Vol.700

FOOD

31 OCT 2025

暮らしを秋色に彩る。秋の恵みを楽しむ「栗しごと」

秋の味覚を代表する栗。そのおいしさを極限まで引き出す手仕事が「栗しごと」だ。手間暇がかかるからこそ、じっくり丁寧に作った渋皮煮や甘露煮は、奥深い味わいで格別のおいしさがある。季節の移ろいを感じながら手仕事に没頭する時間はまさに癒しのひととき。旬の素材を味わいながら暮らしを秋色で彩ろう。

秋の手仕事「栗しごと」

栗しごととは、その名の通り、栗を使って渋皮煮や甘露煮などを作る一連の作業のことである。「芋・栗・かぼちゃ」と並び称される秋の味覚の代表格の中でも、一番目にする機会が多いのは栗と言っても過言ではないだろう。秋の味覚の王様とも言える栗だが、美味しく味わうには相応の手間が求めれる。

和にも洋にも相性が良いため、秋になると店頭に栗味の商品がずらりと並ぶ
栗しごとと聞いて「大変そう」というイメージを抱く人は多いだろう。残念なことに、まさしくその通りである。作り方や作るものにもよるが、一晩水に浸けておく必要があったり、栗を覆う2層の皮を一つ一つ剥く地道な作業だったり、とにかく手間と時間を要するからだ。作業の難易度より手間暇の方が栗しごとへのハードルを大幅に上げていると感じる。栗”しごと”と呼ばれる所以はこれらにあるのだろう。

しかし、大変というだけで遠ざけてしまうのは非常に勿体無い。手間と時間はかかるが工程は至ってシンプルなのが栗しごと。じっくり丁寧に仕込んだ栗は、素材本来の味が引き出され市販品には無い奥深い味わいが楽しめる。一度味わうとまた来年仕込みたくなる、そんな魅力がある。今年はいつもよりひとつ手を伸ばして、秋の恵みを楽しもう。

栗の渋皮煮。手作りの味は格別である

渋皮煮を仕込む。

栗仕事には、茹で栗や焼き栗、渋皮煮、甘露煮と様々あるが、栗の風味を強く感じられる渋皮煮をおすすめしたい。ひとつひとつの工程を丁寧に作ることで美味しくまた美しく仕上がる。生栗を用意して自分に気合を入れて深呼吸。さあ、栗仕事をはじめよう。

栗を熱湯に浸す

栗を剥く前に一晩水に浸けておくことが一般的だが、今回は時短で熱湯に浸す方法をとる。熱湯を沸かした鍋に栗を入れ5分程浸し、順に取り出しながら皮を剥いていく。この方法なら栗を買ってきてすぐに作り始められる。

熱いうちが剥きやすいため、一度に全部入れずに何回かに分けて作業する

鬼皮を剥く

栗の外側の硬い皮を鬼皮という。栗の底の部分に刃を入れ少し削り取り引っ掛かりを作る。そこをきっかけにし再び刃を入れ引っ張り上げるように鬼皮だけを剥いていく。渋皮を傷つけないように慎重に刃を入れる。少しでも傷がついてしまったものは、この後茹でこぼす際に煮崩れてしまうため渋皮煮に使えない。細心の注意を払おう。

引っ掛かりを作ったら手でも簡単に剥ける

底部分は削り取りにくいため慎重に

渋皮を傷つけてしまったものは栗ご飯等に使おう
包丁で剥く作業に自信がない人におすすめしたいのが、栗剥き専用のハサミだ。これを使えば比較的作業が楽になるため、大量に仕込む場合にも向いている。筆者は諏訪田製作所の「栗くり坊主」を愛用している。鬼皮と渋皮がいっしょに剥ける優れもので、渋皮を残して剥くこともできる。りんごの皮を剥くようにサクサク切れる。

諏訪田製作所「栗くり坊主」。栗以外に里芋の皮剥きにも使える
手先が不器用で包丁さばきに難がある筆者はこの道具に頼りきりである。包丁の扱いに長けた人なら包丁で剥くほうが良いかもしれないが、苦手な人は便利グッズを使うのもひとつの手である。手間暇かけて上手くいかないと悲しくなるもの。使えるものにはどんどん頼っていこう。せっかくの手仕事、楽しみながら進めたいものだ。

栗のアク抜き

鍋にたっぷりのお湯を沸かして重曹を小さじ1入れる。栗を入れて再度沸騰したら10分ほど茹でる。

栗が踊らずに沸々するくらいの火加減に調節する

この後煮こぼすため、アクはざっとすくう
アクをすくい10分ほど経ったらザルに上げて水を切る。すぐに別の鍋で沸かしておいたお湯に入れ10分ほど煮る。この作業を3回前後繰り返す。煮汁が黒っぽく濁った色から透き通った色になれば終了の合図。火から外し水を加えて人肌まで温度を下げる。

砂糖と煮る

砂糖と煮る前に渋皮の表面を綺麗に掃除する。竹串や爪楊枝で渋皮の表面を擦るように動かし繊維や筋を取り除いていく。渋皮を傷つけないように表面の繊維だけを取るようにする。この時点で重さを計り、重量の60%量の砂糖を用意する。

砂糖も種類によって甘さの違いが出る。好みの味わいになるよう砂糖の種類も工夫してみよう
鍋に栗を入れ、栗がひたひたになるくらいの水を注ぐ。計量した砂糖の半量を加え火にかける。この時香り付けにバニラビーンズを少量加えても良い。入れる場合は種はこそいで鞘ごと鍋に入れる。

栗に砂糖が入りにくいため2回に分けて加える

煮汁が沸騰したら残りの砂糖を加え、再び煮立ったらアクを取る。クッキングペーパーで落とし蓋をして20分ほど煮る。火加減は栗がぐらぐらしないぐらいに調整する。

煮汁にとろみがついたら火から下ろしてそのまま冷やす。完全に冷めてからブランデーやラム酒などの洋酒を加えて洋風にしても奥深い味が楽しめる。消毒した密封容器に移して完成だ。

一粒で秋を感じるひと皿に

出来上がった渋皮煮は、シロップで艶々して黒い宝石のように美しい。丁寧に作った渋皮煮は上品な甘さで栗の味が強く、栗本来の風味を堪能できる至極の一粒だ。手間と時間をじっくりかけた手仕事の成果を噛み締める瞬間である。

艶々と光る一粒の宝石。来客へのおもてなしにも最適
そのままでも上品な菓子としてお茶請けにぴったりだが、バニラアイスに添えるだけでいつものデザートが一気に秋らしくなる。渋皮煮を作るときに残るシロップを牛乳で割るだけでマロンラテができる。普段のコーヒータイムが秋仕様にアップデートされる。この一粒が、日々の暮らしに秋風を吹き込んでくれるのだ。

栗と相性の良いラム酒をかければ大人の夜のデザートに

カフェラテにシロップを加えるだけでも。やさしい甘さのシロップを活用できるのは手作りの醍醐味である
もちろんお菓子作りの素材として渋皮煮は活躍してくれる。定番のモンブランやタルト、パイは栗そのものをダイレクトに味わえる。また、オーソドックスなスイーツに栗を加えるだけで秋味になる。ゴロッとした食感と食べ応えがプラスされ、スイーツとしてもワンランク格上げしてくれる。栗の一粒の存在感がいつものスイーツを贅沢に彩る。

マロンパイ。相性の良い珈琲と胡桃を使ったフィリング

栗のテリーヌ。一粒まるごと入った渋皮煮は存在感抜群

渋皮煮を入れたチーズケーキはキャラメル味に。栗と相性の良いフレーバーを考えるのも楽しい

ゆったり流れる心地いい時間

栗仕事は栗を美味しく味わうために行う作業だが、別の恩恵もあると筆者は考える。栗を剥く作業とその時間だ。黙々と栗を向いていく至って地味な作業だが、何も考えずにひたすら手を動かす”無”の時間がたまらなく好きなのである。没頭して栗だけを見つめる無の時間、無の状態が癒しをもたらしてくれる。

無の時間、だが密度が濃く過ぎ去る時間。このコントラストも興味深い
栗仕事は秋の手仕事でもあると同時に、自分を見つめ直す、向き合う時間でもある。そういう時間は秋のような、”朝晩が涼しくなり夜が長くなって冬へと移ろう合間の、ゆったりとしたこの季節だけの体感時間”だからこそ実感できるものだと筆者は思う。栗仕事のような手仕事は癒し時間を得るための作業で、料理はその副産物と言った方が正しいかもしれない。

手仕事の楽しみ方も季節に応じて変化していくもの。秋は、小春日和の日中にまったり作業するのもよし。夜もふけった頃お気に入りの音楽を流しながら作業に集中するのもよし。自分だけの過ごし方を見つけて欲しい。四季折々の恵を楽しむ暮らしを自分色に広げよう。

季節の恵みを楽しむ暮らし

四季の移ろいを感じながら。暮らしにひと粒の秋をプラス
秋の味覚をただ味わうだけじゃ物足りない。旬の美味しさも、作る工程も、まったり流れる時間も、季節まるごと味わいたいのだ。人間はよくばりかもしれない。でも秋はそもそも厳しい冬に備える季節であるはず。よくばりと言えるほどでなければ冬は越せない。よくばっていこうじゃないか。季節の色を暮らしの差し色にして、日々を鮮やかに彩ろう。