木と革が融合したこだわりの長財布
「変わった匂いでしょう?これ染料の匂いです。うちは革の染色からしているんです」。そう言いながら笑顔で迎えてくださったのは、VARCOブランドを運営する『株式会社 レザーデベロップメント』代表である、梶谷明宏(かじたに あきひろ)さんだ。
革が身近にあった幼少期と打って変わって、大学卒業後は疎遠になっていったという梶谷さん。しかし2年後のある日、会社を継いだ母親からの連絡で、再び縁を紡ぐことに。
「母から会社の営業方法について相談を受け、そのまま手伝うことになったんです。ですが、作り方やその背景など『商品知識を知らなければお客様を満足させる営業ができない」と思い、父の遺した工房で革製品の研究をはじめました」。
このときに生まれてはじめて製品になる前の素材の革に触れた。初めての革加工は失敗の連続だったが、少しずつ革との付き合い方を学び、理解を深めていった。『ヌメ革の加工の際には脂を取り除いておかないと表面にムラが出る』そんな革加工の常識も、このときに身につけたという。
商材は、生前の父が生業としていた革製ベルトに決めた。
「ビジネスパートナーが、手染めした革で一点物のベルトを作っているとの話を聞き、『一緒にやろう』という話になったのがきっかけですね。当時、多くのブランドは染められた革を購入して製作していましたが、うちは革の染色から行っていました。手間はかかりますが、そのこだわりが革製品の愛好家のみなさまに伝わり、商品を覚えていただけるようになりました」。
いつからか「カバンや名刺入れなどは作れないか?」という問い合わせ急増。そんな声に応える形で、株式会社レザーデベロップは、革製品全般を取り扱う会社へと成長していった。
異素材の組み合わせによって拓かれたオリジナルブランド設立への道
当時、梶谷さんの革へのこだわりが評価され、共同事業の提案が多く寄せられていた。しかし、革製小物と木の組み合わせが明確にイメージできず、そのときは返信することなくメールを閉じたという。
「ちょうどそのとき、友人が木材製品(スツール)を取り扱っていて、その座面を作っていました。そこで完成品を見て、改めて木と革の親和性の高さに気がついたのです」。ウッドシートのことを思い出し、すぐにサンプル依頼のメールを返信した。「そのときは『とりあえずやってみるか』程度の感覚でしたが、サンプルで試しにキーケースを作ってみたところ、これまでに見たことのないオリジナリティあふれる作品に仕上がったんです」。
日本有数の生活雑貨の見本イベント「東京インターナショナルギフト・ショー」で、ブランドと製品発表を決めた。展示会までの期間は一年。すぐに本格的な開発に乗り出した。周囲からの評判は概ね良かったが、新しい製品への不安からか、耐久性や機能性について疑問の声がささやかれはじめていた。当時、革と木を組み合わせた製品というのは他になく、見本にすべきものも、助言してくれる先駆者もおらず─まさに孤独な挑戦だった。
「期待の声が大きかったからこそ、『自分ひとりでその声に応えられるのか』と、開発当初は不安でいっぱいでした。ですが同時に『誰もやっていないことに挑戦する』という挑戦に、胸が高鳴ったことを覚えています」。
「一番難しかったのは木と革のバランスですね。どちらの良さも打ち消さないように、1mm 単位での調整を重ねました。木は傷が治らないため、革のように縫い直しができないんです。ただでさえ繊細な革加工の作業に、薄い木というさらに繊細さを必要とする要素が加わったことで、当時はそれまでにないほどに神経を使っていましたね。しかも木は滑りやすいため、ミシンを綺麗にかけられるようになるまで苦労しました。木目によってはミシン目の間隔が変わったりして。そのコツを掴むだけで半年近くかかったんじゃないかな」。
木と革に向き合い続け一年後の2008年9月、梶谷さんは木を組み合わせた革製品とともに「VARCO」を発表。これを皮切りに、梶谷さんのプロダクトは大きな注目を浴びることとなっていった。
積み重ねたこだわりが生み出した「唯一無二のプロダクト」
「全製品を通して、VARCOでもっとも気をつけているのは『既成概念にとらわれない作品を作り上げること』。例えばウッドシートを用いる、革を直線でなくカーブ状に加工するなど、効率上、他社がやりきれない手間のかかる加工に挑戦する姿勢こそ、そういった気持ちの現れだといえます」。
その言葉の力強さに、既成概念にとらわれない=自分たちだけのオリジナル製品を作り上げたいという、独創性に対する強い思いが垣間見えた。続けて、個々の作業に関して語っていただいた。まずは染色加工について。
「一般的には均一に早く染められることから、革の染色工場では専用の溶剤やアルコール染料を使用することが多いです。効率的な反面、アルコールの影響で革の銀面(なめした革の表革に当たる部分)が硬くなったり、染料で銀面が厚く覆われてしまい、手触りや革本来の風合いが弱くなってしまうことがあります。大半の製造会社が、このような出来合いの革を購入して使用しています。しかし私たちは、先代である父の技術を改良した『素染め(SUZOME)』という当社独自技術で染色を行っています」。
染色加工を独自技術で行うことで、革の色合いだけでなく質感にまでこだわることができたという。次に、特徴的な曲線のデザインについても語っていただいた。
「直線加工は難度的には高いものではありません。しかし、これを意図的にカーブさせようとすると途端に難しくなります。一般的には効率重視で加工がしやすい直線のデザインが多いなか、直線の存在しない自然界を表現するという意図のもと、アシンメトリーで滑らかな曲線を取り入れた独自のデザインに仕上げました。素材や加工だけでなく、デザインでも誰もしていないことをしたかったんです。このゆるやかな曲線には、私なりの技術とこだわりが詰まっていると思ってもらえると嬉しいですね」。
製品に込められたマイスターの思い
「VARCOは、私の父が生み出した技術、母が受け継いだ工房、そして私自身が長い年月をかけ培った技術力とデザインを丁寧に注ぎ込み、愛着をもって生み出しました。まさに我が子のようなブランドと言っても過言でありません。すべての商品に、『手に取ってくれた方の生活を、少しでも明るくしたい』という願いを込めています。もし手に取っていただき、さらに長く使っていただけるのなら、これに勝る喜びはありません」。
「経年劣化」や「老化」という意味で、一般的にはネガティブな事柄で扱われることが多い単語だ。しかし、革製品の「エイジング」は、「所有者のパーソナルやライフワークを反映し、色と質感が深みを増していく良い変化」という、ポジティブな「経年”変化”」の意味合いで使われる。
汚れが風合いとなり、衝撃が革を柔らかくしていく。そうして少しずつ、少しずつエイジングされていく。革製品は年月を経るごとに、所有者の生き様を反映し、変化していくのだ。それはあたかも、人が成熟していくように。
自分だけの逸品とともにエイジングしていく日々。VARCOの革財布はその身の変化を以て教えてくれる。『オリジナリティとは誰かに与えられるものではなく、自身の生き様を自らに刻み込むこと』なのだと。VARCOの財布が傍らに在る─それだけで少し誇らしい気持ちが湧き上がってくる。
受け継がれたこだわりと積み重ねた技術が生み出した唯一無二のプロダクト。ともに年を経て、ともに磨かれていく相棒を、あなたもぜひ一度手に取ってみてほしい。