Vol.712

FOOD

12 DEC 2025

チンするだけでプロの味。発酵ソースが主役の「おうちで発酵レストラン」

発酵は、いまやブームと呼べるほどの広がりを見せている。街を歩けば「発酵」の文字を見かける機会も増え、健康や美容への期待だけでなく、「カルチャーとしてかっこいい」と受け止められるようにもなった。そんな中、金沢の老舗・四十萬谷本舗が手がける「おうちで発酵レストラン」は、伝統の食材を用いながら、新しい発酵の可能性を感じさせてくれる一品だ。今回はその開発の背景やこだわり、そして発酵ブームの陰にある業界の課題について、六代目店主・四十万谷正和さんにお話を伺った。

酒粕や糀を活かした、新発想のごちそうソース

発酵好きなら、聞くだけでワクワクするようなネーミングだろう。「おうちで発酵レストラン」は、石川県の郷土料理「かぶら寿し」や「大根寿し」で知られる四十萬谷本舗が、同じく金沢市内にあるイノベーティブレストラン「A_RESTAURANT」と共同開発した、発酵を新しいかたちで味わえる一品だ。

「おうちで発酵レストラン」は、一度に2種類を味わえる贅沢なセット

それぞれ異なるソースで味わうタラとサケがセットになっており、ふっくらとした食感に仕上げられている。そしてとくに印象に残るのが、新感覚のソースだ。「家庭ではつくれない味」を目指し、最初に決まったのがこのソースだったという。

タラには「オマール海老発酵ソース」が合わせられている。これは、アメリケーヌソース(フランス料理の濃厚なエビのソース)に、地元・吉田酒造店の銘柄「手取川」の酒粕を加えて仕上げたもの。濃厚なソースの味わいを活かすために、あえて淡白なタラが選ばれた。

酒粕のコクを効かせたエビのソースが、淡白なタラにぴったり
一方、サケに使われている「糀ポテトソース」には、かぶら寿しを漬けた漬け床を使用している。お米と糀をベースにつくられ、栄養価が高く、かぶら寿しの味の決め手でもある漬け床だが、これまでは多くが有効活用されていなかった。これをソースに活用できないかとシェフに相談したところ、「ポテトと合わせるとクセが抑えられ、まろやかで美味しくなるよ」という提案があり、生まれたものだ。ほかの魚も試したが、鮭との相性が抜群だったという。

かぶら寿しを漬けた後の漬け床も、本来はおいしく食べられるもの
調理はとても簡単。冷凍のまま袋に切り込みを入れて、電子レンジで温めるだけ。すでに魚には火が通っているため、火加減の心配もない。レンジの機種によって温まり具合に差があるため、加熱時間は目安を参考にしながら調整し、熱々の状態で食べるのがおすすめだ。

箱から出して、レンジで加熱するだけ。わずか数分で食卓に並ぶ
また、セットには国産小麦100%使用のパンが含まれているのもうれしいポイント。ソースは想像以上にたっぷり入っており、パンにもたっぷりソースを絡めて食べることができる。

発酵の再発見。シェフとの出会いで広がった可能性

四十万谷さんと「A_RESTAURANT」の今(こん)シェフが出会ったのは、金沢市が旧小学校を改修・増築して整備した「金沢未来のまち創造館」の4階にある、食の研究拠点「金沢食藝研究所」だった。

商品開発に向けて意見を交わす、四十万谷さんと今シェフ
この施設では、地元の食文化を探求し、新たな価値を生み出すことを目的にさまざまな活動が行われている。四十萬谷本舗も今シェフとともに、アレンジレシピをイベントで披露するなど、世代を超えて発酵文化に親しんでもらう取り組みを続けてきた。

バインミー風のオープンサンド
たとえば、秘伝の「金城漬け」を使った肉の炒めものや、甘酒とミントのソースをかけたバインミー風のオープンサンド。さらに、あえて発酵を進めたかぶら寿しにわさびと醤油で味付けし、金城漬けをトッピングしたちらし寿し風のアレンジなど。伝統の発酵食が、今シェフのアイデアで思いがけない料理に生まれ変わっていった。

発酵かぶら寿しのちらし寿司
こうした取り組みを通して、発酵そのものの可能性を感じると同時に、見せ方や提供の仕方を工夫すれば、より多くの人に興味を持ってもらえるという手応えを感じたという。「これを製品化すれば、地元の発酵にもっと親しんでもらえるのではないか」——そんな思いから、今回のプロジェクトが始まった。

地域の発酵を活かし、手軽に食卓の主菜に

開発にあたって、最初から意識していたのが、簡単に調理できて、日々の暮らしに取り入れやすいこと。そこから生まれたのが、「電子レンジで温めるだけで食べられる商品」という発想だった。

解凍の手間がいらず、すぐに調理できるのもうれしい
もうひとつ、地域の発酵に光を当てることも大きなテーマだった。地元の食材をできるだけ活かしながら、食卓の主役になることを目指して、さまざまな肉料理や魚料理の試作を繰り返した。その中で、第一弾として選ばれたのが、四十萬谷本舗が日ごろから扱い慣れている魚だった。

シェフとともに何度も試作を行った。また、製品化の段階や社内試食の際には、四十万谷さん自身もたくさんの魚を焼いたという
今回のプロジェクトで特徴的だったのは、開発の初期段階から工場で働く製造メンバーがチームに加わったことだ。四十萬谷本舗にとって、レンジ調理の冷凍商品は新たな挑戦だった。実際の製造工程を見越して進める必要があり、製造メンバーもレストランでの試食会に参加し、「味や組み合わせはどうか」「工場ではどう再現できるか」といった意見を交わしながら、一緒にレシピを形にしていった。

「どれも本当においしかった」という試食の中から、ベストなものが選ばれた
調理工程の中で、とくに苦労したのが魚の火入れである。フライパンで焼くと身が硬くなりやすく、家庭のレンジで仕上げようと思うと、調整が難しい。安全性とおいしさを両立させるため、蒸し焼きにすることを提案したのは、製造メンバーだ。何度も温度と時間を調整しながら、ふっくらとした仕上がりを実現したという。

また、レストランの複雑なレシピを、味わいはそのままに、量産可能なかたちへ落とし込むのにも苦労があった。素材をできるだけ絞り、工程もシンプルにしつつ、味にはこだわり、家庭で手軽にレストランの味を楽しめる一品が完成した。

A_RESTAURANT内観。開発メンバーの試食会もここで行われた

時代とともに進化する老舗。根底にあるのは、真摯なものづくりの姿勢

四十萬谷本舗では、伝統的な発酵食品をつくりながらも、新たな挑戦を続けてきた。「おうちで発酵レストラン」もそのひとつだ。明治8年の創業から150年以上の歴史があるが、「老舗だから守らなければならない」といった家訓のようなものは意外にもないという。

実際、創業当初は菜種油や魚、木材などを扱う商社からスタートし、その後は味噌や醤油づくりを手がけるようになった。戦時中には軍の指令で沢庵づくりを始めたことで漬物屋となり、四十万谷さんの祖父の代に「金城漬」や「かぶら寿し」といった現在の看板商品が誕生した。

地域の人に愛され続ける「かぶら寿し」。かぶとブリを使った冬のごちそう
一貫して大切にしてきたのは、時代とともに移りゆくニーズの変化に対応し、真摯なものづくりで価値を提供し続けることだ。「時代が変わるなら、商売も変わっていい」と言われて育ったという四十万谷さん自身も、商売のかたちにとらわれたことはないと話す。

ここ10〜20年のテーマは、「漬物屋」から「発酵食品メーカー」への転換だった。地元食材をふんだんに使った野菜ジェラートや、能登産のふぐや国産ブリを塩糀に漬けて炙りで仕上げる「塩糀炙り」シリーズなど、発酵の力を活かした新商品の開発にも積極的だ。

季節限定のかぶら寿しの漬け込み体験は、毎年人気のコンテンツ
また、自社農園では「かぶら寿し」に使うかぶの栽培から手がけ、季節ごとにかぶら寿しの漬け込み体験や糀を使った漬物づくりのワークショップも開催する。本店では予約制でランチやカフェも提供し、体験や飲食を通じて、発酵文化を立体的に届ける取り組みを進めている。

予約制で楽しめる発酵ランチ。四十萬谷本舗の人気商品も登場する

「おいしい」を入り口に、発酵の世界をもう一歩掘り下げてみて

今や「発酵」は、世界のトップシェフたちが注目するキーワードのひとつになっている。海外では糀を自作したり、研究に取り組んだり、発酵をテーマに本を出版する人も増えているという。四十萬谷本舗にも、「日本の発酵を学びたい」と、世界中からプロの料理人や研究者らが訪れることもあるそうだ。

本店の内観。明治初期に建てられた商家の造りを今に残す、趣のある空間
これほどまでに発酵が光を浴びている一方で、昔ながらの味噌や日本酒といった発酵食品は、国内での消費量が年々減少している。かぶら寿しのように地域に根ざした発酵食品も、同じような悩みを抱えているものが多いという。さらに、原材料や人件費の高騰、生産者の高齢化といった課題も深刻だ。特に中小規模のメーカーの中には、ものづくりを続けることが難しくなっているところも少なくないのが現実だ。

それはつまり、私たち消費者にとっても、食の選択肢が減るかもしれないということでもある。今は、大手メーカーの大量生産品から、地域に根ざした小さな蔵のものまで、さまざまな商品が手に入る。しかし、つくり手が減れば、その選択肢も失われてしまうかもしれないのだ。

では、私たちにできることは何か——。四十万谷さんは、「買って使ったり、食べたりすること。それから、自分でつくってみること。この2つがつくり手にとって一番うれしいよね、という話は、発酵食品のつくり手の皆さんともよくしています」と話す。

かぶら寿し体験の仕上がり。発酵は難しそうと思われがちだが、こうした手軽に参加できる体験で試してみるのも良いだろう
なんといっても、買うことが一番シンプルで大きな応援になる。それに、味噌でも、ぬか漬けでも、一度仕込んでみれば発酵がぐっと身近になる。そうして関心を持つことが、結果的につくり手を支えることにもつながるのだという。

特別な日にも、手軽にプチ贅沢したいときにもおすすめ
「おうちで発酵レストラン」は、改めて発酵の魅力に気づかされる一品だ。そのおいしさを満喫しながら、「こんな活かし方があったのか」と驚き、そして、もう一歩、発酵の世界に踏み込んでみるきっかけになればうれしい。

四十萬谷本舗|おうちで発酵レストラン

おうちで発酵レストランセット(A_RESTAURANTコラボ):3,186円(税込、送料別)
公式オンラインショップ:https://www.kabura.jp/products/detail/412

A_RESTAURANT

「食のミュージアム」をコンセプトにした、完全予約制のイノベーティブなレストラン。伝統と革新を融合させた未知の料理体験を提供する。
公式サイト:https://a.restaurant.co.jp/

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