産業革命時代、テラリウムの歴史は偶然から始まった
観察の途中、日中は瓶の上部に湿気が昇り、夕方になると水分がカビと土壌に循環して戻っていることにワード氏は気が付いた。ワード氏をさらに驚かせたのは、瓶の中に一緒に入れておいたシダが成長している事だった。
ワード氏は、水を与えなくても瓶の中で植物が育つのを観察し続けた。やがて彼はこの発見を文書にして出版し、植物を収め育てるための密閉できるガラス容器を開発することになる。これは『ワーディアン・ケース』と呼ばれ、テラリウムの元祖となった。
その時代、温室は既にあったものの散水や植物の世話など人間の干渉が必要であったため、小規模なものは存在していなかった。しかしワーディアン・ケースは自己調節のプロセスで湿度を維持する事が出来、散水を必要としなかった。実際、1851年に行われたロンドン万国博覧会では、18年間一度も散水されていないワーディアン・ケースが展示されている。
その後ワーディアン・ケースは『テラリウム』と名を変えて1970年代や1980年代、そして今、再び世界中でブームとなっている。テラリウムが流行となったのは、ワード氏がワーディアン・ケースを発明した産業革命時代、そして高度成長期や資本主義経済の時代、そして現在の情報化時代。
機械や思想が人間の想像を遥かに超えて飛躍した時代に、人は植物による癒しが必要となるのかもしれない。
植物を育てるのが苦手な人にこそ勧めたい
しかしモステラリウムは、そのような人にこそ勧めたい。植物は家に迎え入れた時からその世話はずっと続く。水やりの頻度を調べ、日照時間を考慮し、季節ごとのケアをしなくてはならないガーデニングや観葉植物の世話と異なり、モステラリウムは殆ど手間がかからない。
モステラリウムの主役、苔を育てるために必要なものは水と空気、そして光り。初めに湿らせた土と苔を瓶の中に入れておけば苔は自身で循環するため、2~3週間に一度ぐらいしか水やりは必要ではない。苔や土に触れて、乾いていたら水をあげるだけで充分なのだ。次に空気。密封容器で苔を育てていると水分が増えすぎ、瓶の中が水蒸気で曇ることがある。そんな時は一日に一回、5分間ほど蓋を開けてやると良いだろう。
最後に光り。苔は光合成からエネルギーを生成するため、適度な日光を必要としている。乾燥を防ぐため直射日光に長時間当たるのは避け、間接日光が当たる場所へ。もしくはLEDライト、なければ白熱電球が直接ではなく適度に当たる場所へ置いておけばOK。苔が成長したら軽くトリミングをするだけで良いという手軽さなのだ。
選ぶ楽しみ、作る楽しみ、見る楽しみ
苔や石などが近場では手に入らない、と言う方のために、今はキットが数多く販売されている。好みのかたちや大きさの瓶を選んで、そこへどのようなシーンを描くか想像し、その風景に似合った苔を選んでみよう。瓶のサイズを考慮して苔のバランスや石や木の配置を考え、お気に入りのフィギュアやミニチュアの模型を配置するのも楽しい。
直接瓶の中に配置するよりも、予め瓶のサイズを測った紙などの上で事前に構図に合わせて苔や石、フィギュアを配置してみてから、その後に瓶の中へ同じように作成していくのがおすすめだ。
モステラリウムの良いところは、気に入らなければ何度でもやり直しができるところ。再現してみたい風景や、取り入れてみたい画像などを参考に、創造力を活かして作ってみたい。
その後の水やりは土が乾いて来たらで充分で、逆に水をやり過ぎると苔が腐ってしまうこともあるので注意して欲しい。万が一、苔が腐ってしまった場合はすぐに取り除き、カビが付着した土なども変えること。その場所には新たな苔や石などを埋めておこう。
自然の効果を感じる旅は、家の中の小さな庭園へ
自分で作ったテラリウムは、自身が創造主となった小宇宙。一日の終わりや作業に疲れた時にモステラリウムを眺めると、自分で作り上げた庭園の中で息づく生命たちが心を癒してくれるだろう。
自然の中に身を置くだけで、あるいはただ眺めるだけで心が癒され、落ち着いて行く。森や山へ出向くチャンスがない時は、自宅で机上に置かれた緑あふれる庭園へ訪れてみよう。一人暮らしの住まいの中でみずみずしく生き続けるモステラリウムは癒しと潤い、そして充実感を与えてくれる。
瓶の中で息づくささやかなサンクチュアリ。モステラリウムは眺めるたびに心を森の中へ誘う力を持っている。