Vol.443

FOOD

16 MAY 2023

南インド式定食、ミールス。インドの深遠な食文化を知る入口に

14億もの人々がひしめくインド。ヒンズーやイスラム、仏教など多様な宗教を信仰し、民族や気候風土も複雑なことから、多彩な食文化を持つ国だ。近年、そんなインドの様々なローカル食を楽しめる店が日本でも増えてきていると感じる人は多いのではないだろうか。なかでも今回は、南インド料理“ミールス”について取り上げてみる。さまざまな味を一皿に詰め込んだ、インドの食の魅力が詰まった料理、ミールス。食べてみると、今まで日本で食べていたインド料理とは全く異なり、しかも食べた後とても調子がいいのでよく食べるように。そうしていろいろな南インドの料理店を巡って聞いた話から、その概要や楽しみ方をまとめてみた。

ミールスとはどんな料理?その概要について

日本でもおなじみのナンとチキンカレーの組み合わせ。オレンジのドレッシングがかかったサラダも、かなりの確率でセットでついてくる
そもそも日本で食べられるインド料理といえば、濃厚なバターチキンカレーともっちりとした小麦の生地をタンドゥールと呼ばれる窯で焼き上げたナンという組み合わせ。実はインド本国では、このスタイルの料理は宮廷料理として位置づけられているもので、日常食べる食事ではないのだとか。よくよく聞くと日本で食べられるこのナンやカレーは日本人のために作り上げられた、日本独自のインド料理なのだという。

では現地ではどんな料理が食べられているかを知りたいと思ったときに出会ったのが、ミールスという料理。南インドで親しまれている、いろいろな料理を一皿に盛り合わせたスタイルの食事で、カレー、スープ、漬物、炒め物などが、ライスや薄焼きパンといった主食と一緒にのっている。

ターリーと呼ばれる大きなステンレスの皿にカトリという小皿がいくつものったミールスを日本でよく見かけるが、南インドではバナナの葉を使って提供されることも。いろいろな品を一皿に集めた定食的な料理の総称で、ミールスと呼ぶにはいくつかお決まりの料理があるという。

八重洲など都内を中心に数店舗展開する南インド料理の専門店「エリックサウス」の菜食ミールス
近年ミールスを提供するお店は特に都内で多くなった感があるが、ミールスをカジュアルに、気軽に楽しめるようにした先駆け的存在の店が「エリックサウス」だ。いろいろな味を一皿に盛り合わせたスパイスカレーがひところ人気を集め、スパイス料理に注目が集まるようになったが、あくまでも「エリックサウス」は南インドの料理を現地そのままに再現すること。

総料理長の稲田さんにもお話しをうかがったが、ミールスは日本人が思っているインドカレー以外にもいろいろな料理がのっているので、10年ほど前のオープン当初はうまく食べてもらえないことも多かったという。しかし南インド料理が日本人の味覚に合うと確信していた稲田さんは、本場の味を再現することを貫き、今では9 店舗を展開するまでに。本場インド人も通うほど多くの人に支持を集めるようになった。

東京駅八重洲地下街にある「エリックサウス」の1号店
エリックサウス八重洲店
https://enso.ne.jp/erick-south/yaesu/
そんな「エリックサウス」をはじめいくつかの店舗でミールスを食べてみたが、その特徴について、まずいえるのが南インドは雨が多い地域で小麦よりも稲作が中心なので米が主食としてのっているということ。日本の米とは異なり、バスマティライスなどパラパラとしたインディカ米が主なので、さらっとした南インドのカレーとよく合うのだ。一方北インドは雨が少ない地域で気温も低く稲よりも小麦に向いた土地が多い。よってナンやチャパティといった小麦を使った主食となり、濃厚で濃度のあるカレーがよくあう。

月替わりでインド各地のミールスなどを提供している「南インド食堂チェケレ」のミールス。写真はインド最南部ケララ州をテーマにしたもので、ココナッツが香る料理が印象的だった
南インド食堂チェケレ
https://www.instagram.com/chekele.mess/
地理的にいうと、南インドは中央は高原だが海沿いは酷暑、移民も多く多彩な文化が入り込む地域。南インドとひとくちに言っても西側と東側、内陸ではまったく異なる文化が受け継がれている。ミールスも地域によってさまざまだが、暑い気候の中を生き抜くため、スパイスやハーブを使って食べ物の保存性を高めたり、食欲を書き立たせる工夫をした料理が多い。

またインドは菜食の人が多いので、ミールスの基本は肉や乳製品を使わずに作られたベジタリアン仕様。とはいえキリスト教やイスラム文化の影響がある地域では肉を使った料理があったり、海沿いの地域ではフィッシュカレーが添えられていたりと様々なミールスがある。

これは知っておきたいミールスの定番料理について

バターチキンカレー&ナンは、ときどき無性に食べたくなるが、南インドのミールスは毎日でも食べたいと思わせる味。まず味わいが実に多彩で特に酸味や苦味など、いわゆる五味を感じ、味覚が研ぎ澄まされるような気がする。

そして店の人がどの地域で料理を学んだかや店のコンセプトによってさまざまなスタイルのミールスが提供されていて、いろいろなお店を巡りたくなるほど同じ味がない。とはいえミールスによくのっている、いわゆる定番の料理というものがあるので、いくつか紹介していく。

ラッサム

ミールスにはさまざまな料理が盛り込まれるが、南インドのミールスに欠かせないのが、サンバルとラッサム。日本でいうと味噌汁のような存在の二品だ。インドでも日本でも、ミールスの専門店などで食べると、この2つとライスはお替わり自由なことが多い。

インド人シェフがいる「マドライキッチン」のミールス。手前左がラッサムで、右がサンバル。ラッサムはさらっとしたスープのことが多いが、サンバルはとろりとしたものや、さらっとしたもの、いろいろあった
なかでもラッサムは、タマリンドというフルーツを使った酸っぱくて辛いスープ。タマリンドは、日本ではウスターソースなどの原材料として使われることもあるが、インドでは酸味をプラスするために使われていて、完熟させた実をペーストにしたものを溶いてラッサムに入れる。レモンやトマトとも違ったしっかりした酸味が特徴だ。

ほかにも柑橘系の香りがするカレーリーフ、ナッツのように香ばしいマスタードシードの2つはラッサムなど南インド料理には欠かせない。ラッサムはライスにかけて食べるのもいいが、ほかの料理を食べる合間合間にいただくことで、その酸味で食を進ませてくれる。いろいろな味を楽しむミールスには欠かせない存在だと感じた。


サンバル

「エリックサウス」のサンバル。トゥールダールのとろみが効いたまろやかな味わい
インドではダルと呼ばれている、豆を使った料理は、ミールスに欠かせないとエリックサウスの稲田さんもいう。菜食の人が多いインドの人々にとっては大切なたんぱく源で、豆を使った料理が数多く存在し、豆の種類も豊富だ。

中でも豆と野菜を使った料理、サンバルは豆をとろとろになるまで煮込んで作られているものが多く、辛みのあるスパイスは控え目。豆や野菜の優しい味わいでほっとさせてくれる。さまざまな野菜を使ってアレンジされたレシピがあり、ミールスはもちろん、南インドの食に欠かせない料理となっている。

スナック(軽食)類

パリパリの食感のパパド。砕いてふりかけのようにライスにかけたり、そのまま食べてビールのつまみにするのもいい
サンバルとラッサムに、豆や野菜を使った総菜とライス。最低限これがあればミールスと呼んでもよいのではという稲田さん。しかしミールスを注文すると、ほかにもいろいろな料理がついていることも多い。なかでも南インドらしさが現れているのが、粉もの料理。豆の粉を溶いて薄く延ばした生地を焼いたり揚げたりしたパパドは、パリパリのインド式せんべい。塩気があり、酒のアテにもいい一品だ。

「エリックサウス」の菜食ミールスには、パパドのほか、豆粉で作った生地を揚げて作るドーナツのようなスナック「ワダ」や粗挽きの小麦粉で作る「ウプマ」が付いてくる。日本人にも食べやすい、南インドらしい品を楽しんでほしいということでミールスに添えているのだそう。

ココナッツのチャツネを添えたワダ(写真中央、白いソースがかかった揚げ物)とウプマ(ワダの下にある黄色いもの)。稲田さんはワダを「インド風がんもどき」、ウプマを「おからのようなポテサラ」と紹介してくれた
ワダやウプマなどのほかにも、米粉や豆粉を使った粉もの料理は南インドにはいろいろある。米粉と豆粉とスパイスを入れて作った生地を一晩置いて発酵させ、鉄板で薄く焼いた「ドーサ」。これは日本でもぜひ流行ってほしい香ばしい生地を楽しむ料理。

同じ生地を専用の器で丸く蒸したのが「イドゥリ」、具材を入れて焼いた「ウッタパム」はお好み焼きのよう。これらはティファン(軽食)と呼ばれ、南インドにはその専門店もあるという。家庭でも作るし、屋台でも気軽に食べられるとか。

日本ではなかなかその専門店までは見かけないが、ミールスに添えられていたり、オプションとして追加できる店もあった。ナン以外にもこんなにインドには粉ものがあるのか…と粉もの好きとしては俄然興味が湧くことに。ミールスを食べることではじめて知ったことだった。

「マドライキッチン」のマサラドーサ。鉄板で薄く焼き上げ、マサラポテトをはさんだもの。その大きさと美味しさに驚いた

ミールスの食べ方・楽しみ方について

ミールスで見かける料理を紹介したが、レストランでミールスをいただくと、何種類もの総菜や料理をどうやって食べるのか、食べ方に迷う人も多いかもしれない。ということで、今回は「エリックサウス」でも案内しているおすすめの食べ方を参考に紹介していく。

「エリックサウス」ではミールスをオーダーするとインド式のふりかけや漬物なども好みで加えることができる
まずはミールスが届いたら、大きなプレートの中に入っている器を外へ出し、スープやカレーをライスと合わせるスペースを作る。現地の人のように手で食べてみてもいいが、日本人にとってはハードルが高いのは確か。インドの人がどのように食べているかじっくり観察することができたら…と思うばかりだ。

ターリー(大皿)からカトリ(小皿)を取り出し、まずは混ぜ合わせるスペースを作る
そしてパパドなどパリパリのスナックや揚げ物が乗っていたら、湿気らないようにライスから離しておく。そしてスナック類は焼き立て、揚げたてが美味しいので、まずはそれらを先に少し味わっておこう。その後、スープやカレー、総菜などをライスとともにひとつずつ味わっていく。

一通り食べてご飯が半分ほどになったら、サンバルをご飯の半分にかけ、そこにそのほかの料理をひとつずつ合わせながら味の変化を楽しむ。サンバルは濃度があり、優しい味なので、ほかの料理と合わせやすい。このサンバルをベースにいろいろなものを混ぜて食べると、まろやかになったり、コクをプラスしてくれたりと味変を楽しむことができるだろう。

サンバルをかけたら、あとは気に入った組み合わせをリピートしたり、チャレンジしながら最後まで堪能を
稲田さんに聞くと、ミールスは料理を混ぜ、その変化を楽しむのが醍醐味だが、現地の人を見るとそんなにいろいろなものを混ぜていないのだとか。料理を食べていくと最後は自然に混ざっていってしまうので、たまたま混ざってしまったがこれも美味しいな…と偶然や出合いを楽しんでいくのがいいのではと教えてくれた。

そんな自分の好みの味を見つけたり、アチャールなどの漬物やパパドで食感の変化を楽しめたりと、最後まで飽くことなく、ワクワクしながら食べられるミールスは、エンターテインメントな料理であると食べるたびにつくづく思う。

最後に少しだけご飯を残しておき、ヨーグルトと漬物をかけて〆る。野菜や熟していない果実を漬けこんだスパイス香る漬物も店によっていろいろなものがあった
「エリックサウス」もそうだが、ミールスには甘くないヨーグルトが添えられていることが多い。これは合間合間にいただくのはもちろんだが、「シメにヨーグルトごはんとして食べてみてほしい」という稲田さん。

最後に少しライスを残しておき、ヨーグルトを掛け、砕いたパパドやウールガイ(アチャール、ピックルとも)と呼ばれるインド式の漬物を少し添えて混ぜ合わせる。日本でいうお茶漬けを食べるような感覚に近いだろうか。さわやかな酸味や辛さが、食後の口の中をリセットしてくれるのでぜひ試してみてほしい。

「エリックサウス」ではインドでよく見かけた、日本人にも美味しく食べられる食べ方を店で紹介しているが、現地の人がこの通りに食べるかといったらそうでもないらしい。個人個人で自分の好みの食べ方、マイルールがあるという。なので、おすすめの方法を参考にいろいろ試してみて自分なりの美味しい食べ方を見つけると、ミールスがどんどん楽しくなっていくだろう。

広大で奥深いインドの食の世界を開く入口に

インド国内の約8割がヒンズー教徒だが、そのすべてが菜食主義ではなく、魚だけはOKだったり、なかには肉食をする人も。時代とともに融合、変化を繰り返しているという。逆に信仰深い人々の中には、殺生を禁じ、土を掘り起こすときに虫を殺してしまうからと、ニンニクや玉ねぎといった土の中で育つ植物も食べない人もいる。

さらにカーストと呼ばれる階級が今も根強く残っていることもあり、その違いがミールスにも色濃く反映されているという。さらにハレの日に食べるミールス、普段の朝食の時に食べるミールスなどシーンでも異なるミールスが存在する。日本で食べられるミールスは、そんなさまざまなミールスの一部を取り上げて、再現しているので、今回紹介したものとまったく違う味や作り方のものもきっとあるだろう。

バナナの葉に料理を乗せた、ハレの日のミールス。油をたっぷり使った料理ほど、贅沢でもてなし用のミールスとなる
多種多様なインドの文化生活を感じられる料理、ミールス。「定義は人それぞれで、ミールスとはこんなものだ!と言い切ることはできない」と「エリックサウス」の稲田さんほか、インド料理を知る人は必ずいう。だからこそ、いろいろなミールスを食べれば食べるほど、インドの底知れない奥深さに興味が湧いてきた。

ミールスに代表される南インド料理は、野菜がたっぷり使われていて、米食が主体。粉ものも米粉や豆粉で作られているので、グルテンフリーとして味わうこともできる。何より辛さ以外の味わい、特に酸味のバリエーションが豊かで、素材の味わいを大切にした素朴な料理が多いのでスパイスたっぷりだが、なぜかほっとする味。

そして私が出会った稲田さんをはじめとする南インド料理店を営む方々は、皆インドが好きで、その魅力にみせられた人ばかり。質問をすれば、ミールスやインドの魅力を語ってくれ、ミールスをきっかけに、多様性の塊のような国、インドの一端を知ることができた。

とにかくまだミールスを食べていないという人は、インド料理はこういうものだという先入観をとっぱらい、楽しむことからはじめてみてほしい。

エリックサウス