Vol.146

KOTO

10 JUL 2020

お気に入りの本に、新たな価値を。手製本の世界

「手製本」というものがある。1枚の紙を裁断するところから、職人の手で1冊1冊作り出される本には、機械製本にはない深い味わいがある。伝統的な製本方法で作られたノートや、手のひらに乗ってしまうような小さな豆本。既存の文庫本を自分の手でハードカバーに作り変える文庫改装本というものもある。デジタル化が進み、電子書籍の存在が当たり前になった現代。そんな時代に物体としての本は廃れていくのだろうか、それとも生き残っていくのだろうか。生き残るとすれば、どんな本が残っていくのだろうか。今回はそんな「手製本」の世界に触れてみたいと思う。

手製本の魅力

フランスにはルリユール(製本職人)と呼ばれる職人が存在する。昔のフランスでは、本というものは紙の束を簡単に綴じただけの仮製本と呼ばれる状態で売られているのが当たり前だった。購入者はそれをルリユールの元へ持ち込み、好みの装幀を施していた。そうして作られた革装本の背表紙を書庫へずらりと並べるのがステータスだった。

専用の道具を使いながら手作業で綴じていく。
フランスのみならず日本でも、和綴本や折帖など、本は様々に発展してきた。そして活版印刷や機械製本の発達とともに、機械で作れないタイプの本はどんどん姿を消してきた。そして次は、電子化の波で物体としての「本」という存在が揺らぎ、消えかけている。

物体としての「本」の良さとは、何なのだろう。すり切れ、色褪せた表紙。何度も読み聞かせしてもらった絵本。読みながら引いたアンダーライン…。いろいろなものがあると思うが、その良さのひとつに、「自分だけのものを創り出す喜び」を付け足したい。

例えば著作権の切れた文豪の小説を掲載しているサイト「青空文庫」から、夏目漱石の「夢十夜」を借りてくる。「夢十夜」は、第一夜から第十夜までの10章からなる短編小説だ。いずれの章も「こんな夢を見た。」という出だしから始まる。これをどんな風に本にしたら、面白いかと考える。

A4用紙1枚をいっぱいに使って、第一夜を打ち出してみる。ペラリとめくって2枚目に第二夜。文豪の物語だから、フォントは和風なものがいい。一夜ごとに紙の色を変えてみるのはどうだろう。いやいや、紙っぺら10枚で終わらせるのも面白くない。手のひらサイズの小さな本にすれば、この短編小説も立派な厚みのある本になるのではないか。となれば、挿絵も欲しい。表紙のデザインはどうしよう…。

そうして本を自分の手で、自分の解釈で作り出すことができたとしたら?きっとその本をより深く理解し、楽しむことにつながるのではないだろうか。そんな自由な楽しみが、手製本にはある。

「コプティック製本」の機能美

中身ばかりではない。機械製本ではない、職人が一冊一冊手作りする本という存在自体も、とても味わい深い。

コプティック製本のノート
紀元2世紀から3世紀のエジプトで、コプト教徒と呼ばれる人々が聖書を閉じるのに使った「コプティック製本」という技法がある。見た目が美しく、機械製本には真似のできない手作り感のある技法で、海外の手製本作家の間では好んで用いられている。

かつては木の板を表紙に、羊皮紙を本文に作られていたこの技法。原始的なこの技法で作られた本には、聖書を守るための工夫や美しい装飾が随所に散りばめられている。通常、ハードカバー本は背がしっかりと固定されている。本を綴じるための麻糸に加えて、補強のための寒冷紗(かんれいしゃ)、開きを良くするためのクータと呼ばれる紙、厚紙などでガッチリ固められているのが通常だ。

ところが原始的な製本方法であるコプティック製本にはそれらの構造がほぼ存在しない。背に補強のため蛇腹状の紙を入れる場合もあるが、基本的には本文を縫い止める麻糸と、花布(はなぎれ)のみで構成されている。

コプティック製本の花布
花布は、現代のハードカバー本では紙の折り目を隠すただの飾りだ。本を真上から見ていただいた時に、栞紐の付け根あたりに色が違う部分がある。これが花布。ところが、これがコプティック製本では「本を保護し、形崩れを防ぐ」という元々の役目で機能している。

これにより現代のハードカバー本ほどではないが、市販のキャンパスノートのような中央に縫い目があるだけのものに比べれば、圧倒的に頑丈な構造になっている。しかもこの花布、刺繍のチェーンステッチのような美しい姿をしている。

ドイツ装、プララポルテ製本、リボンリンプ製本、和綴じ…。製本方法には数多くの種類がある。手のひらに乗ってしまうような大きさの豆本や、蛇腹状のもの、三角形のものなど、大きさや形も様々。素材も革、布、紙、木と自由自在だ。

「文庫改装本」で本の新たな価値を見出す

初心者でも挑戦しやすい手製本に「文庫改装本」というものがある。何度も読み返してきた文庫本の角がすり切れてボロボロになってしまった…。そんな経験はないだろうか。そんな愛着のある1冊を自分の手でハードカバーに生まれ変わらせることができるのだ。道具や材料は通販でも入手可能。ワークショップなども開催されている。

文庫改装本に使用する材料。左側からでんぷんのり、木工用ボンド、表紙になる紙、文庫本、見開き用の紙、2mm厚と1mm圧のボール紙、クラフト紙(クータ用)、寒冷紗、栞紐、花布。
これらの材料の他に必要なものがあとひとつ。度胸だ。文庫本をハードカバー本として改装し、生まれ変わらせるためには、大切な本の表紙を自らの手で一度破り取る必要がある。そして表紙のデザインを自ら作り出さなければならない。

大切な本であればあるほど、この「壊し、再構築する」という行為は勇気のいる作業だ。だがその分、その本に対する想いや解釈が浮き彫りになり、面白いものでもある。自分にとって本当に大切なものは何か、残すべきものは何か、試されているような気持ちになるかもしれない。

今度の週末は文庫改装本にチャレンジ

今回は宮沢賢治の名作、「銀河鉄道の夜」(新潮文庫)を実際に改装本にしてみようと思う。

表紙を剥ぎ取る。この瞬間が一番緊張する。

中身の部分を作っているところ
本の端に薄くボンドを塗り、見返しを取り付ける。背に補強用の寒冷紗、栞紐、花布、クータの順で取り付ける。これで中身は完成だ。こんな構造があることを知ると、本が愛おしくならないだろうか。

栞紐は、本の対角線の長さ+1cm程度の長さになっている。花布はかつて絹糸で編まれていたが、現代はリボンのような形になっているものを貼り付けるのが普通だ。

よく書店で売られている本は、背の丸い「丸背」と呼ばれる構造をしている。対して今回作るのは、文庫の形に合わせた「角背」と呼ばれる構造だ。

本を大きく開いた時、本の背の部分は弧を描く。一方で角張った背表紙の部分は動かない。形の異なる二つの構造を繋ぐ蝶番のような役割を果たすのが、クータという構造だ。筒状に折った丈夫な紙で、今回はクラフト紙を用いている。

表紙の部分を作っているところ
次は表紙用の紙に厚紙をくるみこみ、表紙を作る。

今回の表紙のデザインはフリー素材をIllustratorなどの画像編集ソフトで加工し、印刷したものを用いた。市販のプリントペーパーや和紙を使うこともできる。タイトルは印刷した紙を貼ったりシルクスクリーンやステンシルを使って入れることもできるし、無理して入れなくてもいい。

例えば梶井基次郎の小説「檸檬」を製本するなら、タイトルをなくし、代わりに雑誌から切り抜いてきたレモンの写真をコラージュしてみても面白いだろう。タイトルの代わりに印象的な一説を入れるのもいい。そんな工夫が作る本にいっそうの愛着をもたらす。

貼り合わせるのに使う糊は、木工用ボンドとでんぷんのりを半々で混ぜ、塗りやすいように少し水を加えたもの。木工用ボンドだけだと速く乾きすぎてしまい、全面に塗り広げる前に乾いてしまう。でんぷんのりを混ぜると乾きが遅くなるので、落ち着いて作業ができる。

紙を糊で濡らすと紙が膨張してシワだらけになるが、心配いらない。乾くと再び紙が縮み、ピンと張ってくれる。しかしこの時「紙の目」を見誤ると、ひどい歪みが出てしまうことがある。

紙には木目のように紙目というものがある。例えば新聞紙を破った時を思い出してほしい。すんなりまっすぐ破れる向きと、そうでない向きがあると思う。画用紙やボール紙など、他の紙にも同じように紙の目というものが存在しているから、こんな現象が起きてくる。製本の時の紙目は基本的に、歪みが出ないよう全て縦で揃えている。

表紙と中身を貼り合わせているところ
表紙と本文を合体させる。あとは本が反ったり歪んだりしないよう、重石をおいて丸一日以上乾かすだけだ。慣れれば作業開始からここまで、1時間ほどでできる。

乾いたら表紙の仕上げをし、完成
星の位置に穴をあけ、光が透けるようにしてみた。背表紙をライトにかざしてみれば、星空が浮かび上がるという仕掛け。こんな仕掛けを施せるのも手製本ならではの楽しみだ。本棚に飾り、その佇まいを眺めているだけでも、気持ちが高揚するだろう。

本当に大切な1冊を探してみる

日本ではあまり知られていない、「手製本」というジャンル。文庫改装本は初心者でも挑戦可能で、形として手元に残す本を見直すまたとない機会となる。それに本の構造を知ることで、本がもっと好きにならないだろうか、飾りたくならないだろうか。

機械印刷が当たり前になった時代においても手製本がなくならなかったように、電子書籍が当たり前になった時代でも、物体としての本はおそらくなくならない。きっとこれからの本は内容だけにとどまらない、見ているだけでも美しい、工藝品としての価値も新たに見出されていくのだと思う。

情報やモノが溢れる現代社会において、本当に自分に必要なもの、残しておきたいモノを見定めるのは、容易ではない。誰しもが特別な想いを抱く特別な1冊を、自らの手で加工しバイブル的な存在へ昇華させる。

かつてフランスの貴族たちが、製本職人にこぞって本を作らせたように、再び手製本を作る時代が来るかもしれない。そんな世界に一冊しかない本が、自分の本棚にあったとしたら。それは一人暮らしの生活や空間に張りを与え、自分自身のこだわりに繋がっていくのだろう。