Vol.389

08 NOV 2022

【ZOOM in 都立大学】日本伝統のアート「景色盆栽」。植物で鉢に風景をつくりだす

植物の姿の美しさを、手を加えながら愛でる日本伝統のアート、盆栽。盆栽=古風な趣味、というイメージを持たれがちだが、最近ではインテリアグリーンとしても愛好され、海外でも人気に。今回は、植物そのものの姿だけでなく、鉢の中に風景を”見立て”て楽しむ新しいスタイルの盆栽「景色盆栽」を紹介する。

渋谷から東急線で10分。都立大学駅周辺は、ちょうどいい街

すべてが「ちょうどいい」と評判の都立大学駅周辺。常に緑を感じる
都立大学駅の名称は、1991年までこの地にあった都立大学の名残。首都大学東京に改名された今でも、駅名だけはそのままとなっている。

駅を中心に東西に延びる適度な広さの緑道は、自転車に乗る人、赤ちゃん連れの夫婦、散歩を楽しむ若いカップル、ウォーキングで汗を流す人...多くの人々の憩いの場となっているようだ。

渋谷から電車で10分という好立地で、駅前は昼夜を問わず常に活気があるが、少し歩くと静かな住宅街に。駒沢公園や呑川緑道など静かな自然環境も整っており、歩いて隣町の自由が丘にも行けるのも、魅力のひとつだろう。

都心へのアクセスのしやすさを住まい選びの条件にしつつ、静かに環境を望む一人暮らしの方や、若い夫婦に特におすすめと評判だ。

都立大学駅から南へ徒歩20分弱の散歩を経て、心地よい疲労感とともに辿りついたのは「景色盆栽」という新しい盆栽のスタイルを提唱する盆栽専門店の「品品」だ。代表の小林さんにお話を伺いつつ、その奥深い見立ての世界をのぞいてみよう。

世界中で愛好されている「BONSAI」

盆栽は、植物を鉢の中で育てながら、その姿の美しさを愛でる趣味であり、文化。平安時代に中国から日本にやってきて、江戸時代で盛んになり、明治時代には粋な趣味ともされていた歴史ある芸術だ。その一方で、個人的には”お年を召した人の趣味”というイメージを持っていたのも正直なところ。

しかし今、盆栽は海外でも「BONSAI」という言葉で通じるほどメジャーな存在で、日本でも若年層の人たちの間でも人気の文化になっているという。

「比較的安価で購入できる小品盆栽(小さいサイズの盆栽)や苔玉が普及したことで、インテリアグリーンとして愛好する人たちが増えています。さらにSNSでは、世界中の人たちが盆栽を飾った部屋の様子や作品をシェアしあっています。BTSのリーダーRMなどアーティストにも愛好家が多いので、その影響もあるでしょうね」と、景色盆栽の提唱者で盆栽専門店「品品」代表の小林健二さん。

また、海外でも盆栽の教室や個展を開いている小林さんは、海外の人々の盆栽は「タイムやローズマリーといったハーブなど、日本では発想が浮かばなかったようなものも盆栽として取り入れているところがおもしろく、インスピレーションをもらえます」と話す。

アメリカの方が制作した盆栽。植物は日本でもおなじみの松だが、ユニークな鉢に植えて、西洋風に。遊び心を感じる作品

植えられているのは北米にも多く見られるカエデ。現地で調達した素材を用いて、小林さんと現地の作家が共同制作した作品。現地でおなじみの植物で、枯山水風の景色を見立てている。鉢もスタイリッシュで、モダンなインテリアにも調和しそうだ
日本とは違った感性と、”盆栽とはかくあるべき”という先入観のない自由な発想で楽しまれている海外の盆栽カルチャー。SNSで広まっていることもあいまって、日本の盆栽のスタイルにも影響を与え、楽しまれ方も少しずつ時代とともに変わってきているようだ。いま、盆栽のスタイルはますます自由なアートへと進化している。

手をかけながら、四季を共に生きる

盆栽は「手をかけることこそ醍醐味」と小林さんは話す。定期的に土を整え、水やりをし、伸びた枝を剪定し、手をかけるなかで命を知る。「忙しい日々のなかでも少しの時間をつくって世話をすることで、生活が整います。心を整えるマインドフルネスにも通じるものがありますね」と続ける。

「自然界では植物は100年くらいで淘汰されますが、人間が手をかけることで長生きします。御神木が何百年も生きているのは人間が守っているからです。現在、最古の盆栽は350年ものと言われています。私たちが手をかけることで、盆栽は一生を共にするパートナーになります」

店内にはさまざまな盆栽が並ぶ
また、四季折々の風景を部屋のなかで楽しめるのも盆栽の魅力のひとつ。花が咲く落葉樹の盆栽ならば、春は桜の盆栽で花見、夏は新緑で森林浴、秋は紅葉狩り、冬は葉が落ちて現れる枝や幹の姿形を鑑賞する・・・変化が少ない部屋でどんな楽しみが生まれるのか、想像するだけで心踊る。

特に、植物そのものだけでなく、鉢を風景(ランドスケープ)に見立てる「景色盆栽」では、その醍醐味をより味わうことができる。山、丘、雑木林、渓流、湖畔、島など、自然の中で一番美しいと思うシーンや、印象に残っている思い出の風景を鉢の中に表現する。鉢の中だけでなく、周辺に広がる風景も見えてくるのがおもしろい。

「景色盆栽」の特徴は、植物だけでなく鉢の表面に石や苔、砂などを配置することで風景を見立てていること。写真は、古都の日本庭園をモダンにアレンジした「ヤマモミジ 庭園風」13,200円(税込)

ヒノキでさわやかな林をイメージした「ヒノキ寄せ植え」132,000円(税込)。青く澄み切った青空や、心地よいそよ風すら感じられそうだ

古木と苔と砂で湿原の景色をつくりだした「八房エゾ松」30,800円(税込)

盆栽専門店「品品」代表で作家の小林健二さん。オレゴン州ポートランドで栽培しながら景色を作る「栽景」を学び、帰国後に独自のスタイルとして景色盆栽を確立。現代のライフスタイルに合わせた盆栽で、心豊かな暮らしの楽しみ方を提案する

景色盆栽で自分の心にある風景と向き合う

盆栽専門店「品品」では、盆栽の販売だけでなく、季節ごとの植物を使った「景色盆栽」づくりを体験できる。基本的な育て方、土のつくり方や手入れの仕方を学び、景色盆栽の世界の入り口を垣間見られる。

景色盆栽の専門店「品品」。店舗は自由が丘の住宅街にある

景色盆栽がモダンな空間に飾られ、現代のライフスタイルとの調和を感じさせる

景色盆栽の完成作品だけでなく、植物や道具など、つくるための材料も取りそろえている

基礎教室(2時間制)7,150円 (税込)。中級者以上向けの応用教室もある
「景色盆栽の苗選びは、どのような風景を見立てるかによって変わってきます」と小林さんが話すように、盆栽の根幹を成す重要なポイントだ。「崖に立つ荘厳な景色なのか、吹き流し(風にふかれているような姿)なのか、草原の中にそびえる1本なのか・・・風景を思い浮かべながら、直感や印象にしたがって選びます」

盆栽は主に「枝もの」「草もの」に大別され、さらに、年間通じて葉をつける「常緑」、新芽・新緑から紅葉、葉のない枝ぶりなど四季の趣を楽しめる「落葉」、四季の花を咲かせる「花もの」、主に自然界の草木が寂しくなる秋冬に色あざやかな実をつける「実もの」などに分けられる。

さらに、「枝もの」は樹形もさまざま。幹が根元からまっすぐ伸びた「直幹」はどっしりとした大木に見え、幹が左右どちらかに傾いている「斜幹」は傾斜地や風の強い場所に立っている姿を想起させる。幹や枝先が鉢より下に垂れ下がっている「懸崖(けんがい)」は断崖絶壁に根を張りぶら下がる木をイメージさせる、などなど。

左が「直幹」、右が「懸崖(けんがい)」
体験で選べる苗は、季節のおすすめが約5種類。

この日はすべて枝もの。12月と4月に花を咲かせる長寿梅、2月が見ごろの黄梅、紅葉や新緑が美しいモミジ、花も実もつくナツハゼ、枝を切ることで枝ぶりが変化していくコウチョウギ、年中葉を茂らせている真柏(紀州、糸魚川の2種)と、7種類が用意されていた。

この日の体験で選べた苗は7種
筆者が選んだ苗は、コウチョウギ(花もの)。たくさんの花をつけることから「サザンスター(1000の星)」とも呼ばれる樹木で、「アメリカ西海岸の盆栽家はだいたい持っている」らしい。「アメリカでは、日本というよりはアジアっぽい植物の盆栽が流行っていて、日本でも逆輸入のような形で流行っているんですよ。ガジュマルの盆栽など、南国の木を盆栽にするのもよくあります」

日本の文化の盆栽に海外のテイストを加えるというアイデアに惹かれ、思い浮かべたのは、空がカラッと晴れた、海外の草原に木がそよいでいる姿。昔旅行して印象に残っている、フランスの車窓から見た風景だ。自室に思い出の風景を取り込んでみたい。

コウチョウギの苗。選んだ樹形は、1つの根から幹が2つに別れて立ち上がっていて調和を感じられる「双幹(そうかん)」。苗はなるべく健康なものを選ぶ。枝や葉が枯れていないか、などをチェック

体験で使用した道具は、鉢、剪定バサミ、ヘラ付きピンセット、丸箸、霧吹きスプレー、鉢底ネットとそれを取り付けるための盆栽用アルミ線、ビニール手袋、オケ、土入れ、さまざまな角度から確認・植え付け作業するのに使う回転台
苗を選んだ後は、土づくりを行う。盆栽用の硬質赤玉土や、富士山麓に堆積した火山灰を使った富士砂など5種類。手全体を使って、土が完全に混ざるまで丁寧に混ぜていく。

「土づくりは、手のひらや指への程よい刺激があって、リラックス効果があると思うんです。好きなお香を炊いたりしながら楽しむのもおすすめです」とのこと。

5種類の土をブレンドして使用する

水分を含んでいる土もあるが、完全にサラサラになるまで丁寧に混ぜていく

土づくりが終わったら、伸びすぎている枝を剪定したり、葉が多すぎる箇所を間引いたり、苗の形を整える
土づくりと苗の剪定がおわったら、鉢に苗を配置する。ここが景色盆栽のポイントだ。配置によって印象がガラッと変わる。

まず苗をじっと眺め、どのアングルから見た時がその植物が一番大きく見えるのか、迫力があるのか、奥行きを感じられるのか、などを考える。その際、葉が見える方向ではなく、幹や枝が美しく見える側「幹面(みきおもて)」と呼ばれる方向を正面にするのが大切。木の幹や枝の動きを見せることで、植物本来の「生きている姿」をより印象強くすることができるという。

「植物にはそれぞれ”動き”があります。幹が真上にまっすぐに立ち上がっているもの、曲がりくねっているもの。その形は千差万別です。その動きを生かして、迫力や遠近感を演出します。さらに空間構成に気を配ることで、鉢の中に安定を生み出すことができます」(小林さん)

空白と植物の植えられている場所の黄金比は7:3。また、ちょっと傾けるだけでも印象が変わるので、”素敵”だと思える角度を探すことも忘れずに
配置を終えたら、次は石や苔、砂で、苗の根元や土の表面を装飾していく。コケは緑の広がる草原や、なだらかに曲線を描く山や丘陵、小島などを表現するのに役立つ。また、土の乾燥を防ぐ役割も担う。

砂もさまざまな大きさ、色のものがあり、使う大きさによってスケール感や空間の雰囲気を変えることができる。石は、岩山や断崖、渓流、峰などを表現したり、強さや優しさ、厳しさなどの雰囲気を演出できるアイテム。使う石の表情、数、配置などで風景はガラッと変わる。

日本には古来より、石の色や形を生かしてさまざまな自然の情景をつくって楽しむ「水石(すいせき)」という趣味があったり、寺院の庭でも石が宗教的な意味を持っていたりと、”風景の見立て”において、とても大切にされてきた要素でもある。

苔を適切な大きさにちぎって植え込んでいく

根の間に石を挟むことで、木が岩を避けて力強く生える様子をイメージできるようになった
「苔も石も、ただ置くだけではなく、自然の摂理を考えることも忘れてはいけません。なぜそこに石があるのか、雨が降って、崩れたらどんな石の形になって、どんな配置になるのか...。子どもが見ても”なるほど”と思うような、ストーリーを感じられるようにするのが大事です」(小林さん)

筆者の完成品。朽ち果てた廃墟があるフランスの草原にそよぐ1本の木...の風景が見えるだろうか
石ひとつを配置するときも、頭のなかで”どのような経緯を経て、その風景が出来上がるのか”を考えなくてはならない。筆者の場合、廃墟の崩れた建物の様子を石で表現するために、あえて角ばった人工物のような石を選んだ。建物の残った壁の部分を立てた石、崩れ落ちた建物を寝かせた石で表現してみる。

今回は最小限の材料だったが、ほかにも、複数の植物の苗を寄せ植えしたり、流木などのアイテムを取り入れることで、さらに風景のストーリーを追求することができる。苗の形だけでも、見る人の数だけ異なるイメージが浮かぶのに、周辺の風景を含めて鉢の上につくり出すことで、ストーリーは無限に広がっていく。

他の参加者のみなさんの作品。昔見た風景やジブリ作品など、それぞれにイメージがあるそうだ。まったく違った風景が見えてくるのがおもしろい

心をととのえ、自分と向き合い、表現する和のアート

「景色盆栽は、飾る場所はどこでもいいんです」と小林さんは話す。リビングでもキッチンでも、1日をよく過ごす場所から一番よく見える場所で、目線にあわせて飾るとよいとのこと。

筆者はリビングの本棚に飾った。ライフスタイル雑誌や旅行誌、洋書が多いが、きれいに調和した

晩酌時にはテーブルに置いて眺める楽しみもできた。季節ごとの景色盆栽を置くのもよさそうだ
盆栽は手をかけていけば、人生を通じて付き合っていくパートナーになる。経験を積み重ねるなかで、新しい景色に出会うたびに盆栽をつくるのも新しい楽しみになりそうだ。以前つくった盆栽の風景が違ったふうに見えてくることもあるだろう。

また、長い年月のなかで万が一枯れてしまっても、枯れた木を苔が覆って新しい風景が生まれることもあるという。そんな人の手を加えつつも、想像どおりに行かないところも興味深い。

「枯れてしまったものを捨てることは簡単にできますが、枯れた木を養分にして命を繋いでいく、それも盆栽の形です。意図せず人がつくれない自然の風景ができあがります」(小林さん)

自然の摂理に寄り添いながらあるがままの姿を楽しむ。デジタル頼りで暮らしを効率よく送ることを良しとしてきた筆者にとっては目から鱗の考え方だった。

枯れた木を雨風に晒していたら複数の苔が着床し、このような姿に

筆者の盆栽の木の根元にも苔が。ここからどう苔が広がっていくかも、手をかけて育てていく楽しみになりそうだ
盆栽は心の映し鏡。1日のなかで自分のなかにある風景と向き合う時間を持つことで、より心豊かな暮らしのヒントが見つかるかもしれない。

品品

住所:東京都世田谷区奥沢2-35-13
電話:03-3725-0303

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