Vol.555

MONO

11 JUN 2024

沖縄の伝統工芸品「やちむん」がある毎日の食卓は、あたたかい。

温暖な気候に、穏やかで美しい海、ありのままの姿を残す自然。沖縄という土地が持つ独特の大らかさは、今も昔も人々の心を惹きつけて離さない。沖縄で古くから作られる「やちむん」は、そんな沖縄の特性がよく表れている工芸品だ。今回はやちむんの歴史や特徴、そして日常生活にやちむんを取り入れる魅力をご紹介したい。

海外文化を大らかに受け入れ、発展したやちむん

左から、3寸皿、4寸皿、5寸皿。用途にあわせて使い分けられるのが嬉しい
やちむんとは、沖縄の言葉でいう「焼き物(やち=焼き、むん=物)」のこと。食器や酒器、壺などさまざまな種類があり、沖縄では多くの人が日常的に愛用している。

やちむんが生まれたのは4世紀も前、まだ沖縄が「琉球王国」と呼ばれていた頃までさかのぼる。当時の国王であった尚貞王が、薩摩から3名の朝鮮人陶工たちを集め、指導を担わせたのがきっかけだった。その後も薩摩や中国などとの交易を盛んに行い、各エリアの技法を柔軟に取り入れることで、やちむんは独自に発展していく。

さまざまな文化を取り入れながら、変化を続けるやちむん
その後もさまざまな苦節を乗り越え、約400年もの歴史を紡いできたやちむん。とはいえ、全ての工房が昔ながらの技法や模様を忠実に守り抜いているわけではなく、モダンなデザインや技法に挑戦する陶工も多い。その多様性は、異色の文化や思想をしなやかに受け入れる沖縄の大らかさによって、育まれたものではないだろうか。

日常に馴染む、温かみが魅力

茶色や深い青など、目に優しいアースカラーの器が多いのもやちむんの特徴
やちむんの特徴は、鮮やかな色合いや力強い絵柄、ぽってりとした厚みのある形状。手作りのため一つひとつの柄や厚みが異なることも相まって、人間らしい温かみを感じる。

そんなやちむんの魅力を語る上で欠かせないのが、色付けや質感の変化に使われる「釉薬」だ。今回は、やちむんを代表する2つの釉薬を紹介したい。まず1つは「シルグスイ」。サンゴを焼いた際にできる消石灰に籾殻を加えて20時間ほど焼成し、そこに具志頭白土と白化粧土を混ぜた透明釉だ。

そしてもう1つが「オーグスヤー」。こちらは真鍮を混ぜたもみ灰に水を加えて丸め、1,000〜1,100度で焼成。それに土灰・具志頭白土・透明釉を混ぜることでできる、緑色の釉薬である。そのほか、クルグスイ、アカーグゥー、ミーシルーなどさまざまな釉薬を使うことで、色とりどりのやちむんが完成する。

やちむんは手作りのため1つとして同じ器はない。それぞれの違いを楽しもう
やちむんは釉薬だけでなく、絵や模様も多種多様。古くから愛される、海の生き物を描いた「魚紋」、スポイトのようなもので立体的な線や模様を施す「いっちん」、沖縄の伝統的な技法を用いた「赤絵」…などなど、たくさんの絵柄が存在する。

やちむんの生き生きとした装飾や愛らしい形状は、日常に優しく花を添えてくれる。沖縄らしい個性が詰まった作品の数々は、日本のみならず海外にもファンが多いそうだ。

窯元や職人によって作風が全く異なるやちむん

やちむんには、作り手の人柄や個性が滲む
沖縄県の中でも、特にやちむん作りが盛んなのが「やちむんの里」こと読谷村(よみたんそん)だ。1972年に、後に沖縄県内初の人間国宝に認定される金城次郎さんが移り住むと、他の陶工たちも続々と移住するように。現在では70以上の工房が読谷村に集い、各々のやちむんを生み出している。

たとえば読谷山焼の大嶺工房で作られるのは、巨匠・大嶺實清さんによる力強さと大らかさが表現された器。土、釉薬、窯焼き、そして「かたち」については今なお試行錯誤が繰り返され、圧倒的な存在感を放つ。

「北窯」と呼ばれる共同窯では、双子である松田米司さん・松田共司さんが活動しており、それぞれ工房を開いている。米司さんは伝統に基づく、沖縄の自然を表現した食器や大皿を作陶。先ほどご紹介した「赤絵」での表現も精力的に行っており、高い評価を得ている。一方共司さんは、端正で美しい形が特徴。伝統を守りながらも新しいアイデアを潜ませる、独自の作風が魅力だ。

経年変化が楽しめるのも、やちむんの大きな魅力
他にも、モダンな絵付けが人気の「一翠窯」、細い線彫りで海の生き物を表現する「陶芸宮城」など、多種多様な工房が軒を連ねる読谷村。沖縄に訪れた際は、ぜひ足を運んでみてほしい。

やちむんで作るテーブルコーディネート

食卓を彩るやちむん
前述のとおり、日用品として気軽に普段使いする人が多いやちむん。価格も1万円を下回るものが多くあり、ついつい集めたくなってしまう。ここからは、筆者が食卓で愛用するやちむんをいくつかご紹介したい。

読谷山焼・北窯 松田共司工房の3寸皿
こちらは、読谷山焼・北窯 松田共司工房の3寸皿。乳白や深い青など、目に優しい色合いが心を落ち着かせてくれる。三つ巴の柄のまわりにある白い輪っかは「蛇の目」といい、複数の器を効率よく焼くための伝統技法が用いられている証。やちむんの“実用品としての美”を感じられるプロダクトである。最初は表面にざらつきを感じるが、使っていくうちにまろやかな感触となっていく。

読谷の陶眞窯より窯出しされた7寸皿
こちらは、読谷の陶眞窯で作られた7寸皿。大きな皿にダイナミックな唐草柄が描かれており、食卓をパッと華やかにしてくれる。厚みや重さがほどよく、高台や縁の仕上がりも絶妙。自然と手に馴染んでくれるのが陶眞窯の特徴だ。

お皿の違いで比較。やちむんは食材の色合いと調和し、温もりある見栄えとなる
やちむんの上に料理をのせるだけで、自然と温もりある見栄えになるのは不思議なところ。一般的な白い皿に載せたときと比較すると、白い皿の方は料理そのものが強調されてくっきりとした印象になるが、やちむんは料理と皿がうまく馴染み、一体感が出ているような印象を受ける。

オブジェとして飾るのも素敵だが、毎日の生活道具として取り入れると、やちむんはさらに輝きを増す。

やちむんはあまり価格が高くないため、普段使いしやすい

沖縄の和やかな空気を、自宅で味わおう

沖縄のやちむんがあると、食卓はもっと楽しくなる
沖縄の自然から生まれた土や釉薬を用いて作られるやちむんは、そこにあるだけで大らかな空気を醸成してくれるように感じる。現代は日々の食事をコンビニの惣菜で済ます人も多いだろうが、そんな人こそやちむんを手にとってみてほしい。「やちむんを愛でる」という行為が、きっとあなたの心を豊かにしてくれるはずだ。