Vol.78

FOOD

06 NOV 2019

インドで生まれた煙香る南国のウイスキーPaul John PEATEDを楽しむ

現在は世界的にウイスキーブームにある。数年前までは普通に街中でも売られていた山崎や白州も今は入手困難になってしまった。日本に限らず多くのメーカーが原酒不足となっていて値段も高騰している。近年はスコッチやバーボンに限らずに様々な国でウイスキー蒸留所が生まれている。フランス、韓国、オーストラリアなどそれぞれの製法で気候も違えば自ずと個性的でユニークなウイスキーが誕生する。その中でもインドのウイスキーはいま最も注目されると共に高評価されているウイスキーのひとつである。その理由と、ウイスキーを一人でも楽しめる極上の方法を紹介したい。

投資目的や美術品としても扱われるウイスキー。

1本1億7,300万円で落札されるウイスキー

ウイスキーの本場と言われるスコットランドで作られているスコッチと、アメリカのケンタッキー州で作られているバーボンは、世界的にも人気のあるウイスキーとして知られている。日本でも馴染み深い有名なスコッチだと、ジョニーウォーカーやラフロイグなどがある。バーボンだとワイルドターキー、メーカーズマークなどが有名だ。

世界5大 産地 ウイスキーと言われているのが、スコッチ、バーボン、アイリッシュウイスキー、カナディアンウイスキー、そして余市や山崎など、今や世界中で入手困難になっているジャパニーズウイスキーである。

世界中でウイスキーブームを証明するように、2018年には世界最古の国際競売会社サザビーズのオークションで山崎50年が3,250万円、同年にロンドンで行われた美術品などを扱うクリスティーズ社のオークションでは、マッカラン60年がなんと1億7,300万で落札されるという事もあった。

インドにスコッチのような本格的なウイスキーが誕生

インドでの国内消費量はイギリス植民地時代から徐々に増えていった。インドで作られているウイスキーの多くは原料が大麦ではなく、サトウキビ由来のモラセスで作られている物が多い。つい最近まではスコッチとは大きく異なり、粗悪な安酒...というイメージであった。

スコッチのような本格的なウイスキーが作られ始めたのはまだここ十数年の話であり、そのうちの一つが今回紹介するポールジョンである。ポールジョンが日本に輸入され始めたのは2017年からなので、まだ多くの人には馴染みのないウイスキーかもしれない。

樽の色味がウイスキーに染み出してキレイな赤茶色となる。

伝説の聖地ゴアで作ったポールジョンピーテッド

インドの西海岸にあるゴアはかなり大きな州のことで町の名称ではなく、通称ゴアと呼ばれている場所はパナジという町のことだ。パナジの中心地から少し離れると南国らしい椰子の木が並ぶ。赤茶色のビーチは人も少なく、ゆっくり過ごすにはとてもいい町で、夕暮れが海に沈むのをただ待つような場所だった。パナジから南に車で1時間30分ほどの場所でポールジョンは作られている。

この地域の水はアラビア海からの偏西風が運び山に降り濾過されたものだ。ウイスキーにとっては水や自然環境は味や香りを左右する重要な要素だ。このような自然の恵みが豊かな場所で作られたウイスキーというだけでワクワクしてしまう。

南国らしいパナジの郊外。
しかし一般的にパナジのような暑い気候は、ウイスキー作りに適さないと言われている。高い気温により熟成が早まり、少しずつ樽の中のウイスキーが蒸発していく。これは「天使が飲んでいる」という比喩から、エンジェルズシェアと呼ばれている。

そのエンジェルズシェアの量は製造量に対して年間8%にもなる。故に長熟する事が出来ず、また醸造をコントロールしにくいなど様々な悪条件を抱えているのだが、実はその熟成の早さを上手く利用することで、南国らしいリッチで複雑なアロマフレーバーを生みだしているのだ。

ポールジョンは5種類のウイスキーをリリースしているのだが、その中でピーテッドという商品はウイスキーの製造過程の中で大麦を燻す際にピート(泥炭)という天然燃料をより多く使っているため、他のシリーズよりもスモーキーな香りと味わいが強い商品だ。

ポールジョンは7年熟成で作られている。一般的にウイスキーで7年では早熟となるが、このポールジョンピーテッドは、世界で最も影響力の高いテイスターのジム・マーレー氏が、毎年1,000本以上のテイスティングをしスコアリングした「ウイスキー・バイブル」にて96点という非常に高い評価を受けている。

外箱はマグネットで蓋が閉まるようになっている。ボトルデザインはスラッと背が高く、筆記体のロゴが曲線的で全体的にエレガントな印象だ。

薫るピートは上品で味わいは力強く

赤茶色のウイスキーはしっかりと樽の色が染み出し熟成されている。スコッチで言えば12年ものほどの色味に近い。一口含むと思わず美味いと笑ってしまう...。

はっきり言って想像以上の完成度。オイリーでとろみがあり、スパイシーで力強く、ほのかな甘味に上品さを感じる。潮っぽいピートの香りがして、トロピカルな味わいは南インドの自然豊かな環境ならではの味わいだ。

ウイスキーを家で一人ゆっくり飲むのは至福の時間

ウイスキーが飲むことが趣味で、コラムも書いている私のウイスキーの嗜み方は、好きなウイスキーを飲みながら好きなアート写真集を鑑賞すること。この組み合わせは非常に相性が良い。例えばアメリカのフォトグラファーの中で代表的なロバートフランクの写真には、バーボンというイメージがピッタリかもしれないが、私はスコッチで相性の良いものを探し出すのが楽しみだったりする。

私が今回ポールジョンピーテッドと一緒に合わせたい写真集がこちら。インド人フォトグラファーのラグビールシン。インドのウイスキーにインドの景色が合わないわけがない。彼が亡くなった18年後の2017年に出版された、ベスト・アルバムのような写真集だ。

ニューカラーと言われるスタイルの中での代表的な写真家とラグビールシン。

Modernism on the Ganges /Raghubir Singh 2017
ウイスキーと写真集を楽しむのに大切な事は、急がずゆっくりと時間を掛けて眺める事だ。写真集をみるのに慣れていない人は一冊見るのに5分かからないであろう。ウイスキーを飲み慣れていない人は口に含みすぎて喉が焼けるような思いをするであろう。それではとてももったいない。せっかくの贅沢を台無しにしてしまう。

コツはパラパラと先にページをめくりたくなる気持ちを抑えて、ページをゆっくり一枚めくり、グラスを手に取り香りを確かめて、これもまたゆっくりと少量を口に含む。一息ついたら写真に目をやる。何度見返しても一枚の写真に新たな発見をするだろう。

飲み急いでもいけない。ストレートに疲れてきたら多少加水しても良い。つまみにはオリーヴでもあれば充分だ。

私のお気に入りはラジャスタン州で撮影されたニューカラーらしい1枚。

大人にだけ許された嗜み方。贅沢な時間。

気に入った写真を見つけたらそのままページはめくらない方が良い。そんな日はその一枚の写真だけを肴に飲めば至福の時間を得ることが出来るかもしれない。そのような一枚に出会う事が出来たら素晴らしい事だろう。

ラグビールシンの構図や色使いの芸術性とパワフルでエネルギッシュなインドのリアリティーが融合した芸術作品は、南インドの環境そのものをボトルに濃縮させた芸術品ポールジョンピーテッドそのものといえる。まさに商品の名前にもなっているポール・P・ジョン社長の夢「造る以上は、世界を唸らせるウイスキーが造りたい」から生まれた情熱の結晶である。

このお気に入りの写真集とポールジョンピーテッドの至高のマリアージュを是非楽しんでいただきたい。