Vol.530

MONO

15 MAR 2024

半世紀以上も続く想いを受け継いで、暮らしに馴染む「北欧アンティーク家具」

世の中にはアンティークなものに惹かれる人が非常に多い。私もその中の1人で、特に1960年代頃に作られた北欧アンティーク家具(特にデンマーク製)には目がない。なぜ心が惹かれてしまうのだろうか。北欧地域のどこかの幸せな家庭で長年使われてきた家具が、何の縁か邂逅なのか、巡り巡って偶然私の前に現れた奇跡に、感動しているからなのかも知れない。ネットや街での奇跡の出会いを通して、私の住処には北欧家具が幾つか鎮座している。 今回は、そんな北欧アンティーク家具の魅力に迫りたい。

現代なら大量生産できないような意匠があり、すべてが1点物

北欧アンティーク家具は、木材の良さを全面に押し出したものが多い
北欧アンティーク家具は、当然すべてが1点物である。1960年代当時の製造工程として、機械での大量生産というよりは家具職人が1点1点を手作業で制作していたこともあり、家具によっては現代の製法では実現が難しいものも多い。実際、当時の北欧家具を忠実に再現した復刻・現行品も多数あるが、生産に手間がかかるため高価な家具となっている。

家具に使用されている木材も、現在は環境保護のために伐採禁止となった木材が使用されていることが多い。北欧アンティーク家具でよく見かけるチーク材はまさにそれ。世界三大銘木の1つに数えられる高級木材で、木目や色味が非常に美しいことが特徴。天然・無垢材のチーク材がふんだんに利用されているアンティーク家具は、長年の歴史を重ねてきた中で木材がいい感じにエイジングを重ねており、唯一無二の艶と輝きを放つ家具となっている。

以前に紹介した Herman Miller社のAeron Chair は、デスクワークのための椅子であり、機能性に重きが置かれた “キングオブ機能性” の椅子だったが、北欧アンティーク家具はそれとは真逆の存在。機能性よりも、材質や各パーツの細部までにこだわり抜かれた意匠、シンプルな使いやすさを追求したものが多い。家具をデザインしたクリエイターの魂を感じずにはいられない。

飴色に輝く1960年代のチーク材。木目も美しい
製造から約60年経っているため、長年の日常生活で生じてしまった傷や染みなども、北欧家具ではすべてが愛おしいと感じられるはず。傷や染みもその家具にしかない個性であり、デザインの一部だからだ。現代の工場で大量生産された家具にはない“味わい”である。

安くはない家具だからこそ、大事に使いたいし後世に残していきたいと思える。そして、長年どこかの国で誰かの手によって大切に使われてきた家具を、今度は自分が引き継ぎ、後世につないでいく。リサイクルやSDGsといった言葉では表現しきれない「物への愛情」がそこには詰まっている。

デンマークを代表するデザイナー ハンス J. ウェグナーの想い

ハンス J. ウェグナーの家具には、彼の名が刻印されている
北欧アンティーク家具には、有名デザイナーが制作したものが多数存在する。私が特に好きなのが、ハンス J. ウェグナー(1914〜2007)だ。デンマークデザイン界で最も創造性と独創性に溢れれたデザイナーと称され、20世紀を代表する世界的な家具デザイナーの一人。

“椅子の巨匠”として知られており、その生涯で500脚以上の椅子をデザインしている。そして、その多くが名作椅子として国際的に高い評価を受けているのだから凄い。

彼の家具の特徴は、とてもシンプル。必要すぎる機能がない。無駄を排除し、利便性を重視している。シンプルな美と使いやすさを追求し、「家具とは生活に馴染むものだ」と言わんばかり。生活の中で邪魔にならない、身近な存在になれる家具を目指してきたのだと思う。

そんな点が、時代を超えても世界中で人気を博し、親しまれている理由だと言える。

無駄がないデザインで利便性も併せ待つ、デイベッド

1960年代製造のGE258(丸脚・オーク材)
ここからは、ハンス J. ウェグナーが制作した家具を紹介していきたい。

GE258(デイベッド)

ハンス J. ウェグナーの代表作の1つであるデイベッド。1954年に学生寮の為にデザインされたものだ。ワンルームのコンパクトな空間でも、十分に使える機能を多数備えている。

ソファとしては広々とした座面でリラックスでき、天板はちょっとしたテーブル代わりになる。ヘッド部分を上げればクッションやブランケットを収納しておくことも可能。片手でひょいっと背もたれを持ち上げれば、あっという間に座面のマットレスはベッドへと早変わり。ベッドということもあり、座面は傾斜のないフラットな設計。ソファの上で横になることもできるし、広々としたサイズゆえに3人で座るならゆとりたっぷりのスペースがある。

天板はちょっとしたテーブル代わりになる

コーヒーカップや本を置くなど、使い勝手が良い

ヘッド部分を上げれば、ソファからベッドに早変わり
マットレスメーカーとして創業したGETAMA社が製造しており、ソファに内包されたスプリングは適度な堅さで、座っても寝ても快適そのもの。デザイン性もさることながら、学生寮の狭い部屋を有効活用してほしいという想いがこのデイベッドには詰まっている。

唯一無二のデザイン。アイデアが詰まった椅子とソファ

CH29は復刻品が出ているが、チーク材のものはアンティークのみ

CH29(Sawbuck Chair)

1952年にハンス J. ウェグナーがデザインした椅子。CH29はその見た目から“Sawbuck Chair”の愛称で呼ばれている。Sawbuckとは木工職人が丸太をノコギリで切る際に使用する木挽き台のこと。デザインは日常生活の中で使うことが重要視されており、無駄を削ぎ落とし、使い心地と利便性に重点が置かれている。

CH29を初めて見る方の中には、「これは折りたたみの椅子だ」と勘違いされる方も多い。折りたたみ椅子は持ち運びしやすいように軽量化がされた形状となっているが、このCH29も軽量化を目的としており、このような形状になっている。

横から見たデザインの美しさに惚れ惚れする
椅子を横から眺めてみると分かるが、「人」という文字のように前脚になるフレームを後ろ脚が支えるようなフォルムになっているのが特徴だ。従来の椅子よりも少ないパーツで構成されていながら優れた強度を保っている。

背もたれが背中をしっかりと包み込む
フレームの制約を受けずに座面を広くとることができるため、座り心地も快適。背もたれが傾斜しているのでゆったりと座ることができる。ウェグナーらしい利便性と美しいデザインが共存する名品として、世界中で愛用されている。

GE40はアームまで生地があるソファ

GE40(2Pソファ)

1970年にGETAMA社より発表された2人掛けのソファ。ソファー全体で無骨なオーク材を使用しながらも所々でファブリックを魅せており、その対比がデザインとして落とし込まれている。

ソファの後ろ姿でも魅せるデザイン
背面ではオーク無垢材を組み合わせた独特なデザインが落とし込まれている。ウェグナーが「美しいバックスタイルも眺めてほしい」といった想いを込めたような背面のデザイン。私はこのバックスタイルが好きで、これを購入している。

布と木の温もりを同時に感じられる意匠
アーム部分にもクッション材をあしらっており、ソファーに座る時もしっかりと木の温かみを感じさせてくれるようなデザイン。こんな細部にもウェグナーの意志を感じられる。

機能的すぎず、極端にシンプル。だからこそ、現代にも残っている

ウェグナーの家具は日常生活にとても馴染む
家具を選ぶ際に、何を基準にするか?デザインで選ぶ場合もあれば、サイズで選ぶ場合もある。使い心地で選ぶ場合もあれば、流行や価格で選ぶ場合も、ただ必要に迫られて選ぶ場合もある。どれが正しいとか、正しくないとか、そんなものは決して無い。個人の自由だ。

北欧アンティーク家具の凄い点は、製造から60年以上経った今でも残っていることである。残っている理由は間違いなく、良いものだからに違いない。実際に日常生活で使用してみて、その素晴らしさは実感できるし、この家具を私も後世に残していきたいという想いも芽生えてくる。そうやって良い家具は、人から人へと受け継がれていくのかもしれない。

この記事を読んで、北欧家具の魅力に少しでも気づいていただけたら、こんなに嬉しいことはない。ハンス J. ウェグナーでなくても、アノニマスデザイン(芸術家やデザイナーによる特別なものではなく、名もなき職人によって造られたもの)でも、かなり秀逸なデザインの家具は多数存在するので、ぜひお近くの北欧家具店でその奥深さを確かめてほしい。