世界とのギャップを知る。日本の現代アートの行き先
アートジャーナリストである小崎氏は、著書で海外のアートフェアやマーケット、批評家、スーパーコレクターの存在を紹介。現代アートと政治・経済との関わりを再考するだけでなく、現代アートを評価するための独自のアート理論までも生み出した。タイトルの通りグローバルかつ包括的な視点で「現代アートとは何か」を知りたい方に、まず読んでいただきたい本である。
それでは、このような基礎情報とともに、我々が今後実践すべき現代アートとの関わり方を訊いていこう。
そもそも何が現代アートなのか?
そもそも100年前の近代美術の時代までは、アートは絵画と彫刻しかなく、目で見て楽しむものでした。しかし現代アートの時代になってからは、必ずしも美しさで目を楽しませることが目的ではなくなり、脳を楽しませるものに変わってきたんです。つまり、現代アートは見るものではなく、頭で読むもの。アーティストが作品に込めた意味やメッセージを読むんです。
――「アートを読む」という見方は、どのようにして生まれたのでしょうか?
100年前にマルセル・デュシャンが現れて、男性用の小便器をつくって『泉』と名付け、「これはアートだ」って言ったことが始まりでした。それからすぐに変わっていったわけではないけれど、絵画と彫刻以外の様々な表現を、色々なアーティストが考えるようになっていった。その流れから、現在では何でもアートになりうる状況になっています。
例えば今飲んでいるこの茶碗も、僕が「これはアートだ」って言ったらアートになるわけです。それに、さまざまなメディアが誕生したことによって、写真やビデオアート、サウンドアート、インスタレーション(※)なども、現代アートに含まれていきました。
さきほど現代アートのアーティストは、意味やメッセージを作品に込めていると言いましたが、鑑賞者に連想をもたらすために、作品そのものはもちろん、タイトルや作品の説明文、展示方法などにも様々な工夫をしています。
※インスタレーション…その場に設置された展示空間を含めて作品とする芸術表現のこと。
――様々なものがアートとされると、どのように鑑賞すればいいのか困る時があります。
僕はアーティストが伝えようとする意味やメッセージの厚みや重層性を、"レイヤー"と言っているのですが、作品の中にさまざまに重ねられたレイヤーを少しずつ読み取っていって、作者が何を言いたいのかを推測し、それに対して自分がどう思うのかという一連の流れが、現代アートの鑑賞だと考えています。
――そう聞くと、現代アートはやはり難しく、敷居が高いものに感じます。
そんなことはありませんよ。よく現代アートを理解するために、アートヒストリーを知らなければいけないと言うけれど、それはプロの話。鑑賞者にとって大切なのは、アートの知識を勉強することよりも人生経験です。
――若い頃に観てピンとこなかった映画を10年後にもう一度観たら、全く別の感動があった経験がありますが、そういうことでしょうか?
そう。小説やマンガでもそうですよね。アートもそういうことなんです。その人が経験を重ねることで、現代アートのレイヤーを読み取る深度が深まるんです。人によって感動の仕方が違うのも、それぞれの人生経験が違うからです。
アーティストがすでに亡くなっている場合もありますが、現代アートはその名の通り現代を生きている人のアートで、その時代に起こっていることをテーマとしている場合が多い。つまり時代に起こっていることを知らないと、ある種の現代アートは楽しめないとも言えます。例えばアメリカ人アーティストがトランプ政権を批判する作品を制作するといった、社会問題を元に制作されたアート作品も豊富。社会情勢やニュース、歴史全般に興味がある人が楽しめる作品も多いと思います。
――知的好奇心を掻き立てられることも、現代アートの魅力なのですね。
これからアートをもっと知っていきたいと思う方は、ベネチアビエンナーレなどの、ヨーロッパのアートフェスティバルに行くことをお勧めします。世界の第一線で活躍する現代アーティストの作品をまとめて観ることができます。中には理解しがたい作品もあるでしょうが、そこにあるわずかなヒントをきっかけに、現代アートの理解を深めていくと良いでしょう。
アートと社会のつながり
日本人は教養としてアートを見たいと思う人が多いからかもしれません。でも、例えば今話題になっているバスキアの展覧会も、「80年代のニューヨークで活躍していたアーティストだけど、その当時のニューヨークはどんな感じだったのだろうか?」とか、同時代のアーティストに誰がいて、どのように影響を与え合ったのかを知ると、もっと楽しむことができますよ。
――現代アートは、社会的にどのような価値をもたらすものなのでしょうか?
ベネッセ・コーポレーションの会長であり、瀬戸内国際芸術祭の総合プロデューサーでもある福武總一郎(ふくたけ そういちろう)氏は、「経済は文化のしもべである」ということを度々言っています。これは、文化こそが人間性を維持するために一番重要なもので、そのために経済で生み出したお金を文化に費やそうという考え方なんです。
――世の中をよい方向へ導くための大きな流れを、現代アートを通して、今一度捉え直す必要がありそうですね。
現代アートを買えない、見えないハードル
今なぜこれだけ現代アートが話題になっているのかというと、オークションでアート作品に法外な値段がつけられ取引されているからです。10〜20年前に比べると今の状況はちょっと極端で、現在のアートマーケットのあり方については、書籍でも疑問を呈しています。一方でニュースになることで、今までアートに関心がなかった人も興味を持つようになってきたという点では、悪くないことだと言えるかもしれません。
――なぜ現代アートの価格が高騰してきたのでしょうか?
世界の上位1%に入る高額所得者の存在が大きいですね。お金を持つ人々の多くは金や宝飾品、株式、不動産などに投資します。そのなかで現代アートは投資の対象として手堅い商品であるということを多くの人がわかってきたということが、大前提としてあります。
中国もアートマーケットが非常に盛んです。中国は2000年代に入ってから経済的に豊かになり、富裕層が増えた。彼らがなぜ日本よりも早い段階でアートを投資対象として注目できたかというと、自分の子どもを海外へ留学させたり、世界中にチャイナタウンがあったりすることで、「現代アートが欧米では価値があるものとされている」ということを割と身近なこととして知り、理解していたからだと思います。
――そういった莫大な価値を生み出す世界のアートマーケットに比べると、日本のアートマーケットは未熟に感じます。そもそもなぜ日本のアートの市場は拡張されて行かないのでしょうか?
表に出ない売買もありますから、実際のところ取引状況はよくわからない。しかし日本では先進国に比べてアート作品の売買が他の国に比べて少ないと言われる理由は、2つほど考えられます。第1の理由は、日本は家が狭く、所有するスペースがないということ。これはよく言われることですね。
第2の理由として、とくに現代アートについては、まだ多くの人に馴染みがないことが挙げられる。というか、まだよくわかっていない人が多いと思います。不動産だったら、そこに行けば土地があって、マンションを建てたらいくら儲かりそうだとか、マンションをひと部屋買って、賃貸に出せば、ひと月あたりいくら入ってくるとか、シミュレーションがしやすい。でも現代アートの場合は、絵画や彫刻などのわかりやすいアートと違って、「これが何でアートなんだろう?」と疑問に感じる人がまだまだ多いと思います。
日本の現代アートのマーケットを見ると、東京の一極集中なんです。日本にあるギャラリーの9割が東京にあって、大阪、名古屋、京都に少しあります。要するに、東京以外で現代アートが売れていないということなんですね。僕は10年前に東京から京都へ移住したんですけど、特に京都の人は合理的で何かよくわからないものに対してはお金を出さないんです。一方で、古美術品など、ある程度時間が経って誰もが価値を認めるものになってくると、京都の人もお金を出して買う。でも、京都の人はもちろん、日本人全般がコンサバな面もありつつ、新しいものが好きですよね。新しいものに興味はあるけれど、わからないものにはお金を出さない。この価値観が根強いことは、中国以外の非欧米圏の国全般に言えることだと思います。
――資産として日本の現代アートを買うとなった時、日本のアートギャラリーは国際的に影響力がなく、資産としての価値は伸び悩む気がしています。
実際に日本のギャラリーの影響力は世界的に見ると小さいですね。60年代の日本に「もの派」という芸術運動がありました。そこで活躍したアーティストの作品を日本のギャラリーがどれだけ頑張っても、なかなか売れなかった。しかし、テキサスの大コレクターが彼らの作品をコレクションしていたことによって、2012年頃にはロサンゼルスの美術館で大回顧展が開催されて、全米が知ることになった。これによって作品の値段が何十倍にも上がりました。
アートを買うことの意義とは何か
まず「アートを買うことにどんな意味があるのか」ということを、一度ちゃんと考えてみて欲しいですね。自分の目を楽しませたいのか、自分が良いと思ったアーティストを応援したいのか。もし自分の目を楽しませたいのなら、作品を買って自分の部屋に飾るのは悪いことではない。
アーティストを応援したいという気持ちが強いのであれば、作品を所有する以外の方法でもアーティストを支援できますよね。この社会にアーティストが必要だと考えているのなら、お坊さんへのお布施のような形で、継続的にアーティストが活動できるようにサポートすることも、アーティストとの良好な関係のあり方のひとつだと思います。所有している場合も、自分1人で鑑賞するのではなく、なるべく他の人と分かち合い、価値を共有すると良いでしょう。
――そういった意味では、アントニオ・ガウディとグエルのように、アーティストと実業家が手を取り夢を実現しようとする関係は理想的ですよね。ちなみに、複数のアート作品をコレクションする場合、どのような楽しみ方があるでしょうか?
高度な楽しみ方をするコレクターは、複数のアーティストの作品をひとつの空間に集めて、オリジナルのインスタレーションにしてしまう場合もあります。
――アートを集めて自分なりに展示することで、コレクター自身のクリエイティビティを発揮することができそうです。
そこまでいけたら、素敵ですよね。そういうのをみんなやってみたら良いと思います。日本人だって、総合芸術である茶道を通して、客人をもてなすインスタレーション空間をつくってきた。アート作品が持つレイヤーを理解した上で、それをうまく利用した空間づくりもできるでしょう。
アートフェスティバルやアートフェア、ギャラリーへ行くことをお勧めします。特にギャラリーではオープニングのタイミングでレセプションパーティーが開かれることが多い。その時はアーティストも在廊していることが多いので、気に入ったアーティストと直接コミュニケーションを取れるというメリットがあります。その作品を制作した意図や作品に込めた思いについて聞いてみたり、意見を交わしたりして、アーティストの思想に触れることで、より深い理解に繋がりますよ。
アーティストが作品を通して投げかける視点とは
小崎 哲哉(おざき てつや)
公式ブログ:http://realkyoto.jp/blog/ozaki_kg2019/