Vol.620

FOOD

24 JAN 2025

見ているだけで幸せになれる。とろけるチーズ、ラクレットの魅力

とろりと溶けるチーズを眺めているだけで、思わず頬がゆるみ、しあわせな気持ちになれるのはなぜだろう。幼い頃に観たアニメ「アルプスの少女ハイジ」で、アルムおんじがハイジのために焼いてパンにのせたとろけるチーズに、憧れを抱いた方も多いのではないだろうか。実はこのチーズ、スイス発祥の「ラクレットチーズ」と呼ばれるものだ。想像上の産物ではなく実際に食べられるとわかったとき、私の心が踊ったことは言うまでもない。今回は、このラクレットチーズについて紹介したい。

古代からある、チーズの歴史

野菜やソーセージにかけたラクレットチーズ
栄養が豊富なミルクを保存するための知恵として生まれたチーズ。その歴史は古く、紀元前5000年頃のポーランドの遺跡から、チーズを作った痕跡が見つかっているという。さらに誰もが知る古代メソポタミアの壁画には、乳を絞ったりチーズやバターを作ったりしている様子まで描かれているそうだ。

筆者が現在暮らしているフランスでも、チーズづくりは古代ローマ時代から既に行われており、誇るべき食文化のひとつとなっている。チーズは地方によってさまざまに進化し、現在あまりの多様さに全部で一体何種類あるのか、正確な数字は把握できていないそうだ。246という研究者もいれば365、あるいは1000を越すと唱えている調査もある。そんなチーズ大国とも呼んで差し支えないと思われるフランスにて、パーティーなど、人が集まるシーンで用意されるのがラクレットチーズだ。

スーパーで手軽に手に入る、ラクレットチーズ

フランスのスーパーにて。右側の棚は、すべてラクレットチーズ
フランスのスーパーではさまざまなメーカーのラクレットチーズが並んでいるが、実は原産はスイス南部のヴァレー地方。日本のように平地ではなく、険しい山の斜面にひろがる青々とした牧草地帯は、まさに「アルプスの少女ハイジ」の世界である。(アニメの舞台はグラウビュンデン州のため、ヴァレー地方の北東に位置する別の土地)

現在フランスでラクレットは、日本でいうところのお好み焼きやたこ焼きに位置すると、筆者は勝手に思っている。なぜこう思うのかご説明するには、まずはホットプレートのような家庭用のラクレットグリルを紹介しなくてはならない。

ラクレットグリル。上で野菜や肉を焼き、下の段でチーズを溶かす
ラクレットグリルとは、テーブルに置けるサイズほどのラクレットを溶かす専用の機械のことで、上の段で野菜やソーセージを焼き、下の段でチーズを溶かす仕様になっているとても便利な代物である。この機械の登場から、友人や親戚が集まる席でテーブルの真ん中にラクレット機を置き、各々で好みのものを焼いて食べるという文化が生まれた。この様子が、私にまるでホットプレートやたこ焼き機を囲んで繰り広げられる、日本のパーティーを彷彿とさせるのである。食材は違うけれど、洋の東西を問わず、人の発想は似るものなのだなぁとたいへん興味深いものだ。

以前、電気を使わないラクレットグリルである「ラクレットチーズ To Go Taste」もご紹介しているので、気になる方はこちらから。
イベントや特別な機会にみんなで集まって食べる、という食べ方が主流ではあるが、だからといって普段手に取ってはいけないことにはならない。例えばスーパーで売られているラクレットは、1パックで大体16枚ほど。1枚は大した量ではないし、パンにのせたり野菜にのせたりと食べ方の汎用性が高いため、1人や2人でも食べ切りやすい。パーティーかどうかなんて気にせず、ぜひ興味のある方は思う存分とろけるチーズのおいしさを堪能してみて欲しいと思う。


成城石井やカルディで購入できる、スライスのラクレット

RichesMontsのラクレットチーズ。燻製タイプとプレーン、2種類のセット
日本でも成城石井やカルディなど、輸入食品を扱っているお店で手に入るラクレットチーズ。その多くが雪印や明治が発売している「とろけるスライス」のように、一枚一枚スライスされているので、たいへん使いやすい。

私が今回スーパーで購入してきたのは、ラクレットやフォンデュ用のチーズの製造をしているフランスのメーカーRichesMonts(リッシュモン)のもので、燻製とプレーンの2種類が入ったものを選んだ。その他にも、胡椒で味付けされたものや「シェーブル」と呼ばれる山羊の生乳を使ったものなども販売されている。

RichesMontsのラクレットは、フランス中央に位置する高地であるオーヴェルニュ地方で取れた牛乳を100%使い、8週間の熟成期間を経て作られている。このチーズ、スーパーで手頃に買えるからといって侮ってはいけない。こだわって作られているだけあって、風味がとても豊かなのだ。

ちなみにワイン同様、チーズは各々の土地特有の風土や酪農のあり方がとても色濃く反映される食品である。そのためEU加盟国では「A.O.P」という、特定の地域、かつ伝統的な方法で生産されるチーズに与えられる認証マークを設けている。けれどEUに加盟していないスイスでは、2000年から独自の原産地統制呼称制度を設けた。スイスのA.O.Pを取得しているのは、スイスのヴァレー州で生産されたもののみ。本場の味を味わってみたいという方は、チーズ屋さんで探してみると良いかもしれない。

スライスされているラクレットチーズ

じゃがいもにかけるだけで、ご馳走の出来上がり

茹でただけの野菜に、ラクレットチーズをかける
スイスの伝統的な食べ方は、茹でたじゃがいもやピクルスなどにかけるだけ、というたいへん素朴なものだ。シンプルな料理だが、じゃがバターなどを想像していただけたらわかる通り、ほくほくのじゃがいもと乳製品との組み合わせは抗い難い魅力に満ちている。バターほどではないが、ラクレットは溶かしやすいように脂肪分が比較的高い。そのため溶かしたものをかけると、じわりとじゃがいもに油が染み込みおいしいのだ。さらにミルキーさも兼ね備えたラクレットはとてもまろやかな味わいで、口に含んだ瞬間に童心に戻ったかのような温かくしあわせな気持ちにさせてくれる。

ちなみに、ラクレットは熟成されたカマンベールのようなチーズ特有の刺激的な香りが苦手、という方でもたいへん食べやすい種類である。大人や子どもまで楽しめる味である上に、茹でた野菜にかけるだけで一品できてしまうため、忙しくて献立を考える時間がない方にも、ぜひおすすめしたい一皿だ。

日本流の楽しみ方、ハンバーグがよりリッチに

フライパンで溶かしたラクレット
さらに、日本文化で育った私のおすすめの食べ方は、ハンバーグにかけるというもの。ハンバーグは一見すると欧米にもありそうなメニューだが、実は日本独自の食文化である。フランスに来てから知ったラクレットチーズと、日本で育ったからこそ作り方を心得ていたハンバーグとの組み合わせを思いついたときは、胸が踊ったものである。肉汁の旨味とラクレットチーズの豊かな風味、そしてミルキーな味わいとの組み合わせは、フォークを置く暇もなくペロリと食べてしまえるほどにおいしい。

ちなみに、専用の機械がなくてもフライパンやスキレットで熱すればとろとろの状態になるため、ラクレット機を持っていない私はフライパンで溶かして調理している。

ハンバーグとともに。間違いなくおいしい組み合わせ

簡単だから、忙しい日にもおすすめの一皿
とろけるチーズという魅力的な見た目と、まろやかな風味、濃厚でミルキーな味わいを持っているラクレットチーズ。フランスではパーティー料理だが、私は日常に取り入れることをおすすめしたい。

年代を問わず家族みんなが好きな味である上に、茹でた野菜やパンにのせるだけでご馳走が出来、日々の気持ちを盛り上げてくれる一皿なのだ。

献立に困っていた方や食事にマンネリを感じていた方は、ぜひラクレットを試してみてはいかがだろうか。

参考文献

NPO法人 チーズプロフェッショナル協会 (監修)「世界のチーズ図鑑」、マイナビ、2015

本間 るみ子(監修)「知っておいしい チーズ事典」、実業之日本社、2017