Vol.164

KOTO

11 SEP 2020

長旅を楽しむように、家時間を贅沢に。アナログのボードゲームで美を描く

家で過ごす時間はどこか船旅に似ている。 寄港地、つまり他者との出会いや変化し続ける風景に辿り着くまで、船内ではゲストが退屈しないようさまざまなものを用意して、移動期間中を楽しく過ごす。家でのプライベートなひと時は、船旅のような贅沢さが感じられて、ちょっと特別感のあるもので喜びや楽しみを見つけてみたい。そんな中でおすすめしたいのが、アナログのボードゲームだ。ゲームの面白さと本体の美しさがあり、自分好みの素材やデザインを選ぶ楽しみがある。ディスプレイとして住まいに彩りを与えることもできるプロダクトだ。

時には情報をシャットダウン。自分の頭で考える

情報過多時代の今、自宅で楽しめる娯楽が簡単に手に入る。だがそれは誰かが作り出したものを享受する、受動的なものが圧倒的に多いことに気付いているだろうか。

他の誰かが生み出したものや情報を選ぶことは上手になったけれど、自分自身で考える力はどうだろう?せめて家にいる時間は自分自身の頭で考え、体験することに使ってみてはいかがだろうか。

楽しみながらそれが出来るのがボードゲームだ。悩み、決断したことが間違っていたと気付いたり、運によって全てがひっくり返されたりすることもある。対戦相手がいればその存在に翻弄される。相手の表情や戦いぶりを観察し、次の手でどのような行動に出るかを考える。

ボードゲームでは自身の記憶力、想像力、思考能力…すべてが必要となる
難局では、時間をかけてじっくりと悩み、考え、答えを出す。勝敗によって出てしまう態度で、自身の小ささに気付くこともある。過去の経験、勝利に導いた答えや間違った手を記憶し、次に活かす…。アナログのボードゲームは、何処か人生に通じるところがあるのかもしれない。

デジタルのゲームでは得られないものとは

デジタルのゲームが世界を圧巻してから随分と時間が経ち、今更ボードゲーム?と訝しる方もいるに違いない。数えきれないほど多くの種類のゲームが存在し、異空間へと連れて行ってくれるデジタルのゲームの素晴らしさは既に多くの人がご存知であろう。

しかし姿かたちや武器を変えて戦う敵、救い出さなくてはならない美少女など、画面で繰り広げられるシチュエーションが異なろうとも、マウスやキーボード、コントローラーなど、手にするものはどのゲームでも変わらず、触感は同じものとなる。

ボードゲームはデジタルから離れる時間の手助けに
片やボードゲームは素材やデザインを自分で選べるため、感触はそれによって異なる。対戦相手がいる場合は目の前にいる人物と向き合い、時には一人、静けさの中で盤に向かって集中する。

盤や駒の素材、デザインを選ぶ楽しみがあるボードゲーム
ボードゲームに使う駒は木やガラス、象牙や大理石など、さまざまなものを素材にして作られているところも興味深い。ゲームの盤は折りたためるものからテーブルとセットになっているもの、旅行へ持っていけるほどの小さなものと、選ぶのに迷うほど。

チェスセットにはテーブルがチェス盤に、内部に駒が収納できるものも
ボードゲームはプレイそのものを楽しめることはもちろん、特別感をもたらす素材やデザインの盤や駒が視覚や触覚を刺激し、自分のこだわりを注ぎ込むことができるプロダクトと言えるだろう。

人と楽しむ、一人で楽しむ

ルールを把握し、優れた戦略と戦術を記憶し、それらをいつ使用するかを考えるチェスは、記憶力の向上や戦略的思考に役立つと言われるゲームだ。

相手が次にどの手で来るか、その際はどのように対応すれば良いのかと先へ先へと想像力を働かせ、以前のミスを回避したり、対戦相手の癖を覚えたりなど、頭脳をフルに回転させて挑む。

チェスは記憶力や認知能力、戦略的思考と集中力が増すと言われているゲーム
チェスに魅了された人は数多く、中でも現代美術の父と呼ばれ、20世紀の美術界に多大な影響を及ぼしたマルセル・デュシャンは、チェスに魅入られた最も有名なアーティストの一人と言えるだろう。

デュシャンのプレイは勝つために慎重でありすぎたり酷薄だったりするのではなく、美しいゲームをしたいがためにリスクを多く冒していたと言われている。チェスの戦い方は、その人自身の性格が色濃く反映するゲームなのかもしれない。

時代や国を超え、多くの人々を夢中にさせたバックギャモン
頭脳的戦略とゲームに付き物の運が大きく関係しているのがバックギャモンだ。バックギャモンは最も古いボードゲームとして知られ、その始まりは古代エジプト、あるいは古代メソポタミアとも言われている。

バックギャモンはサイコロの出方でゲームの行方が大きく変わる
イギリスでは1世紀にローマ人の侵略とともに持ち込まれたとされ、ギャンブルの流行を引き起こし、中世になると日常的になった賭けを防ぐために禁止されたほど。日本でも飛鳥時代に雙六(すごろく)や盤双六(ばんすごろく)という名で呼ばれ、やはり人々の熱狂ぶりに禁止令が出されている。

時代や国を超えて人々を魅了したバックギャモンは、サイコロの目によってゲーム展開が大きく変わるところが面白く、戦略と運、どちらも楽しめるゲームと言えるだろう。

シンプルなルールで一人で楽しむのに最適なボールソリティア
一方、一人で楽しみたい方におすすめのゲームがボールソリティアだ。盤上の穴にボールを並べ、中央のボールをひとつ取る。好きなボールを空いている穴に縦、もしくは横に、ボールをひとつ飛び越して動かす。

飛び越したボールはボードから外して、最後のひとつになったら上がりというシンプルなルール。5分ほどで終了するので、仕事終わりや休憩時間などにもぴったりなゲームだ。

ブレイクタイムや仕事終わりの気分転換に
このゲームはボールにストーンやマーブル、ビー玉などさまざまな素材が使われており、ボールではなくペグ状のものもある。デスク周りで楽しむプロダクトとして、質感、色合いを吟味して好みのマテリアルを選んでみたい。

盤上に、住まいや暮らしに。自分自身で美を構築する

話をチェスに戻そう。「ティファニーで朝食を」や、「冷血」でノンフィクション・ノベルという新ジャンルを生み出したことで知られるトルーマン・カポーティがインタビューした際、前出のマルセル・デュシャンはチェスについてこう説明している。

「チェスというゲームはとても虚構的だ。それを構築するのはあなた自身だ。人間が美しい問題を創り出し、その美は頭と手から作られる」と。

ボードゲームで、船旅での贅沢感を感じてみる
自分の住まいで過ごす時間の中で、美しさを構築することとは何だろうか?それは他人が作り出したものを享受するだけではなく、自分自身で考え、能力を試し、集中する。美を構築するとは、その時間そのものを指しているのかもしれない。

盤上に美を描くように、次の寄港地にたどり着くまでの時間を優雅に過ごしてみよう。素材やデザインを吟味し、こだわりをつめ込んで選んだボードゲームでなら、船旅の船内で過ごす贅沢な気分を味わえるはずだ。

次の駒はどう進めようか?あの戦略を試すべきか、それともこちらの手の方が良いかもしれない。焦らずとも大丈夫、考える時間はたっぷりとあるのだから…Bon voyage!