Vol.548

MONO

17 MAY 2024

色あせない曲線の美しさ、天童木工のバタフライスツール

天童木工は1940年に山形県で創業し、日本の伝統的な木工技術とモダンなデザインを融合させた高品質な木製家具で知られている。日本を代表する工業デザイナー柳宗理氏のバタフライスツールは1956年に発表され、後にMoMAやルーブル美術館のパーマネントコレクションとして収蔵されている。シンプルな佇まいと絶妙な曲線が美しく、私にとっても「いつか背伸びして手にしたい憧れの家具」なのだ。他にも、天童木工は丹下健三氏など建築界の巨匠たちと協働を重ねている。巨匠たちも信頼を置く技術を知るべく、天童木工へ向かった。

将棋の街、山形県天童市が生み出す木工業の文化

天童公園(舞鶴山)は、人間将棋の舞台としても知られている

桜の名所としても人気の場所で、春は多くの人で賑わう
山形県天童市は美しい自然と数々の名所を誇り、古くから将棋の駒をはじめとする木工業の盛んな街としても知られている。4月には約2,000本の桜の下で、天童桜祭り「人間将棋」が開催される。そんな木工業の街である天童や周辺地域から大工・建具・指物の業者が集まり、天童木工家具建具工業組合を結成したことが、天童木工の始まりである。

天童木工の本社ショールーム&ストア
天童木工は「成形合板」の技術を日本で初めて家具に応用した家具メーカーである。成形合板とは、単板と呼ばれる薄くスライスした木の板を重ね合わせ、型に入れてさまざまな形状をつくり出す技術のこと。成形合板は軽くて丈夫なため、無垢材では表現が困難な複雑な曲線を実現可能にする。これによって、デザインに広がりが生まれることから、建築家やデザイナーからのコラボレーション依頼も絶えない。

また、顧客の要望に応えるために、新しい技術を取り入れたり、環境課題にも取り組んだりしている。時代に合わせて常に変化し続ける、不易流行の取り組みも天童木工の魅力の一つである。

色あせない美しさ、柳宗理のバタフライスツール

木材とは思えない、なめらかな曲線が美しい
美術やデザインが好きな人なら、必ず目にしたことがあるであろう柳宗理のバタフライスツール。
蝶が羽を広げたようなフォルムが名前の由来だ。紙を切ったり、折ったり、曲げたり。そんな手遊びから着想を得たと言われている。確かにこの柔らかい雰囲気は、机上で図面を引いているだけでは、生まれてこなかったアイデアかもしれない。

そして、この曲線美を実際に製品にする天童木工の技術があったからこそ、世界に知られる製品が生まれたのである。良いアイデアと良い技術が組み合わさった時、初めて良い製品が生まれるということに気づかされる。

さまざまな賞を受賞するなど、現在も世界的評価を受けている(写真は海外市場向けにサイズの拡大を試みた試作品) 
バタフライスツールは、2つのパーツを組み合わせたシンプルな構造ながら、デザイン性が豊かで機能性も高い。板の薄さに強度が不安になる人もいるかもしれないが、曲線構造と成形合板の技術が強度を高めているため、心配は不要だ。では「成形合板」とは、どのような技術なのだろうか?

職人たちの丁寧な物づくりから生まれる美しい曲線

芯材には上質なブナ材を使っている
成形合板には、「デザインの豊かさ」「強度の高さ」「環境への優しさ」の3つの特徴がある。

薄くした木材は柔らかく、角度に限界はあるものの、型があれば曲線に加工することができる。デザインに曲線が採用されることによって、デザインの幅が広がり、つなぎ目となるところにコマと呼ばれる木片を挟んで曲げる「コマ入れ成形」を用いることで金具を少なく抑えられるというメリットもある。さらに、木目を交差して重ねることで、無垢材の1.5倍の強度にすることが可能だ。

そして、木の板を曲げて加工するため、削り出して曲線を作る必要がなく端材が出にくい。それでも発生した端材は、工場の機械を稼働する燃料として使われている。

さっそく、バタフライスツールの製作現場を見学させてもらった。

カットした木材に丁寧に接着剤を塗っていく

型を使用し、加圧成形をする。最後に熱を加えて接着剤を硬化させる

成形した後、形状を整えていく。設計通りの曲線に仕上げるために細かい調整を行う

職人の手により、一つずつ塗装作業を行う

2枚の成形合板を組み合わせ、最後に調整と検査を終えて完成となる

木目の模様が左右対称で美しい
どの工程も職人の手作業が中心となっている。機械中心の大量生産とは異なり、職人中心の少量多品種生産は製作に時間はかかるが、細部まで注意を払うことで、高品質な製品を生み出すことができる。

完成したバタフライスツールを見ると、木目が左右対称にぴったりと合わさっているのがわかる。洋服の「柄合わせ」のように、しっかりと計算されてつくられているのだ。「この模様は塗装ですか?」とよく聞かれるそうだが、塗装ではなく天然の木目を活かしているというから驚きだ。

自由な発想から生まれたデザインが、職人の丁寧な手仕事によって、より繊細で美しい形になっていく。職人の技術や情熱が込められた製品から、質感や風合いに独特の味わいが感じられた。

どんなシーンにも寄り添う魅力

バタフライスツールは現在でも高い人気を誇るロングセラー商品だ。2枚の成形合板を組み合わせることから、結婚のお祝いとして贈る人も多いのだとか。

個性的な形だが、木製なので和洋関係なく、部屋に馴染む。着替えるときや靴を履く時にちょっと座っても良いし、ローテーブルのように服や本を置いてもインテリアとしてサマになる。自分のライフスタイルや場所に合わせて、使い方を考える時間も楽しいものだ。

玄関や着替える時にちょっと腰掛ける椅子として

バタフライスツールのカラーは現在2種類。専用のクッションもあり、組み合わせて使うのもおすすめ
バタフライスツールには、色が暗いローズウッドと、明るいメープルの2種類がある。ローズウッドは使っていくうちに色が薄くなっていき、メープルは色が濃くなっていく。
使い込んで、味のある風合いにしていくのも楽しみ方の一つだ。

天童木工が紡ぐ次世代への取り組み

成形合板の曲げ技術があるからこそ実現できた木製自転車(展示会用に製作した特注品)
天童木工では、現在「Roll Press Wood(RPW)」という自社開発の新技術の活用に取り組んでいる。RPWは、杉やヒノキなどの軟質針葉樹を家具へ活用する技術だ。軟質針葉樹はまっすぐに育ち、柔らかいため、家の柱やフローリングの材料として一般的に使用されてきたが、家具のような繊細なデザイン製品には不向きといった課題もあった。

そこで、天童木工では最適な厚さにスライスした単板を大小2つのローラーでプレス(圧密)し、広葉樹と同程度まで強度を高める独自の圧密技術を開発した。それがRPWである。

板の強度が高まり、プレス時間も短縮し、表面は綺麗な色味のままに加工しやすい単板の製作が可能になったおかげで、軟質針葉樹を家具の材料として活用することができるようになった。スギなどは木目のコントラストがはっきりとしているため、ストライプ柄のような仕上がりになる。

RPWを使えば、森林保全のための間伐材も廃棄することなく家具の材料として活用できる

天童木工のショールーム。バタフライスツールをはじめ数々の名品が並ぶ
ショールームには数々の家具が展示され、柳宗理氏や丹下健三氏といった方々とのコラボレーション製品も多数並ぶ。そして現在も、天童木工には建築家やデザイナーからのオファーが絶えないという。同社の高い技術とものづくりへの姿勢がそれだけ多くの信頼と共感を得ている証拠と言えるだろう。

今回、製作現場の見学を通して、一つ一つの製品の裏にある、職人たちの丁寧な作業とものづくりへの情熱を垣間見ることができた。そして、バタフライスツールへの憧れがますます強くなった。暮らしのパートナーになる日もそう遠くないかもしれない。

天童木工