Vol.116

UNIQUE

27 MAR 2020

六本木の文喫|BUNKITSUで、いそがない旅に出る

年間300冊以上の本を読んでいる自分に、同じく読書好きの友人から電子書籍を頻繁に勧められる。手のひらサイズで持ち運びに便利であることは承知の上で、どうしても紙に印刷された本から離れることができない。すべてにおいて世の中にデジタル化が進む今、もはや紙の本を読むという行為は時代遅れなのだろうか。活字離れと言われて久しいが、人が文字を読む総量はむしろ増えているとも聞く。そんなとき、なんと入場料が必要だという六本木のユニークな本屋「文喫|BUNKITSU」に本の未来と可能性のヒントを強く感じ、訪れてみた。

洗練された文化発信の地、六本木に生まれた文喫

地下鉄の六本木駅から徒歩1分という好立地にある文喫は、2018年6月に38年の歴史を閉じた青山ブックセンター六本木店の跡地に同年の12月につくられた。大手書店卸の日販リノベーション推進部は「本と本屋を好きになってもらうきっかけをつくる」というミッションのもと、「Soup Stock Tokyo」をプロデュースしたことでも知られるスマイルズとタッグを組んだ。過去の叡智を現代の文脈に即したリブランディングでアップデートすることを得意とするスマイルズと、書店運営のノウハウを蓄積してきた日販グループ、リブロプラスの強みを掛け合わせることにより、本屋の新しい可能性を追求している。

透き通ったガラスのエントランス。その奥に続く開放的な空間が道行く人の目を引き、未知なる世界への可能性を感じさせる。
総売場面積は約462平方メートル。1階のエントランスでは本にまつわる企画展を定期的に開催。壁面には約90種類の雑誌を販売する「マガジンウォール」を設置。エントランス奥の階段手前のスペースまでは無料で閲覧可能な「展示室」となり、書籍や雑誌にちなんだ企画を毎月入れ替えている。

本と手紙の関係性を独自に定義した「手紙展」*2020年4月9日まで開催。

企画展の関連書籍が積まれている木製のパレット。

雑誌の裏はボックスになっており、雑誌からインスピレーションを得て選ばれた本が収められている。
ホテルのロビーをイメージしたというレセプションで入場料を払うと、専用のバッジがもらえ有料スペースへ立ち入ることができる。複数人で利用可能な「研究室」、打ち合わせや食事を楽しめる「喫茶室」などが併設されている。最も人気があるのは、各席に照明と電源を完備し集中して読書や調べ物ができる「閲覧室」だ。

まるでホテルのようなレセプション。チェックインという言葉がとても似合う。

複数人で利用可能な「研究室」は打ち合わせにも最適だ。

人気のある「閲覧室」は、各席のライトや椅子もラグジュアリーな雰囲気。読書欲が高まる。

中2階の高さの「閲覧室」から書棚を見下ろす。大量の本を見るとワクワクする。

「喫茶室」ではドリンクはもちろん、豊富なフードメニューが用意されており長時間の滞在にも便利。

「喫茶室」の奥の「イベントスペース」にはロッカーも設置されている。荷物を預け、身軽に書籍を選ぶことができる。
書籍の取り扱いジャンルは元青山ブックセンター六本木店の名残もあってか、建築とデザイン、そしてファッション関連の書籍が3割強と大部分を占める。そのほかは海外文学、日本文学、哲学、文化、歴史、心理、宗教、社会、科学、自然、工芸、映画、音楽、写真、コミック、ビジネスと幅広いジャンルを約3万冊で網羅。売れ筋はおさえつつ、本好きであれば思わずニヤリとしてしまう選書は流石の一言。

音楽の棚にあるドビュッシーの本。読書という海に漕ぎ出すきっかけになるのかもしれない。

日本独自のコンテンツとなったマンガ、コミックもおさえてある。

文喫のユニークなとりくみ

やはり特筆すべき点は入場料を支払って利用するというシステムだろう。無料で閲覧できるスペースもあるが、ほとんどの利用者は税別1,500円(土日祝日は税別1,800円)を支払い文喫に数時間滞在している。博物館や映画館と近しい価格設定にしているのは、書籍を売るだけの場所ではなく、空間としての価値を提供するという文喫のコンセプトと自信のあらわれだ。利用時間に制限はなく、珈琲と煎茶はおかわり自由、配架されている書籍は好きなだけ閲覧でき、購入できる。自分に合う本をじっくり選びたい人には、むしろ割安だといえるのではないだろうか。

本屋とカフェの掛け合わせというビジネスモデルであれば、既にどこかで聞いたことがあるかもしれない。文喫ではマーケットをリードするような取り組みをオープン時から積極的に展開している。冒頭で紹介した企画展だけではなく、著者による刊行記念トークイベントなど、読書人が交流できる催事も定期的に開催されている。利用方法もユニークで、企業単位で申し込める「法人限定プラン」をはじめ、利用者の好みや読書シーンにあわせて専門スタッフが個別にセレクションをしてくれる「選書サービス」、平日19時以降の入店限定で利用料が割引される「ナイトクルージング」、そして個人向け定額制会員「文喫定期券」が用意されている。

「文喫定期券」はアプリで管理される。頻繁に利用する人には特にお得なサービスだろう。
文喫では新しい読書体験を創出するため、「本と過ごすためのビール」をつくるプロジェクトをクラウドファンディングで開始、支援者を募集中だ。「未知の本に手を伸ばし、本を起点に誰かと話す」、そんな体験を加速させるビールだという。

適量のアルコールは集中力を高めるというから、読書との相性は抜群だろう。
図書館には必ず存在する「返却棚」が文喫にもある。複数の書籍を曖昧な記憶のまま不確かな場所に戻すより、できれば売り場の構成を熟知したスタッフに任せるべきだろう。この返却棚を見ていると、人の趣味嗜好を垣間みることができるようで面白い。文喫の利用者はお金を支払っているモチベーションの高い人たちだ。そんな彼らの選書はとても刺激的。数分前にその書籍を手にしていた見知らぬ誰かの意識と、自分の意識が接続され拡張していく。そんな感覚が新鮮で楽しかったりする。

返却棚に置かれている書籍、どんな理由でこの本を手にしたのだろうか。

本屋で本を選び、買う理由を考えてみる

インターネットの急速な普及に伴い、様々な買い物がオンラインで可能となった。食料品、衣料品、そして書籍までもが簡単に注文することができ、あっという間に自宅に届けられる。そしてさらに驚くのは、多くのECサイトで実装されている「おすすめ機能」だ。当人の購入履歴はもちろんのこと、巨大なプラットフォーム上で行き交う人々の購入履歴と検索履歴、さらには独自のアルゴリズムに基づき、利用者が求めているであろう商品が的確にオススメされる。あまりにも精度が高く、まるで自分でも知らない自分の欲求を、知らない誰かにこっそり見られている。そんな居心地の悪さを微かに抱くこともある。

amazonの個人画面。頭の中身がシステムにより可視化されている。そして気づくとポチっと購入してしまう自分もいる。
雑誌『WIRED』の創刊編集長で、長年テクノロジーの進化を最前線で考察し続けてきたケヴィン・ケリー氏は、自著「テクニウム」のなかで「テクノロジーの進化により人類は選択する機会が増える」と未来の可能性を論じていた。しかし、自分の意思を介さない選択という行為が少しずつ増えているという事実に対して、我々人間はその環境を手放しで受け入れてよいのだろうか。インターネットの情報はとにかく検索性に優れ得られる量も膨大だが、圧倒的なスピードで流れていく。何が自分に必要で、正しいのか。時間をかけて判断する前にあっという間にどこか遠くに行ってしまうような気がする。

オレンジ色の装幀が圧倒的な存在感を放つテクニウム。副題の「テクノロジーはどこへ向かうのか」は、我々に考える機会を与える。
さしたる目的もなく書棚の間をブラブラ歩いてみると、見たこともない装幀やタイトルがどんどん目に飛び込んでくる。手にとりページをめくり、気がつくと夢中になっている自分がいる。ごくありふれた流れではあるが、自分の意思に基づいた選択の結果であることは言うまでもない。訪れた本屋の書棚全てに目を通すことは物理的に難しい。前述の「おすすめ機能」のようなシステムに身を委ねることで、今自分が必要としている情報が何であるかを効率的に知ることもできる。

丁寧に暮らす。いつしか喧伝されたそのフレーズにファッショナブルな感覚で飛びついた人もいるだろう。丁寧とは日常から無意識の行為を減らし、意識ある行為を増やすことなのではないかと思う。そしてテクノロジーの隆盛に伴い様々なサービスが標準化・均質化されつつある今、それらに食傷気味となった人々の興味や関心が「わざわざ手間のかかること」にシフトしているのを、確かにこの肌で感じる。

読書は旅である

昭和期の名物編集者で文藝春秋の社長であった池島信平氏が、「本を読め、人と会え、そして旅に出ろ」と言った。この言葉を誰かに教わったのか、どこかで読んだのか、全く覚えていない。しかし今でも自分の生き方のブレない軸として据え置かれているのだから、かなりのインパクトであったことには間違いない。

読書は見知らぬ時間と場所に連れて行ってくれる、新しい発見を得られる、という点から旅に喩えられることが多い。旅の定義を確認するために辞書をひいてみると、”定まった場所や住んでいる所を離れて他の土地(場所)へ移動する、訪れること“とある。旅の歴史を遡ると、我々は遠く昔の狩猟採集時代から日々の食糧を得るために旅をしていた。農耕が行われ定住が可能となった時代以降も、猟人や漁師などは常に新鮮な食糧を確保するため、自ら旅を続け新しい土地を訪れていたのだ。食料を情報に置き換えてみると、読書の意味や意義がイメージしやすいのかもしれない。受け身で容易く手に入る情報はどこまで信頼し依存できるものなのか、想像してみよう。

文喫で購入した2冊。「旅の効用/ペール・アンデション」と「旅の窓/沢木耕太郎」
作家であり極地探検家の角幡唯介氏は旅についてこう語る。長くなるが引用したい。
『旅とは何か。それは、今現在の自分の判断や行為の結果によって未来の先行きが変化する、そういう時間の流れのことである。旅は単なるA地点からB地点の移動行為ではなく、こうした実存的な時間の形式と密接に関係している。だが今の世の中、どこを探せば旅的なものが見つかるのだろうか。現代社会は無駄な回り道をせず効率よく成果を出すことばかりを求め、その途中で経験されるプロセスの重要性を完全に切り捨てている』

冒険や探検の書籍がライフスタイルのコーナーに陳列されている。非常に示唆に富む。
ガイドに案内され決められた時間通りに観光名所を巡る旅。不慣れな場所で自ら判断し行動する労力やリスクを排除することで、快適で安全な時間が約束される。しかしそこには偶発性という要素も同時に排除されているという事実もある。本当の旅の醍醐味は、ガイドマップには載っていない路地裏に隠されている。

読書という旅に出るとき、出発地点と到達地点のあいだには様々なストーリーが存在しているはずだ。もしあなたが効率や成果という目的を無視できるのならば、膨大な書籍を収めた書棚そして本屋という土地が今までとは全く違う意味のあるものとして、目の前に現れてくるにちがいない。

旅の途中で寄り道をしたとき、人は不意に目に映るその景色から何を感じるのだろうか。

文喫|BUNKITSU

住所:東京都港区六本木6-1-20 六本木電気ビル1F
営業時間:9:00~22:00(L.O.21:30)
最寄駅:地下鉄日比谷線・大江戸線六本木駅から徒歩1分
電話:03-6438-9120
席数:90席
定休日:不定休

入場料:1,500円(税別)*土日祝は1,800円(税別)

公式サイト:https://bunkitsu.jp/
Twitter:https://twitter.com/bunkitsu_rpng
Instagram:https://www.instagram.com/bunkitsu_roppongi/