小規模な蒸留所で作られる、地域の特色を生かしたクラフトジンが次々と生まれ注目を集めているが、ここ東京にも蒸留所があることをご存じだろうか。酒粕やコーヒー殻、廃棄になったビールなどさまざまな素材からジンを製造し、世界的なコンテストでも金賞を受賞するほどだという。今回はそんな製法でも味でも注目を集めるクラフトジンの製造販売拠点「東京リバーサイド蒸溜所」を訪ね、その飲み方、楽しみ方を実際に体験してみることに。ジンという飲み物の懐の深さ、そして新たな楽しみ方に驚かされる時間となった。
エシカル・スピリッツとは?問題解決と美味しさを叶えたクラフトジン
今回訪ねる「東京リバーサイド蒸溜所」を運営し、「循環経済を実現する蒸留プラットフォーム」をモットーにした蒸留ベンチャー「エシカル・スピリッツ」。その代表を務める山本祐也氏はもともと日本酒専門店を運営していたという人物だ。酒造りの生産者たちと出会う中で、酒粕が大量に排出され、その使い道に困っていることを知り、その問題も解決できる取り組みをしようと会社を立ち上げ作り上げたのが、酒粕を再蒸留して作り上げたクラフトジンだった。その利益から酒粕を提供してくれた酒蔵がまた酒米を購入し、日本酒を生産するという今までにない循環製造スタイルを立ち上げる。
そしてこのクラフトジンは、味でもロンドンの権威ある品評会「IWSC2021」で日本のブランドとしては唯一となる最高賞を受賞するなど、高く評価をされることに。これを皮切りに、余剰となっていたものに命を与え、それこそおいしいものであり、余剰なものなどない世の中にしようという思いで、さまざまなものをジンの原料として取り入れているという。コロナ禍で余ってしまったビール、廃棄される古い茶ノ木など、エシカル=おいしい、となるべく、クリエイティブなクラフトジンにチャレンジしている会社だ。
そして2022年にはコーヒースタンド「エシカル・スピリッツ&コーヒー」をオープンさせ、店で出たコーヒー殻を原料にジンを作り、そのジンを使ったドリンクやエシカルスイーツを販売するという自社内で出た廃棄物を使用した循環型プロジェクトもスタート。エシカル・スピリッツの製品の監修・製造を担当する蒸留家、 山口歩夢氏がForbes Japan「30 UNDER 30 JAPAN 2021」に選出されるなど、その取り組みやプロダクトに注目が集まっている。
スタンド型ショップでエシカル・スピリッツを体験
そんなエシカル・スピリッツによるエシカル生産&消費に特化した世界初の再生型蒸留所として2021年にオープンした「東京リバーサイド蒸溜所」があるのは、台東区・蔵前。このエリアは、ものづくりを発信したいと思っていたエシカル・スピリッツのコンセプトに響く、格好の場所だった。「近年はものづくりの街、コーヒーの街として注目を集めている蔵前。その文化とともに根付いていけたら...という思いでこの地に出店しました」という店長の内山さん。東京のブルックリンとも呼ばれるほど、クラフト関係の会社やお店が多数軒を連ね、小さなお店が頑張っている町だ。
蒸留所のほかショップやダイニングバーなどがひとつの建物に集約されている「東京リバーサイド蒸溜所」だが一見すると何があるのかよくわからない。コーヒースタンドのようにも見え、通りすがりの人が気になってふらりと近寄ってくることもあるとか。実際に近づいてみると、ショップの奥には巨大なタンクがあり、工場があることが分かる。そして店頭に立つスタッフが案内するのはクラフトジンという予想もしなかった答え。確かに、果実のようなハーブのようなよい香りもしてくる。並んでいる香水容器にはジンが入っていて、香りをテイスティングするためのサンプルだと知り、さらに興味が湧いてくる。
サンプルを紹介してくれた工藤さんによると、ジンが好きか、それとも初めて試すのかによって案内するジンを変えているという。「まず香りが華やかなので、はじめてジンを試すという人におすすめしているのが酒粕を蒸留した「LAST」シリーズ。そして飲み頃をすぎてしまったお酒を再蒸留させて作っているシリーズ「REVIVE」はバドワイザーやヒューガルデン、日本酒など、原酒由来の個性的な風味が特徴です」。
例えば「REVIVE」シリーズのバドワイザーを使ったジンはウィスキーを思わせるフレーバー。ビールはウイスキーと同じ大麦が原料なので、相似してくるという。そしてコーヒー殻やカカオハスクなど捨てられてしまうものを再利用したチョコレートやコーヒー由来の香りで魅了するシリーズは香りも個性的で、ジンのイメージをいい意味で覆してくれる香りが漂う。お客様の好みを聞きながら商品を提案しているという。
「ジンは強いお酒のイメージがありますが、香りのテイスティングはお酒が強くない人でも気軽にできます。『LAST』シリーズは今までのジンとはまったく違った華やかな香りがするので興味を持ってもらえることが多いですね」
香りの印象でまず驚かされるのがエシカル・スピリッツのジンの特徴とも言えるだろう。ここでは実際にテイスティングしたジンをボトルで購入することができ、ソーダやトニックなど好きな割り方で作ったドリンクも販売しているので、コーヒースタンドならぬジンスタンドとして、日常的に立ち寄っていく人も多いとか。バーで飲むもの、と思っていたジンがこんなにも気軽に飲めるスタイルがまずは新鮮だった。そして、その香りの豊かさや、ジンとひと口に言ってもそれぞれに個性があることを知ることに。もっといろいろなジンを試してみたいと引き込まれていった。
ダイニング&バー「Stage」で、エシカル・スピリッツのマリアージュに触れる
そしてこのスタンドショップの隣に入口があり、ビルの2Fに店を構えるのが、ダイニング&バー「Stage」。こちらの店のコンセプトは、ジンの可能性を広げ、ジンが食べ物とも美味しく楽しめる飲み物だということを体験してもらうことにある。フードメニューを監修するのは昆虫食コースを提供するレストラン「ANTCICADA」のシェフを務める白鳥翔大氏だという。
エシカル・スピリッツのジンの特徴やジンとフードを合わせるときの考え方の基本やコツについて知りたいと思い、この店の店長でバーテンダーを務める内山さんと、料理長の阿部さんに、エシカル・スピリッツの特徴を活かしたジンカクテルとフードの組み合わせ方について3つペアリングを提案してもらった。
最初のペアリングは、「White Negroni」と名付けた、LASTシリーズの「ELEGANT」を使ったカクテルと独創的な海老のチリソースとの組み合わせ。「White Negroni」は、イタリアのクラシックなアペリティフ(食前酒)用のカクテル、ネグローニから発想したカクテルだ。通常ネグローニは、カンパリとベルモットロッソ、ロンドンドライジンを同量で合わせるというレシピだが、こちらはカンパリとヴェルモットの代わりに、フランスの薬草系リキュール「Suze」と白ワイン、フルーツリキュールをブレンドしオーク樽で熟成させた「Lillet Blanc」を使い、ハーブを添えて爽やかな味わいに。まるで香水のようと表現されるジン「ELEGANT」は、ボタニカルにハイビスカスや花椒、ラベンダーなど11種が使われており、その繊細で優雅な香りを生かしたレシピになっている。
そして、たっぷりのクレソンが添えられた海老のチリソースは「海老チリの要素を再構築し、クレソンとあえてサラダ仕立てにしました。梅酢とハイビスカスで漬けたガリや発酵させた七味、発酵トマトソースなど、様々な酸味、うまみで重層的な味わいにしています」という。食べてみるとハーブの香り、さわやかな酸味とうまみが重なり、思わずカクテルに手が伸びる。食欲も搔き立てられ、夏にぴったりなペアリングと言えるだろう。
次に紹介するのは「梅マティーニハイボール」という、梅肉や大葉を添えたこちらもうまみや酸味が楽しい一杯とハーブたっぷりでレモンの酸味が効いたフライドチキンの組み合わせ。「食事とのペアリングを考えるときに大切なのが、アルコールが強すぎないようにすること。ジンを使ったカクテル、マティーニはアルコールが強いですが、これでハイボールを作ってみたら…と創作したのがこのカクテルです」。
ジンは「REVIVE」シリーズの「NINJA」を使用。この香りを生かすため、すっきりとした酸味と優しい風味が特徴のドライヴェルモットとソーダで割ってシンプルに。梅肉のうまみや酸味が効いた、こちらも食事を進ませてくれる味わいだ。うまみがあることでカクテルに厚みが出て、そのままで飲んでももちろん飲み飽きないし、食べ物と重なることで、さらに旨味の余韻が広がるように感じた。ハイボールと揚げ物という王道の組み合わせがランクアップしたようなマリアージュとなっている。
最後は「CACAO ÉTHIQUE」というカカオハスクと呼ばれるカカオ豆の皮の部分を使って蒸留したジンで作る甘くてビターなカクテルとスイーツの組み合わせ。カカオの香りがするジン「CACAO ÉTHIQUE」とカンパリ、バニラやオレンジの香りがするヴェルモット「Anticaformula」を使用したカクテルは、ほろ苦さと甘さで魅了する。まるでオレンジピールとチョコレートのお菓子、オランジェットのようだ。これに合わせるのは、ラズベリーやキャラメルソースを添えたアボカドアイスクリーム。ねっとりとしたアボカドそのままの食感が楽しいデザートだ。このカクテルそのものがスイーツのような印象も持ち、ショコラやバニラアイスなどさまざまなスイーツと試したくなる。
今回紹介してもらったカクテルは、料理の味わいと寄り添ったり、後味をすっきりさせたりと、食べるのも飲むのも進ませてくれるものばかり。「そもそもジンという蒸留酒は、その規定が幅広く、どんな食材を使ってもジンと呼べる。その自由さが魅力だと思っています」という内山さん。そんな可能性が限りないジンをここから発信し、今までにないお店を作っていることにやりがいを感じているという。ジン専門というマニアックなお店であるが、食事とのマリアージュを提案し、アルコールも強すぎないので、お店を訪れる人は女性客も多いとか。ハイボールのように揚げ物と合わせたり、スイーツのような感覚で甘くてほろ苦い味わいを愉しんだり。ジンの限りない可能性を発見できる食体験ができた。
「繊細な味わいと複雑な香りでほかのジンとはまったく異なるインパクトを持つジンなので、同じく繊細な味わいの和食やだしのうまみと相性がよいといえます。例えばきんぴらごぼうなどは、その甘辛い味やごぼうが持つ土のような香りとマッチしてよい組み合わせとなるはずです」という阿部さん。内山さんも「うまみや渋みを持つ緑茶の要素を入れたカクテルにするとお料理と合わせやすくなります。特にNINJAはボタニカルに緑茶を使っているので、水出しした煎茶と割るととてもよくマッチします」とのこと。
さまざまなボタニカルを感じるジンの特性を生かしたカクテルを自分でも作って、マリアージュを愉しむことができそうだ。日本・東京で生まれたジンと和食という組み合わせがマッチするということは、このジンが日本人の食文化、味覚にあったジンであると言えるだろう。
東京のど真ん中に製造現場があることの意味。ここを入口に、きっかけに
建物の屋上はハーブが育つ庭園となっていて、「Stage」で使われていたハーブは、ここで育てられているという。今後はジンの製造に使用するボタニカルもここで栽培し、小量生産にはなるが、蔵前生まれのボタニカルを使い、とれたての香りを詰め込んだ、ここでしか作れないジンをリリースする予定だとも。
そして、ここで体験したことをきっかけに、エシカル・スピリッツのジンを知りたいと思った人は「スピリッツ・メイト」という、サブスクサービスに入会することで会員限定の商品などが定期的に届き、蒸留所の見学会といったイベントに参加することもできるようになるとか。さらに奥深いクラフトジンの世界へといざなってくれるだろう。
自らの五感でぜひ体験し、エシカルをもっと身近に
蔵前という場所で、ものづくりの現場で。「東京リバーサイド蒸溜所」は香り豊かで日本人の食にも寄り添うことができるクラフトジンを媒介として、農業の問題に目を向けたり、驚きのマリアージュを発見できたりと、飲み物を飲むというだけにとどまらないさまざまな関わり方ができる場所であることが分かった。初心者にもディープに楽しみたい人にも、幅広い層がジンと関われるようにと作られたお店からは、ジンを日常に広め、エシカルを当たり前にしたいという思いが伝わってくる。ここで体験した”いい香り”、それを入口にジンという飲み物の奥深い世界が広がっていくだろう。
ジンを楽しむライフスタイルが日常になれば、エシカルが当たり前になり、よりよい世界に少しだけ近づくことができるのでは…。「東京リバーサイド蒸溜所」はそう思わせてくれる場所だった。
エシカル・スピリッツ|東京リバーサイド蒸溜所
住所:東京都台東区蔵前3-9-3 / 蔵前駅 徒歩3分
営業時間:Store/13:00-19:00 Stage/18:00-23:00 ※いづれも月曜定休
https://ethicalspirits.jp/
CURATION BY
古いものや熟成したものと愛娘に目がない、フリーライター。チーズ好きが高じて、「チーズプロフェッショナル」の資格も取得。カメラ片手に町や人、美味しいものを訪ね歩く日々を過ごす。