Vol.91

MONO

24 DEC 2019

「フェラーリ」のデザイン会社がプロデュースした”インクレスペン”

高級車「フェラーリ」のデザイン・製造で知られるイタリア最大のカロッツェリア(自動車のデザイン会社)、ピニンファリーナ社がデザイン&プロデュースする「インクレスペン」。インクなしで半永久的に書くことができるというこのユニークな文具、実は15世紀のルネサンス時代から使われており、さらには宇宙で使用されたこともあるのだとか。いったいどんなものなのだろうか。文具のプロフェッショナルである代官山 蔦屋書店の文具コンシェルジュ、佐久間和子さんにその魅力などを聞いた。

「ピニンファリーナ・カンビアーノ インクレスペン」は2015年に日本文具大賞・デザイン部門の優秀賞に選ばれている。

インクではなく、金属で書く

「インクレスペン」は、インクではなく金属で書く。ペン先として使用しているのは、イタリアのヴェネツィア大学と文具メーカー・ナプキン社が共同開発した特殊合金「イーサグラフ」。この金属と紙の摩擦部分が酸化して筆跡が残るという仕組みだ。

インク切れだけでなく、芯交換や鉛筆を削る必要もなく、書く行為に専念することができる。手や服を汚す心配もない。
この「インクレスペン」をデザイン&プロデュースしたのは、「フェラーリ」などの車だけではなく、現在は船、電車、バイク、オフィス家具、エスプレッソマシンなど幅広くデザインを手がけるピニンファリーナ社。

車の流線型のボディを思わせるフォルム。
「2014年にイタリアで発売された当時、インクレスペンはSNSですごく話題になりました。”あのピニンファリーナ社がおもしろいものを作ったらしい”と車好きな方やデザイン好きな方が、まだイタリア語でしか情報が出回っていなかった時から注目していたんです」と、佐久間さんは発売当時を振り返る。

インクレスペンの第1号である「カンビアーノ インクレスペン」は、当時の最新型だったフェラーリのコンセプトカー「カンビアーノ(CAMBIANO)」をイメージしたもので、流線型のフォルム、細身のウッドボディが美しい一品。

「車好きや文具コレクターはもちろん、ペンのクリエイティビティからインスピレーションを得たいという、デザイン業界の人や建築業界、インテリア業界の人もよく購入されていきます」。(佐久間さん)

使い方のユニークさやデザイン性の高さからセンセーショナルなデビューを飾ったインクレスペン。しかしそのルーツは、500年以上前のルネサンス時代にあるという。

ルネサンス時代から使われていた

実はこのペンの開発のきっかけは、15世紀のルネサンス時代からレオナルド・ダ・ヴィンチやラファエロなどの芸術家や哲学者達も使っていた「銀筆(シルバーポイント)」にあるらしい。鉛筆が発明される以前は、細い線を書くための道具として、木の棒の先に金属を付けた銀筆が使われていた。インクレスペンは普通紙で使うことができるように改良されているが、当時は銀筆を使うためには表面に特殊な処理を施した専用の紙を準備する必要があった。

銀筆を使ったダ・ヴィンチによるデッサンは数多く残されている。左が銀筆、右がインクレスペン。形などは進化したが、金属で書くという根本的な要素は500年間変わっていない。
「木炭や鉛筆は絵を描いている途中で減ってなくなったりしますし、描き口の太さも変わってきます。一方で銀筆は、途中でなくなることがなく、シャープな描き口をキープできるため、現代も画材としての地位を確立しています」。(佐久間さん)

進化する道具がある一方で、銀筆のように、普遍的な価値を持つものは確かにある。とはいえ、そのようなものにも、時代とともに新しい価値が見出されているようだ。

宇宙空間でも使える

フェラーリのコンセプトカー「カンビアーノ」をイメージした定番モデル「カンビアーノ インクレスペン」のほか、現在はボディに航空産業でも使用されるアルミを使った「エアロ」、宇宙で使うために開発されたマグネシウム製の「スペース(SPACE)」も登場。新シリーズは、最先端の素材への挑戦が感じられるラインナップだ。

「カンビアーノ インクレスペン」は、左から、シダーウッド、ガンメタル、シルバー、マットブラック 各16,000円(税抜)、ライトゴールド、ローズゴールド 各20,000円(税抜)の6種類がある。本体約39g。

限定色や限定モデルが出ることも。写真はダ・ヴィンチ没後500周年モデル。ペンスタンドにもなる木箱には、ダ・ヴィンチの自画像がロガリズミック・スパイラル(渦巻線)上に並んだ点で描かれている。18,000円(税抜)。
「エアロ」のボディに使われているのは、航空機グレードのアルミ(亜鉛とアルミニウムの合金)。航空産業で広く使用されているもので、スチールに匹敵するほどの耐久性があるのに軽量だ。さらに中央の空洞とツイストしたデザインによって、わずか17gという軽さに。

「エアロ」はブルー、レッド、オレンジ、チタンの4種類。本体約17g。ペンスタンドはずっしりとしたコンクリート製でペンの軽さとの対比を感じられる。16,000円(税抜)。
「スペース(SPACE)」は、ISS(国際宇宙ステーション)に滞在する宇宙飛行士に贈られ、実際に使用されたことがあるとか。無重力の宇宙空間には、普通のボールペンや鉛筆は持ち込むことができない。ボールペンは無重力によりインクが出なくなり、鉛筆は芯の破片が機材に入り込む危険性があるためだ。インクレスペンはインクも芯も使わないため、宇宙空間に持ち込むための条件をクリアしている。

ボディはチタンやアルミよりも軽いマグネシウム製。惑星の軌道をイメージしたリング型のペンスタンドがセットになっている。

「スペース(SPACE)」17,000円(税抜)は、スペース(シルバー)、スペースX(ブラック)の2種類。本体約15g。
重さは、軽い順番に「スペース(SPACE)」、「エアロ」、「カンビアーノ インクレスペン」となる。一方で、筆者が実際に書いてみると、重いものほど濃く書けることに気づいた。書き心地は硬めの鉛筆に似ていて、しっかりと書くためには筆圧を強めにかける必要がある。

「ボディが重いものの方が筆圧が乗りやすいので、比較的筆跡が残りやすいですね。軽いボディのものは書いていて疲れにくいです」。(佐久間さん)

好きな書き味で選ぶも良し。3シリーズともデザインのテイストが異なるので、自分の部屋に合うものをチョイスするのも良さそうだ。

“できない”を、何ができるのかという発想に代える

「インクレスペンは、正直、すごく書きやすいわけではないですし、色も薄め。ですがそれは、他の色を邪魔しないというメリットとも捉えられます。紙にしか書けないという点も、他のものには色移りがしないということにもなります」。(佐久間さん)

なるほど、インクレスペンは消しゴムでは消えないし、水濡れにも強いので、水彩画の線を描くのに使ってもにじまず、相性がよさそうだ。また、紙にしか書けないということは、机や服などへ誤って書いてしまう心配がないということにもなり、会議時に速記しなければならない時や、複数人でのアイデア出しのメモに使えそうだ。

できないということをデメリットとしてとらえるのではなく、逆に何に使えるのかを考えるのが楽しい。こういう発想は、利便性を追求しがちな現代ではつい忘れそうになってしまうものかもしれない。

「カンビアーノ インクレスペン」で筆者が日頃の筆圧で書いた筆跡は、2H鉛筆くらいの濃さ。

佐久間さんがおすすめする使い方は、インテリアとして飾り、何かアイデアが浮かんだら書きとめたり、とっさのメモを取るのに使うこと。

「久々にペンを使おうとすると、インクが乾いて使えなくなっていることってありますよね。インクレスペンならそういうことはありません。ビジュアルが美しいので、普段はインテリアとして飾っておいて、使いたいときにいつでも使えます。

また、お医者さんで、カルテを書くのに使っているという方もいらっしゃいましたね。たくさんのカルテを素早く書いていく中で、インクや芯を交換したりする時間は惜しくなる。綺麗に残すために書くというよりは一時的な筆記として使い、その後にパソコンにデータを起こすという使い方をされているそうです」。(佐久間さん)

パソコンですべて入力するのも楽だが、いつも使える環境にあるとは限らない。アナログとデジタルの長所を使い分けた活用の仕方が参考になる。

個人的には、記事の企画のアイデア出しに使ってみたいと思う。日常にヒントが眠っている。ふとひらめき、その時は覚えているのに、いつの間にか忘れて悔しい思いをするーーそんなことは誰しもあるはず。インクレスペンを目につくところに飾っておき、ひらめいたらペンの隣に置いたノートにメモをする。そのノートはいつしか立派なアイデア帳になっていることだろう。

インクレスペンが示唆する、たくさんの可能性

万年筆やそのインク、ガラスペンを普段から愛用している佐久間さんは、インクレスペンを「進化を見られる文具」と表現する。

「万年筆やボールペン、鉛筆などの文具はここ100年くらいで大きく進化してきました。一方でインクレスペンは、これらほど大きく進化しているわけではありません。今は用途が限られていますが、汎用性や書き味も、今後はまだまだ伸び代があるアイテムだと思います。だからこそ、ここからどう変わっていくのか、あるいは別の進化を遂げるのかをリアルタイムで見ていくことができるかもしれない。そう思うと、楽しみなんです」。(佐久間さん)

左が「スペース(SPACE)」、右が「カンビアーノ インクレスペン」。最新モデルである「スペース(SPACE)」はグリップ部分が握りやすく進化。
使用用途の自由度や進化の可能性を秘めているインクレスペン。確かに、宇宙で使うというアイデアは、500年前では想像もつかなかったに違いない。また、佐久間さんは、環境への配慮という面でもインクレスペンに注目している。

「ここ10年間は特に、環境への配慮が見直されていますよね。木やプラスチック、金属を使う文具も環境問題に関わっているのに、大量生産、大量消費が続いている。鉛筆やインクを使うペンのリフィルは使い捨てであることが多いんです。

その点、インクレスペンは時代に合ったアイテム。いいものを長く大切に使っていくことの重要性に気づかされるきっかけになりうるのでは」。(佐久間さん)

こういう気づきが得られるのも、アナログである文具の良さかもしれない。「人間自体がアナログな存在だから、同じくアナログなものである文具は、自分にとって心地がいい、相性がいいものなんですよね」と佐久間さんも頷いてくれた。

インクレスペンには、レオナルド・ダ・ヴィンチらが芸術活動に勤しんだ500年前に思いをはせることができるロマンがある。さらには、将来的には宇宙でおなじみの文具になるかもしれない。

自分の想像力や価値観を広げられるという魅力にも満ちているインクレスペン。あなたはそこにどんな可能性を見るだろうか。

インクレスペン

ピニンファリーナ公式HP:https://diamond.gr.jp/brand_dia/pininfarina-segno/

代官山 蔦屋書店

住所:東京都渋谷区猿楽町17-5
電話:03-3770-2525
営業時間:7:00~26:00 (年中無休)
公式サイト:https://store.tsite.jp/daikanyama/