツールとなるだろう。

豊富な選択肢から選ぶ、自分のための乳鉢と乳棒

古来より世界中で親しまれてきた乳鉢と乳棒は同様のものが、日本のすり鉢とすりこ木をはじめとしてインド、タイ、メキシコなど多くの地域で独自の文化を歩み、長く愛用されている。

現在でも素材とサイズに多くの選択肢があるのが嬉しい。石やマーブル、陶器や木材、ガラス製やステンレス銅などの中から、お気に入りを見つけてみたい。おすすめは味が染み込まず手入れも楽なマーブルのもの。陶器もカラーやデザイン、サイズがバラエティに富んでいるところが魅力的なポイントだ。

多くの素材やサイズから、自分に合うものを見つけたい
大きさはスパイスやハーブを粉砕するだけというのであれば、小さめのサイズの直径10㎝前後ほどで良いだろう。もし乳鉢でペーストやドレッシングも作りたいというのであれば、直径は15㎝前後~で深みのあるものを。用途に合ったサイズと素材を探してみよう。

乳鉢で作るおすすめレシピ

乳鉢と乳棒を手に入れたなら、まずは胡椒を粉砕してみたい。ふわっと鼻孔をくすぐる爽やかでフレッシュな芳香が漂い、胡椒とは本来このような香りを持っていたのかと驚くに違いない。

乳鉢は粉砕するだけでなく、ボウルのように使いペーストやドレッシング等が作れるのも大きな利点。まずは代表格とも言えるレシピ、バジルペーストを作ってみよう。

材料はニンニク1片、新鮮なバジルの葉を60g~、松の実(胡桃でも代用可)大さじ1、エクストラバージンオリーブオイルを大さじ3、すりおろしたパルメザンチーズを40g、塩・胡椒を適量用意する。

作り方はバジルとニンニク、塩と炒った松の実を乳鉢に入れ、それらを挽いてペースト状にし、パルメザンチーズを加えて混ぜ合わせる。オリーブオイルを注ぎ好みの濃度にして、胡椒で味を整えれば完成だ。

ワイルドなバジルの香りを堪能できる、乳鉢で作るバジルペースト
バジルペーストはパスタに和えて、肉や魚のソースにと使い道のあるメニュー。市販のものしか知らないという方に、是非トライして欲しい一品だ。

次にとても簡単にできるオリーブタプナードを。種なしのブラックオリーブを20粒、ケイパーを大さじ1、ニンニク1片、オリーブオイル大さじ1~、胡椒を少々用意する。

ニンニクとケイパー、オリーブを乳鉢に入れて乳棒で好みの大きさに潰し、オリーブオイルを入れて混ぜ合わせ、胡椒で味を整えれば完成だ。

数分でできるタプナードは、お酒のおつまみや前菜に
他にもアボカドとトマト、玉ねぎ、レモン、コリアンダーで作るワカモレや、アンチョビとディジョンマスタード、卵黄、レモンジュース、オリーブオイル、パルメザンチーズで作るシーザーサラダドレッシング、フムスやアイオリソースなど、乳鉢で作れるレシピは数多い。ぜひ色んなものをマスターして、食生活を豊かにしてみよう。

当たり前の存在の、本来の価値を知る道しるべに

当たり前のように抱いていた価値観が、がらりと変わってしまう事がある。例えばお気に入りの外国語の歌。何気なく口ずさんでいた歌が、訳された歌詞を知って初めてその歌本来の意味を理解し、それまでの印象が変わったという経験はないだろうか。

詩を訳す機会が無ければ永遠に分からずじまいであったかもしれない、小さな発見。そして日常には、実は本来の価値をまだ知らない存在が、そこかしこにあるのかもしれない。

左側がミルで挽いたもの、右側が粉末状のもの。乳鉢なら中央のように粗い粒にも粉末状にも、香りを楽しみつつ好みの大きさに粉砕できる
古代からインドの輸出品であった胡椒は、インドへの航路が見つかるまでヨーロッパでは大変な貴重品であり、中世では貨幣として使われていたほどだった。しかし今ではどこででも手に入る、当たり前の調味料となっている。

だが乳鉢ですり潰した胡椒の新鮮な香りを嗅いでみると、本当にこの存在の価値を知っていたのだろうかと訝しむ。何気なく使っていた他のスパイスやハーブも、本来の風味や芳香を存分に味わっていたのだろうかと考える。

当たり前のように感じていた存在の、本来の意味を知る。それは日々の暮らしの中で味わえる、ささやかだけれど嬉しい発見だ。そしてまだ多くのものが、その本質や価値を理解される機会を待っているのかもしれない。