春の訪れを告げる北欧の伝統菓子「Semla(セムラ)」。ふわふわのカルダモン風味のブリオッシュ生地に、アーモンドペーストとたっぷりの生クリームを挟んだこのスイーツは、スウェーデンやフィンランドをはじめとする北欧諸国ではイースターの風物詩として親しまれている伝統菓子だ。もともとは「断食前のごちそう」として食べられていたセムラは、近年その美味しさからシーズンを待ちわびるファンも多いとか。日本でもイースターをイベントとして楽しむことも増え、ハロウィンやクリスマスに並ぶイベントとなっていく予感がするこのごろ。春の香りをひと足先に感じながら、セムラを頬張って北欧気分を味わおう。
春の訪れを告げる北欧の伝統菓子「セムラ」
セムラはスウェーデン生まれの伝統菓子。スウェーデンをはじめ、主にフィンランド、ノルウェー、デンマーク、アイスランドなどの北欧諸国で広く親しまれている。
キリストの復活を祝うイースター(復活祭)から数えて45日前から断食に入り、その断食に入る前日に家にある贅沢なものを食べきるのが風習であった。その際に栄養価の高いこの「セムラ」も食べられていて、今ではイースター前の45日間に国民がセムラをよく食べるという風習に変わってきている。近年ではその美味しさから、北欧以外の国々でも人気が高まり、未だ馴染みは薄いながらも日本で目にする機会が増えている。
また、日本の某有名海賊漫画にもチラリとセムラが登場する。主人公の敵対関係にあるキャラクターが、幼少期にセムラを食べて、そのあまりの美味しさに我を忘れ、周りの人間まで食べてしまうのだ。
そんな魔性のスイーツを食べないわけにはいかない、と調べてみるも、日本ではまだ馴染みの薄いセムラ。加えてクリスマスからイースターにかけて登場する期間限定のスイーツなので、購入できる店舗も限られている。
「買えないなら作ってしまおう」ということで、キットを購入し、実際に作って食べてみることにした。
セムラミックスで北欧カフェの味を再現
今回購入したキットでは、直径約8㎝、クリームを合わせた時の高さ約8-9㎝ほどのセムラが10個できる粉ミックス。レシピに必要となる粉類や砂糖類など全て計量済みでキットに含まれている。
スウェーデン在住の日本人パティシエが監修しており、アーモンドペースト(マンデルマッサと呼ばれている)は生アーモンドから手作りするようだ。日本では入手の難しい「粗びきカルダモン」は現地から取り寄せられたもの。日本で一般的な粉末カルダモンとは違い、スパイス本来が持つ上品でエキゾチックな香りが、本格的な味の秘密なのだそうだ。
またホームベーカリーがあれば、生地の第1次発酵までをホームベーカリーにおまかせできるので、より手軽に作ることができる。かわいいスウェーデンの国旗も2本ついていて、北欧気分もますます盛り上がる。
フィンランドでは、かつてアーモンドが高級品だったことからジャムで代用したバリエーションも登場し、今でもアーモンドペースト版とともに人気とのこと。
シュークリームに見えて土台はパン生地なので、作る前に発酵時間、焼き時間など逆算して、ゆったりと時間が取れる休日にチャレンジしよう。卵、牛乳、生クリームを揃え、味を想像して気分を上げたら、セムラ作りのスタートだ。
いくつも食べてしまう、魔性の味
できたできた、とほくほくした気分でお皿に乗せ、完成したセムラにスウェーデンの国旗をぷすり。
食べ物に国旗が立ててあるとなぜ童心に帰れるのだろうか。きっとお子様ランチを食べる前のようなワクワク感を思い出すからなのだろう。可愛いな、と眺めて写真を撮ったら、さしたばかりの国旗を外していざ実食。
カルダモンとマンデルマッサと生クリームの一体感。それぞれ単体だと食べにくいのに、3つ合わさった時の相性の良さに驚く。練乳のようなまったりとした甘味のマンデルマッサと、無糖の生クリームが口の中で混ざりあってバランスを整え、時折カリッとカルダモンを噛むと、まさに海外の味わいといった香りが口の中で広がる。
想像より軽くペロリと食べられてしまう。スウェーデンでは一度に何個も食べてしまう人もいるとのことだが、なるほどその気持ちも分かる。
被せてあるフタでクリームをすくい、そのあとは豪快にかぶりつく食べ方がポピュラーな食べ方なのだが、その食べ方に相反するのが軽く温めた牛乳をかけて食べるもの。この食べ方はHetvägg(ヘートヴェッグ)というそうで、ご老人にも人気のある食べ方だそう。
セムラは土台がパンなので冷蔵保存するとパサついてしまう。そこでこちらのヘートヴェッグだ。温めた牛乳をかけて食べてみると、意外にもとても美味しい。
パサついた生地が牛乳を含んで食べやすくなり、温めた牛乳をかけることによってカルダモンの香りもふわりと蘇った。セムラをひとつ食べるのは少し重たいなと感じる時でも、この食べ方だと不思議と食べられてしまう。
伝統菓子から見える文化と歴史
セムラが誕生したのは1500年代だと言われている。元々は四旬節前の断食前の火曜日(セムラの日と呼ばれる)に食べられていた。寒い国での厳格な断食前に、少しでもカロリーを蓄えるためにと当時の人達が知恵を絞って作り上げ、姿形を変えず500年近く愛され続けていると思うととても感慨深い気持ちになる。
とは言っても、今日ではクリスマス直後からイースターまで、スウェーデンではベーカリーで毎日いくつものセムラが販売されているそうだ。スウェーデン人は、自家製のセムラに加えて、ベーカリーで作られたセムラを年に平均4〜5個食べているという。
現在では食する習慣だけが残り、季節のお菓子と親しまれ、正月早々に街のあちこちで販売されるようになった。「あそこの店ではもう売り始めたみたい」「ここは今週末からかな。」
年が明けるとスウェーデン人の間ではこんな会話が聞こえてくる。新聞では毎年のベストセムラランキングが発表され、美味しいセムラを求めて人気店に行列が出来るほど。
「セムラを食べれば春はすぐそこ」と言われるほど、暗くて長い北欧の冬に、春の訪れを告げる伝統菓子。出回る時期や食べる節目は時代と共に変わりつつも、国民がセムラを愛し、心待ちにする気持ちに変わりはないのだ。
季節の移ろいと北欧の心
セムラのような伝統菓子を自分で作ってみて分かることがある。シンプルな材料で作られるその一つひとつに、北欧の厳しい冬を乗り越えようとする知恵と、食を楽しむ心が詰まっている。マンデルマッサと生クリーム、そしてカルダモン。
今の形になるまでに、当時のパティシエたちがより美味しく、より人々に愛されるようにと考えながら作られ、現代まで受け継がれてきたのだ。
一口食べるごとに広がる、マンデルマッサの濃厚さとふわふわなパンの優しい甘み。その味わいは、ただのデザートを超え、北欧の暮らしや文化に触れる体験そのもの。春を少しだけ先取りするかのように、寒さの残る日々にそっと暖かさを添えてくれる。
また手作りのセムラは、特別な時間を過ごさせてくれる。パンが焼き上がる香ばしい香り、クリームを詰める楽しさ。早く食べたい、とはやる気持ちを抑えながら、1口かぶりつくその時まで、思わず笑みのこぼれるような、小さく幸せな瞬間が続く。
伝統の中にある新しい発見と楽しみが詰まったセムラは、これからの季節にぴったりのスイーツだ。
CURATION BY
公務員からパティシエへキャリアチェンジ。日常にそっと寄り添う、シンプルで美しいお菓子作りを大切にする