Vol.138

KOTO

12 JUN 2020

机上に世界を!既製品にクリエイティビティをプラスした、こだわりのジオラマ制作のススメ

アメリカ西海岸発祥の「VAN LIFE」は必要最小限の荷物をVANに積み込み、車中泊で旅を続けながら暮らすもの。気ままでミニマルなライフスタイルは憧れるが、なかなかハードルが高い。しかし家にいながら旅することはできる。机上に世界を再現するこだわりのジオラマ作りは、あなたをどこにでも連れて行ってくれるのだ。

日本の住宅事情や歴史文化に向いている趣味

そもそも日本人は歴史上、日本庭園や盆栽、箱庭などと自然を規定された空間に凝縮することを好んだ。四季が豊かで繊細な日本の風土は、移りゆく風景を手の内に留めたいといった欲求を生み出したのかも知れない。盆栽と似たもので盆石というものもある。お盆の上に石や土、砂や苔などにこだわって自然を作り上げるものだが、これなどは完全にジオラマの元祖とも言えるもの。盆石も盆栽も元々は中国から伝わったものだが、限られた国土と住宅事情の日本において、独自の発展を経て今に伝わっている。

今回プラモデル本体だけではなくジオラマを勧めるのは、そもそもプラモデルだけを作ったのでは、メーカーが生産した大量生産品の延長線上にいるだけだからだ。全ての物は空間にそれ単体では存在しえない。その物が存在する情景まで作ることにより、ミニチュアとは言えそこに一つの完結した世界が現れる。その世界観の表現こそ、十人十色のクリエイティビティが発揮される真にオリジナルなものだ。自分がそこにいたら、もしそんな風景に入り込むことができたらと考えるだけでも楽しい。

筆者が住む香川県は、松盆栽の日本最大の生産地。県内にも盆栽愛好家は多く、子供の頃から見慣れた風景だった。

100円ショップで買えるものを最大限利用する

ジオラマとは一般にハードルが高く思われがちだ。しかし車であれロボットであれプラモデルだけなら、特に男の子は一度は作ったことがあるのではないだろうか。それをやったことがある人なら、ジオラマは絶対に作れると言い切りたい。例えば100円ショップで手に入る物だけでも十分作れる。額縁に紙粘土を地形のように貼り付け、色を塗るだけでもそれはジオラマと言える。拾ってきた小石を置いたり枝をさせば、それはもう立派な情景になる。

そもそも最近の日本の100円ショップのクオリティーは凄い。ベースとなる土台や粘土はもちろん、セメントや砂、木の枝から石、水苔に造花用の針金や紙テープまで何でも売っている。模型制作に使えるアートナイフやヤスリもクオリティーが高い。重箱の隅をつついたような品物のバリエーションの豊かさは間違いなく世界トップクラス。こんな物がこの値段で買える店は日本にしかない。プラモデル製造メーカーの豊富さも相まって、ある意味日本は世界で一番ジオラマ作りに向いている国と言えるかも知れない。

100円ショップのみで買った模型用材料ストックの一部。ジオラマ制作に正解はない。何を使って箱庭世界を構成するかはアイデア次第だ。

塗装の時にパーツを固定するのに使う道具も全て自作したもの。猫の爪研ぎと電極のクリップと竹串で作っている。

最近は木の枝や石などの自然材料も色々売っている。模型のスケールに合わせて切り分けて大きさで整理すると使いやすい。

現実には難しいこだわりの車も自由に選べる

今回VAN LIFEのジオラマを作るにあたり選んだ車種。それはやはりフォルクスワーゲン タイプ2 マイクロバス、いわゆるワーゲンバス。もともと本国ドイツやヨーロッパでは商用などの実用車として使用されていたのだが、1960年代後半アメリカで起こったフラワームーブメント以後、若者たちに愛されヒッピーカルチャーを象徴するアイコンとなった車だ。

現代においても世界的に人気は健在で、中古車価格も非常に高いし古い車なので維持も大変。僕も昔から憧れてはいるが、なかなか実際に手に入れるのは難しい。旅を模型で再現するに当たって、この車以上にぴったりなものはなかなかないと思う。自分で世界を作れるジオラマ制作なら、現実では難しいことも自由に表現することができる。

今回使用したのはハセガワの1/24モデル。ドイツのレベル社製のものなどもあるが、こちらはより安価で組みやすいキット。

カーモデルは塗装前の作業が重要。ヒケと呼ばれるパーツの凹みなどを目の細かいヤスリで削って消し、下地塗料のサーフェイサーを吹いて細かい傷を埋める。

色はスタンダードな赤色でいくことにした。作業にはエアブラシを使っているが、スプレー缶などでも十分完成させることはできる。

赤く塗った部分をマスキングし、その後上半分の白い部分を塗装する。車内の椅子は本当は三列なのだがVAN LIFE的に荷物が載るよう2列にした。

塗装した表面をさらに目の細かいヤスリとコンパウンドで研磨し、ワックスを塗ると風景が映るほど光沢感が出てくる。

表面の筋彫りに塗料を入れるスミ入れ、汚し塗装のウェザリング、今回はマットに仕上げたいのでツヤ消しスプレーなどを吹いてボディは完成。

再現する情景は自由自在、どれだけ凝るかは自分次第

季節が春から夏に向かい、開放感ある印象的な情景を作りたい。そんな時に真っ先に思い浮かんだのが、この2月に旅をしたゴアのビーチだった。ヒッピーの聖地と呼ばれるその場所を、ワーゲンバスで旅できたらどんなに楽しいだろうか。

赤土の砂浜、生茂る椰子の木などを自作し、仕上げとして岩礁にはインドから持って帰った本物の現地の石を置いてみた。実際に潮が引いたゴアの砂浜は意外と岩場が多かったからだ。砂浜に車で突っ込み、アラビア海に沈む夕陽を見ながら焚き火で仲間たちとキャンプする。そんな最高の情景を再現するためにLEDライト(これももちろん100円ショップのもの)を仕込み、光景でも臨場感を追求してみた。細部に神は宿る。ジオラマ作りはこだわればこだわるほど確実にその手間に応えてくれるのだ。

2020年の2月に旅した時に撮影した、高台から見たゴアのビーチ。土は赤黒く、意外と岩場が多くて椰子の木が生茂る。

せっかくなら土台もかっこいいものにこだわりたい。使わなくなったレトロな本棚の底板を使うことにした。錆びた鉄板も味がある。

建築資材のスタイロフォームを発泡スチロールカッター(これももちろん100円ショップ)でイメージする海岸線の形に合わせてカットする。

潮が引いたビーチの写真などを参考に紙粘土で地形を作っていく。表面には本物の砂、小石を配置。塗装でインドの赤土を表現する。

クレープ紙と造花用の針金、パテなどで椰子の木を自作した。身の回りにあるものを何でもアイデア一つで利用できるのがジオラマ作りの魅力だ。

今回情景をよりドラマチックに再現するために、ヘッドライトと焚き火にはLED電球を仕込んだ。

少し手を加えるだけで、この小さな世界が様変わりする。

紙の本で読んだり画面で見たりするものと、立体で目の前にあるものではやはり存在感が違う。

ジオラマ作りは世界を理解するための最良のツール

ジオラマとは情景のこと。小さくともその空間で完結した一つの世界に他ならない。どこに行かずとも好きな情景を創造できるが、リアリティのためには普段からの観察力がモノを言う。地面、路上、鉄錆や植物など日常から色々意識して見ることが大切。廃車など、それまで何気なく見過ごしていた景色の見方が変わる。

ハードルの高い趣味と思われがちだが、今ではネットなどですぐに画像検索もできるし、いざ作り始めると特に決まったルールも無く、思ったより自由なものだとすぐ気付く。最初はうまくいかないこともあるだろうが、手作業の失敗はデジタルの失敗と違って楽しいから不思議だ。さあ、あなたも自由な世界の創造主になろう。