Vol.806

MONO

03 NOV 2026

森の香りに癒される。クロモジのある暮らし

最近はノンカフェインの飲み物を飲むようにしていて、ミントやカモミールなどのハーブティーのほか、柿の葉、ビワの葉など、樹木の葉や枝を煮出して作る薬草茶が香りもよく、健康にもよいとされていることからいろいろ試すようになった。そんな時に見つけたのがクロモジという樹木。その枝や葉を煮だしたお茶は「和製アールグレイ」と呼ばれるほど芳香豊かで、お茶以外にもさまざまな使われ方がされているという。すーっと爽やかな木の香りの中に柑橘系の香りや時に甘い香りも感じる、クロモジ。その香りを嗅いだときに感じた心地よさに惹かれ、暮らしに取り入れてみることにした。

クロモジとは?里山に育ち、日本の文化に寄り添ってきた香木

アロマオイルを探していたら、クロモジの香り、という品を見かけた。嗅いでみると、爽やかだが上品な香りで、どこかで嗅いだことがあるような記憶もくすぐってくれる。調べてみると日本に生息する、そして日本で古くから親しまれてきた樹木だという。都市部で生活しているとなかなか見かけない植物だが、本州~九州の日本の里山に広く生息。しかし近年では里山や森の荒廃により貴重な植物になってきている。

杉や松など高く伸びる木々よりも低い場所で葉を拡げるのがクロモジ。高さは2mほど
via 「高遠里山の風」サイトより
植物学上は、クスノキ科クロモジ属という分類で、日本にはさまざまな品種のクロモジがあるが、どれも枝を少し折ると、爽やかな香りが広がる。この香りは樹皮に含まれるリナロールやシネオールなどの香り成分によるもので、リラックスや鎮静効果があると言われているラベンダーやローズマリーも含まれている成分だ。さらに近年の研究によりこれら成分には抗菌、抗ウイルス効果などがあることもわかってきているという。

春になるとクリーム色の花が咲くクロモジ
via 「高遠里山の風」サイト
そんな成分研究が明らかになるはるか昔から日本人はクロモジを煎じて消毒剤としたり、胃腸薬にしたり、幹を乾燥させたものは漢方薬として服用したりしていて、檜や杉などと同様、人の暮らしに寄り添った樹木だった。

例えば茶席に出される和菓子に添える楊枝を黒文字と呼ぶが、これこそがクロモジのこと。和菓子にそっと香りを添えてくれる楊枝は、もともとは歯垢を取り除き歯を清潔にするための道具で、江戸時代から庶民の間で広く使われるように。樹皮にスーッとする香りがあり、殺菌効果もあるクロモジは楊枝の材料として最適な樹木だった。ほかにも加工しやすいことから雪の上を歩くかんじきの素材になったり、箸の材料として使われたり、樹皮から抽出した精油を整髪料や石けんにしたりとさまざまに活用されてきた。

長野の豊かな森で育ったクロモジをおとりよせする

かつての人々が薬効を求めて煎じていたように、クロモジを手に入れ、葉や枝を煮だしてお茶として楽しもうと試みる。探してみると枝を販売しているサイトがいくつかあった。なかでも、注文ごとに森でクロモジの枝を採取して送ってくれるというこちらのサイトから取り寄せてみることにした。
桜の名所、高遠城址公園などで知られる南・中央アルプスに抱かれた長野県南部、高遠地域。「高遠里山の風」は、クロモジや赤松など、この地に自生する樹木を研究し、それらを使った製品の製造販売をしている団体が運営するインターネットショップだ。木を伐採することで森に風が通り、多様な生き物を育む生きた森にする。伐採による森への負荷を専門家に検証してもらい環境を守ることに細心の注意を払いながら、赤松やクロモジを採取し、精油や粉など、その香りを活かした商品を作っている。立ち上げたのは地元で農業に携わってきた人、地元に暮らす主婦などさまざまな人。小さな取り組みだが、人と共生する里山の森を豊かにすることで、森と共に生きてきた地域の人々の暮らしを守ることができたらという思いがサイトから伝わってくる。

高遠城址公園の桜の後ろに控えるのは南アルプスの山々。山と共にある暮らしが今も息づく場所だ
何度も仕事でこの地域を訪れたことがあるわたしは、そんな豊かな森を支える人々のお手伝いするような気持ちでクロモジの枝などを注文してみることに。注文があると森の管理者にお願いして採取してもらい、それを箱詰めして送付してくれる。届いた箱の袋を開けてみると、たちまちスーッと清涼感のあるいい香り。思わずしばらく、袋に鼻を入れ、採れたて?の香りを楽しむ。森の豊かさを感じる香りにその景色が目に浮かぶようだ。

購入したクロモジの枝。黒い粒が熟した実。一緒に自生する赤松の葉も同封してくれた
送られてきたクロモジは、枝の一番末端で実や花弁がついた細い枝、それよりも少し太い直径3mmほどの枝などがいろいろ入っていてクロモジの枝ぶりを知ることができた。葉は初夏の頃が一番茂っていて、秋になると黄色くなって葉が落ちる。秋なので黒く熟した実が付いた枝も入っていた。

作っているときから香りに癒される、クロモジ茶

この枝をお茶にするために、まずはたわしなどでこすり洗いし、陰日干しする。しっかり乾かすことで保存時のカビ防止にもなる。乾いたら、2〜3cmほどに枝を切り、お茶の成分が抽出されやすいようにする。細い枝はぽきぽきと手で折れるが、太い枝は固いので、剪定ばさみなどを使って切り、成分が出やすいよう縦割りにしたりしてみた。

ティーバッグなどに枝を入れておくと後の処理が楽になる
これを水と一緒にやかんに入れて沸騰させ、煮だしていく。時間は長く煮だせばいいというわけではなく、15分以上煮出すとえぐみや苦味が出てくるので、時間ごとにチェックしながら好みの味になるまで煮出す。沸騰している蒸気からも香りが出てくるので、煮出しているときは部屋の中も爽やかな香りに包まれ癒しのひとときとなった。

クロモジ茶は香りを嗅ぎながら楽しめるリラックスティー。スイーツとも合わせやすい
出来上がったお茶を飲むと爽やかな香りはもちろん、味わいは樹木を感じる自然な味わいで飲みやすい。保温できるステンレス水筒に熱湯とクロモジの枝を入れておくだけでも充分に香りと味わいを楽しむことができた。

クロモジ茶を楽しんだら…枝をさらに活用して香りを堪能

お茶を楽しんだら、その枝を再び乾燥させて、入浴剤にしてみる。クロモジは、かつて民間療法として浴用にも取り入れられてきたという。市販のクロモジ茶の出がらしを使うのもよさそうだ。湯気とともに立ち上る爽やかな香りに包まれれば、いつものバスタイムも少し特別な時間になりそうだ。

煮出す以外にも枝をホワイトリカーなど35度以上のアルコールに漬け込めば、クロモジ酒を作ることができる。2週間ほど漬けたら濾して、まずは炭酸割りにする。爽やかな柑橘系の香りだが、漬け込むことで香りに甘さを感じるようになって、炭酸で割るだけで十分に美味しく、ほろ苦い後味も心地よい。

スプレー容器にクロモジ酒の水溶液を入れて部屋のフレグランスに。カーテンに吹き付けると自然に香る
この酒を水で薄めてうがい薬代わりに利用してみたら、喉がすっきり爽やかに。アトマイザーなどに入れてクロモジの枝に吹き付け、ディフューザーのようにして香りを楽しんでもいい。森の中にいるような清涼感のある自然な香りは、お部屋のアロマとして、とても心地よいものに。

クロモジの枝をディフューザーにしてスプレーすれば自然な香りに癒される

クロモジのパウダーを配合した塩で、食卓にも森の香りを

「高遠里山の風」では、「クロモジ塩」という商品も販売していて、こちらがあればクロモジの香りを料理に活用することができる。枝や葉を乾燥・粉砕し、釜で煮詰める工程でクロモジ粉を加えて、乾燥させ、さらにクロモジ粉を加えたという「クロモジ塩」。枝と一緒にこちらも購入したので、「香りを食べる」体験をしてみることに。

茸のソテーに半熟卵をのせて、クロモジ塩をぱらり。卵のクセも和らぎ茸の香りとも絶妙にマッチする
クロモジは爽快感のある柑橘系の香りなので、牛赤身肉のステーキや鶏モモ肉のローストなど、香ばしく焼いた肉料理にとてもよく合う。さらに森の香りということで作ってみたのが、半熟玉子を添えた茸のソテー。これにクロモジ塩を振りかけていただくと、黄身のコクに爽やかな香りが加わり、茸の旨味と香りも引き立ててくれる一品に。強すぎず和洋どんな料理にも合わせやすいハーブソルトなのでいろいろな料理に使いたくなる。

しっとり滑かな口どけのチョコレートテリーヌにクロモジ塩を添えて
デザートならば、バニラアイスクリームやビターなチョコレートケーキにひと振りすると、爽やかなアクセントで特別な品に仕上げることができた。ホットミルクにクロモジ塩とはちみつを入れれば、これだけでチャイのような感覚で楽しめるドリンクになった。

先人が教えてくれた森の恵みを、忙しい日常を癒す清涼剤に

クロモジの製品を購入することで、各地の森の再生のささやかなお手伝いができることはもちろん、その香りが暮らしを心地よくしてくれることがわかり、クロモジをもっと活用したいと思った。探してみると、岐阜県飛騨地方、島根県出雲地方など全国各地でそのアロマを活かした製品が作られていて、山間地域の産業資源として、注目されているようだ。

森の恵みをおすそわけしてもらって商品づくりを続ける「高遠里山の風」
via 「高遠里山の風」サイト
クロモジ以外にも間伐材を活用し、森の資源を循環させる取り組みは、森の資源が貴重となってきた日本でとても大切な取り組み。都市部に住んでいると忘れがちだが、森があるお陰で私たちの生活が成り立っているということを、クロモジの香りをいつも暮らしのそばに置くことで、忘れないようにしたいと思った。
参考文献:
「薬草図鑑」(伊沢凡人・会田民雄著、発行:家の光協会、1999年)
「日本の香木・香草」(舟茂洋一・馬場篤著、発行:誠文堂新光社、1998年)

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