現在世界は写真で溢れている。デジカメやスマホの普及により誰もがカメラマンに、SNSの普及により誰もが発信者になれる時代。しかしそれらの写真はあまりにも、人に見てもらうための写真に偏りすぎていないだろうか。観光地を訪れて絵葉書と同じ写真を量産するのではなく、本来写真撮影はもっと個人的な行為だ。映えを狙うあまり、撮影そのものが手段では無く目的にもなってしまう事が増えているように感じる。しかし写真のその先、撮影によって引き起こされる出会いはきっとあなたの旅を輝かせる。豊かな旅は、あなたの日常をも豊かにする。
四国というローカルを拠点に写真活動をしている
筆者が東京から高松に帰ってきて早10年。香川県は讃岐うどんや金比羅山はもちろんだが、昨今現代アートでも有名な観光地となっている。地中美術館のある直島や、2010年から始まった瀬戸内国際芸術祭に世界中から人が訪れるようになっているのだ。
瀬戸内の船を電車を乗り継ぐように使って移動し、現在は町と自然が近い地方都市の暮らしを満喫している。しかし人は何にでも慣れてしまうもの。今いる場所の良さを再認識するには、都会にいても田舎にいてもやっぱり旅に出るのが一番手っ取り早い。そして僕を旅に駆り立てる強い動機は人との出会いだ。
四国八十八ヶ所の文化では、お遍路さんは旅の途上で空海に出会うと言われている。旅とは結局、誰と出会ってどんな話をしたかで記憶しているもの。そしてカメラは人との出会いを創出してくれる最強のコミュニケーションツールだ。見ず知らずの人に声をかけるのにも、カメラさえあればそこに必然性が生まれる。
単焦点レンズ一本を持って旅に出る
旅に持って行くものはできるだけ少なく、そして荷物は軽くしたい。そのためにはカメラもシンプルに。僕がいつも持って行くのは一眼レフのカメラに一本のレンズだ。それは焦点距離50mmの単焦点レンズで、それは写真の世界では標準レンズと呼ばれているもの。
標準レンズは昔から人間の肉眼に一番近いと言われていて、歪みの少ない見たままの自然な写真を撮ることができる。何より単純な構造なので小さく軽く、しかも概して安いので何かあった時にも安心と旅にはうってつけ。一般にスマートフォンのレンズは28mmの広角レンズで、みんな世界を広く切り取った画像に慣れてしまっているが、本来それは不自然なものなのだ。
標準レンズ一本で旅をすることは最初は不安かも知れない。しかし現代ならどうしても広い写真が撮りたかったらスマホに任せればいいだけのこと。せっかく一眼レフを持って旅に出るなら、ただの記録では無くカメラでしか撮れない写真を残そう。
経済発展を続けるインドで出会った最高の笑顔たち
かつて数多の旅人が目指して来た国と言われて、一般にまずイメージされるのがインドではないだろうか。ヒンドゥー教やカースト、ヒマラヤで修行するサドゥーなどの濃いイメージが強いこの国だが、現在中国に継ぐ経済大国として年々その存在感を増している。今まで散々世界を放浪して来たのに、インドだけは典型的な自分探しのバックパッカーみたいで敢えて避けて来た場所。30代最後の年になってそういった余計な自意識も失せ、体力に余裕のあるうちに今のインドを見ておきたいと痛烈に感じた。インドでは乾季の2月がベストシーズン。僕はカメラ1台をバックに放り込み機上の人となった。
インド最大の都市ムンバイのカオス
映画『ホテルムンバイ』や『スラムドッグ&ミリオネア』の舞台ともなったインド西部の大都市ムンバイ。イギリス植民地時代の建物や近代的なビルディングの足元には未だにスラムが点在し、道路の高架下や歩道橋に暮らす家族もいれば、ベンツやレクサスなどの高級車に乗りスーツを着たインド人もいる。
人口1200万人のメガシティは巨大で掴みどころが無いが、単焦点レンズで切り取られた写真を帰ってから見てみると、初めて訪れるインドに圧倒されていた当時の記憶が鮮明に蘇ってくる。タクシーの車内など、安全圏から撮った写真が多くポートレートもまだ相手に飲まれている雰囲気。旅のエンジンがまだかからず、情報量の多い状況に反応するだけで精一杯だったのだろう。
実はプロのカメラマンでも人に声をかけて撮るのは苦手という人も多い。それに声をかけてまで撮りたいと思う相手は、実際にそういった目で世界を見出すと案外少ないものだ。今まで数多の写真家が挑んだインドは、2020年になってもやっぱり手強かった!
辿り着いたインド最小の州、楽園ゴア
ネパールのカトマンズ、タイのカオサンなどと並びバックパッカー、そしてヒッピーの聖地と昔から呼ばれてきたゴア。かつてポルトガル領だったこともありヒンドゥー教徒よりキリスト教徒が多く、飲酒にも寛容な土地柄がアラビア海に面したロケーションとマッチし、ハイシーズンにはインド全土は疎かヨーロッパやロシア、イスラエルなどからも観光客が訪れるリゾート地として発展している。
かくいう自分も学生時代に流行ったゴアトランス 、スタジオマン時代によく見ていた半沢克夫さんの写真集『INDIA』など、人生の節目節目でゴア発のものに影響を受けてきた。体力に無理が効く30代最後の年にして、やっと訪れることができた念願の地は瀬戸内のように自然豊かなインドのローカルだった。人もおおらかで距離が近く、写真を介して始まる会話と旅の出会いが気持ちを加速させる。
海外の一人旅は、下手をしたら買い物以外は1日中他人と喋らないこともあるが、写真はそんな退屈な旅を変えてくれる。それこそが観光地巡りだけではない、誰にも真似できないオリジナルの旅体験。ポートレート撮影で大事なのは何よりフェアだということ。素直にあなたを撮らせて欲しいと相手へのリスペクトを込めて伝えれば、そこから会話は自然と始まる。
全ての写真はセルフポートレート
カメラを持っての一人旅は楽しいが、一つだけ撮れないものがあるとすれば、それは自分自身の姿だろう。しかし旅先で出会った人たちのポートレートを見ていると、その時の自分の感情が不思議と蘇ってくる。それは気取ったセルフィーなどでは決して表現できない、真に個人的な写真体験だ。声をかけて相手と向き合う時、こちらが笑顔なら相手も笑顔、こちらが疲れていたら相手も心なしか疲れた表情になるもの。被写体は写し鏡のようなものであり、全ての写真はある意味セルフポートレートとも言える。
今改めてインドを旅した時の写真を見ていると、その時のリアルな感情が蘇ってくるようだ。
僕たちは日々の生活のルーティンの中で、何が当たり前で何が当たり前でないかをつい忘れ、目の前で起こっている美しい瞬間を見逃してしまう。旅はその錆びついた感覚をリセットし、日常に新たな気付きを与えてくれる。例えばインドは大陸特有の空気で埃っぽく、いつも風景に薄い幕が一枚かかったようだった。
遠くに行けば行くほど世界は広く、地球には様々な人が住んでいることを知る。短い人生の中で、その全てと関わることは不可能だ。行ける場所、出会える人は限られていると知るからこそ、一期一会を大切にしたい。
宮脇慎太郎
1981年香川県高松市生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業後、日本出版、六本木スタジオなどを経て独立。大学在学時より国内外への旅を繰り返し、2009年より本格的に高松へ活動の拠点を移す。辺境の聖性をテーマに生活と密着した風景やポートレートの撮影に取り組んでいる。2012年よりBookcafe solow主宰。2015年、日本三大秘境祖谷渓谷を撮り続けた写真集『曙光 The Light of Iya Valley』をサウダージブックスより出版。写真を大幅に追加してのバイリンガル版『霧の子供たち』も2019年に出版した。次作に初のノンフィクション『ローカル・トライブ』、宇和海沿岸を撮り続けた『rias land』などを予定している。瀬戸内国際芸術祭2016、2019公式カメラマン。香川県文化芸術新人賞受賞。
CURATION BY
四国はうどん県在住のフォトグラファー。半農半猟をモットーに米作りと狩りとしての撮影行為に励む日々。高松のBookcafe solow主宰。