渋谷から東急線で10分。都立大学駅周辺は、ちょうどいい街
駅を中心に東西に延びる適度な広さの緑道は、自転車に乗る人、赤ちゃん連れの夫婦、散歩を楽しむ若いカップル、ウォーキングで汗を流す人...多くの人々の憩いの場となっているようだ。
渋谷から電車で10分という好立地で、駅前は昼夜を問わず常に活気があるが、少し歩くと静かな住宅街に。駒沢公園や呑川緑道など静かな自然環境も整っており、歩いて隣町の自由が丘にも行けるのも、魅力のひとつだろう。
都心へのアクセスのしやすさを住まい選びの条件にしつつ、静かに環境を望む一人暮らしの方や、若い夫婦に特におすすめと評判だ。
都立大学駅から南へ徒歩20分弱の散歩を経て、心地よい疲労感とともに辿りついたのは「景色盆栽」という新しい盆栽のスタイルを提唱する盆栽専門店の「品品」だ。代表の小林さんにお話を伺いつつ、その奥深い見立ての世界をのぞいてみよう。
世界中で愛好されている「BONSAI」
しかし今、盆栽は海外でも「BONSAI」という言葉で通じるほどメジャーな存在で、日本でも若年層の人たちの間でも人気の文化になっているという。
「比較的安価で購入できる小品盆栽(小さいサイズの盆栽)や苔玉が普及したことで、インテリアグリーンとして愛好する人たちが増えています。さらにSNSでは、世界中の人たちが盆栽を飾った部屋の様子や作品をシェアしあっています。BTSのリーダーRMなどアーティストにも愛好家が多いので、その影響もあるでしょうね」と、景色盆栽の提唱者で盆栽専門店「品品」代表の小林健二さん。
また、海外でも盆栽の教室や個展を開いている小林さんは、海外の人々の盆栽は「タイムやローズマリーといったハーブなど、日本では発想が浮かばなかったようなものも盆栽として取り入れているところがおもしろく、インスピレーションをもらえます」と話す。
手をかけながら、四季を共に生きる
「自然界では植物は100年くらいで淘汰されますが、人間が手をかけることで長生きします。御神木が何百年も生きているのは人間が守っているからです。現在、最古の盆栽は350年ものと言われています。私たちが手をかけることで、盆栽は一生を共にするパートナーになります」
特に、植物そのものだけでなく、鉢を風景(ランドスケープ)に見立てる「景色盆栽」では、その醍醐味をより味わうことができる。山、丘、雑木林、渓流、湖畔、島など、自然の中で一番美しいと思うシーンや、印象に残っている思い出の風景を鉢の中に表現する。鉢の中だけでなく、周辺に広がる風景も見えてくるのがおもしろい。
景色盆栽で自分の心にある風景と向き合う
盆栽は主に「枝もの」「草もの」に大別され、さらに、年間通じて葉をつける「常緑」、新芽・新緑から紅葉、葉のない枝ぶりなど四季の趣を楽しめる「落葉」、四季の花を咲かせる「花もの」、主に自然界の草木が寂しくなる秋冬に色あざやかな実をつける「実もの」などに分けられる。
さらに、「枝もの」は樹形もさまざま。幹が根元からまっすぐ伸びた「直幹」はどっしりとした大木に見え、幹が左右どちらかに傾いている「斜幹」は傾斜地や風の強い場所に立っている姿を想起させる。幹や枝先が鉢より下に垂れ下がっている「懸崖(けんがい)」は断崖絶壁に根を張りぶら下がる木をイメージさせる、などなど。
この日はすべて枝もの。12月と4月に花を咲かせる長寿梅、2月が見ごろの黄梅、紅葉や新緑が美しいモミジ、花も実もつくナツハゼ、枝を切ることで枝ぶりが変化していくコウチョウギ、年中葉を茂らせている真柏(紀州、糸魚川の2種)と、7種類が用意されていた。
日本の文化の盆栽に海外のテイストを加えるというアイデアに惹かれ、思い浮かべたのは、空がカラッと晴れた、海外の草原に木がそよいでいる姿。昔旅行して印象に残っている、フランスの車窓から見た風景だ。自室に思い出の風景を取り込んでみたい。
「土づくりは、手のひらや指への程よい刺激があって、リラックス効果があると思うんです。好きなお香を炊いたりしながら楽しむのもおすすめです」とのこと。
まず苗をじっと眺め、どのアングルから見た時がその植物が一番大きく見えるのか、迫力があるのか、奥行きを感じられるのか、などを考える。その際、葉が見える方向ではなく、幹や枝が美しく見える側「幹面(みきおもて)」と呼ばれる方向を正面にするのが大切。木の幹や枝の動きを見せることで、植物本来の「生きている姿」をより印象強くすることができるという。
「植物にはそれぞれ”動き”があります。幹が真上にまっすぐに立ち上がっているもの、曲がりくねっているもの。その形は千差万別です。その動きを生かして、迫力や遠近感を演出します。さらに空間構成に気を配ることで、鉢の中に安定を生み出すことができます」(小林さん)
砂もさまざまな大きさ、色のものがあり、使う大きさによってスケール感や空間の雰囲気を変えることができる。石は、岩山や断崖、渓流、峰などを表現したり、強さや優しさ、厳しさなどの雰囲気を演出できるアイテム。使う石の表情、数、配置などで風景はガラッと変わる。
日本には古来より、石の色や形を生かしてさまざまな自然の情景をつくって楽しむ「水石(すいせき)」という趣味があったり、寺院の庭でも石が宗教的な意味を持っていたりと、”風景の見立て”において、とても大切にされてきた要素でもある。
今回は最小限の材料だったが、ほかにも、複数の植物の苗を寄せ植えしたり、流木などのアイテムを取り入れることで、さらに風景のストーリーを追求することができる。苗の形だけでも、見る人の数だけ異なるイメージが浮かぶのに、周辺の風景を含めて鉢の上につくり出すことで、ストーリーは無限に広がっていく。
心をととのえ、自分と向き合い、表現する和のアート
また、長い年月のなかで万が一枯れてしまっても、枯れた木を苔が覆って新しい風景が生まれることもあるという。そんな人の手を加えつつも、想像どおりに行かないところも興味深い。
「枯れてしまったものを捨てることは簡単にできますが、枯れた木を養分にして命を繋いでいく、それも盆栽の形です。意図せず人がつくれない自然の風景ができあがります」(小林さん)
自然の摂理に寄り添いながらあるがままの姿を楽しむ。デジタル頼りで暮らしを効率よく送ることを良しとしてきた筆者にとっては目から鱗の考え方だった。