街には抹茶スイーツがあふれているけれど、本当に美味しい抹茶を知っているだろうか。大阪・堺の地で、170年以上にわたり「暮らしのお茶」を届け続けてきた株式会社つぼ市製茶本舗。伝統を大切にしながらも、新しい美味しさを追い求め、手がける抹茶スイーツはどれも本格的な味わいだ。今回は、その中でもひときわ個性が際立つロールケーキを取り上げる。六代目の谷本康一郎さんに、こだわりのポイントや数々の挑戦についてお話を伺った。
そのシルエットは、まるで“黒茶碗に点てた抹茶”のよう
お菓子な抹茶はいかが――。つぼ市の「利休抹茶ろーるけーき 玄(げん)」を前にすると、ついそんなふうに言ってみたくなる。黒いスポンジの中に、美しい緑の抹茶クリームが惜しみなく詰め込まれたシルエットは斬新で、思わず目を奪われるほどだ。
一切れをお皿に乗せてみると、中心の抹茶が黒いスポンジに引き立てられ、いっそう鮮やかに輝きを放つ。この黒いスポンジは抹茶茶碗を、中のクリームは抹茶そのものを表現しているのだという。お茶を楽しむような気分で味わえたら面白いのでは――そんな発想から、黒いスポンジを採用することになったと、谷本さんは語る。
スポンジの黒は竹炭で色付けされており、商品名の「玄」もこの色に由来する。その昔、戦国時代から安土桃山時代にかけての茶人・千利休がその卓越した美意識の中で好んだ色でもある。通常、抹茶スイーツでは生地に抹茶を加えることが多いが、加熱すると抹茶の色が変わってしまい、美しい緑を再現するのが難しい。そのため、このロールケーキでは抹茶を生地ではなくクリームに加える製法が選ばれた。
“黒い食品”をつくることに社内では反発もあったものの、チャレンジ精神で取り組んだところ、発売当初からテレビの全国放送で取り上げられるなど、大きな反響を呼んだ。今ではハレの日のティータイムや贈り物として選ばれる“特別感のある商品”へと成長している。
香り高い一番茶をふんだんに使った、贅沢なおいしさ
お茶を彷彿とさせるのは、もちろん見た目だけではない。一口含むと、ふわりと抹茶の香りと深い味わいが口の中に広がる。クリームは軽い口当たりでありながら、ロールケーキ1本に約10杯分の抹茶が使われるというだけあって、その味わいは濃厚だ。指先についたクリームを少し舐めただけでも、しっかりと抹茶の風味が感じられた。
クリームの軽やかな食感と、濃厚な抹茶の味を両立させるため、ちょうど良いバランスを見極めるまで試行錯誤を重ねたのだという。なお、黒いスポンジは甘さを控えめにすることで、見た目だけでなく、味わいの面でも抹茶の存在感を際立たせている。
つぼ市では、「利休抹茶ろーるけーき 玄」以外にもたくさんの抹茶スイーツを販売している。代表的なものとしては、「利休抹茶・ほうじ茶あいすくりーむ」「利休抹茶・ほうじ茶あんみつ」「利休抹茶ぽるぽろん」などがある。いずれの商品も平仮名を採用しているのは、洋菓子に和のエッセンスを取り入れた商品であることを表し、さりげなく和の雰囲気を感じさせるためだという。
また、「良い抹茶の風味を楽しんでもらいたい」との思いから、旨みが豊富で香りもしっかりとある一番茶を使用。香料や着色料を一切使わずに仕上げている。至るところで見かける抹茶スイーツだが、本来の抹茶の風味をきちんと感じられるお菓子は、実はそう多くないそうだ。
ここには“美味しさ”を求めて妥協しない、つぼ市の開発姿勢が表れている。
茶の湯の文化が花開いた町、堺を拠点に「暮らしのお茶」を届ける
さて、すでにお気づきかもしれないが、つぼ市の商品には「利休」の名が付くことが多い。看板商品の煎茶「利休の詩」にもその名が含まれている。これには、つぼ市の歴史にまつわる深い理由がある。
つぼ市が大阪・堺で茶問屋として創業したのは、幕末の嘉永三年(1850年)のこと。それ以来、170年以上にわたり、時代に応じた「暮らしのお茶」を提案し続け、つぼ市ののれんを守ってきた。
堺は、16世紀後半から17世紀初頭にかけて、ポルトガルやスペインといったヨーロッパ諸国との間で行われた南蛮貿易の拠点の一つであり、貿易で巨額の富を得た商人が多く暮らす豊かな町だった。自治都市としての性格も持ち、自由な気風の中で独自の喫茶文化が育まれた。当時のお茶は高級品であり、一般市民がお茶を嗜む文化は、全国でもほとんど存在しなかった。千利休をはじめとする著名な茶人の多くが堺から輩出されており、茶の湯の文化と堺とは密接な関係にある。
一時は、堺だけでも200〜300軒もの茶問屋があったそうだが、江戸時代から堺で続く製茶問屋は、今ではつぼ市のみとなっている。かつて堺から全国へと広がっていったお茶の文化を、今も守り、伝え続けているのだ。
伝統を守りつつ、時代に寄り添うチャレンジを続ける
つぼ市が何代にもわたり事業を続け、多くの人々に愛されてきたのは、おいしさを追求するたゆまぬ努力と、時代の移り変わりに応じて柔軟に変化しながら、新しいチャレンジを重ねてきた姿勢にある。
茶問屋としてその歴史をスタートさせたつぼ市は、途中から製茶業を手がけるようになり、現在では農家から半製品である「荒茶」 (収穫後すぐに蒸し、揉んで、ある程度乾燥させた茶葉)を仕入れ、選別、焙煎、ブレンドを行う製茶メーカーへと進化した。数々のスイーツ開発も、そうした挑戦のひとつである。また、30年ほど前にスーパーが台頭してきた頃には、いち早くスーパーへ販路を広げ、10数年前にはティーバッグや粉末加工が可能な工場を新設した。その後、自社のお茶やスイーツを楽しめる店舗として、「茶寮 つぼ市製茶本舗」を展開し、お茶をもっと身近に感じてもらうための場づくりにも取り組んでいる。
さらに国際的な食品安全マネジメント規格であるFSSC22000認証のほか、ISO9001認証、有機JAS、ハラール認証を取得するなど、品質管理や多様なニーズへの対応にも積極的である。近年では、海外でブームになりつつある発酵茶飲料「KOMBUCHA(コンブチャ)」の販売も開始している。
「飲みごたえのあるお茶」を目指し、素材選びにはこだわりを持っている。茶審査技術有段者などの資格を持つスタッフが各地の入札に出向き、全国から茶葉を仕入れる。新茶のシーズンには、今やお茶の生産量日本一となった鹿児島に1ヶ月ほど滞在することも。谷本さんが自ら買い付けに行くこともあるそうだ。
焙煎では「後火仕上げ」という手法を用いる。仕入れた段階の荒茶は、葉も茎もさまざまな部位が混じっており、それぞれ味わいが異なるため、部位ごとに分けて適切な焙煎を行うのだ。
そして、堺ならではの高いブレンド技術もある。堺には昔から全国各地のお茶が集まってきたため、自然とブレンド技術が磨かれたのだという。実際、ブレンドすることでお茶はより美味しくなり、安定した品質の提供が可能になる。
旨みが強くキレのある煎茶を、ろーるけーきに合わせて
つぼ市では日本茶以外にも中国茶やハーブティーなど、多彩な商品を取り扱っている。甘いものが好きな方には、粉末に牛乳や豆乳を入れるだけで簡単に作れる「ラテシリーズ」がぴったりだろう。特に抹茶ラテは、日本茶を凌ぐほどの大人気商品となっている。
選択肢はたくさんあるのだが、「利休抹茶ろーるけーき 玄」に合わせるお茶を尋ねると、「特選 利休の詩です。旨みが強く、キレのある味わいのため、甘いスイーツによく合います」との答えが返ってきた。ぜひ、試してみてほしい。
谷本さんは「『おいしさにこだわる』とはよく言われることですが、これを実現するのは意外に難しいんです。つぼ市は心の底から美味しいと思えるものを、妥協せずに追求します」と語る。
空前の抹茶ブームで、茶農家が煎茶栽培から抹茶栽培へと切り替える動きが活発になり、その影響は茶業界全体に及んでいる。そうした中、私たちが安心しておいしいお茶を楽しめるよう、つぼ市はこれからも挑戦を続けていく。
日本人の暮らしのそばにあったお茶は、いま変わりつつある。その変化を感じながら、“本物”のお茶の風味を楽しめるスイーツで、特別なひとときを過ごしてみてはいかがだろうか。
ぼ市製茶本舗|利休抹茶ろーるけーき 玄(げん)
CURATION BY
料理とお菓子作り、キャンプが趣味。都会に住みながらも、時々自然の中で過ごす時間を持ち、できるだけ手作りで身体に優しい食事を取り入れている。日々の暮らしを大切に、丁寧に過ごすことがモットー。