Vol.791

KOTO

15 SEP 2026

夏の終わりクライヌリッシュハイボールと川内倫子アートブックを楽しむ

終わりかけの夏、上品なクライヌリッシュを贅沢にハイボールに使い、川内倫子氏の淡く煌びやかな写真を眺め秋の到来を想う。昼間の鋭い熱気は和らぎ、残暑を含んだ柔らかい日差しのなかで、外で静かな時間を過ごしたくなる。日焼けや暑さを気にして、子どもの時のように全力で夏に向き合えなくなった大人も多いだろう。日が沈んだ夏の終わりの夕暮れに、大人が楽しむ読書とウイスキーはどうだろうか?

クライヌリッシュ14年と、削り出しの氷でハイボールを美味しく飲む

クライヌリッシュ14年と、川内倫子の『そんなふう』
手元にあるウイスキーは、スコットランドの北ハイランドで作られる「クライヌリッシュ 14年」。ラベルには一頭の山猫が描かれ、かつて伝説の蒸留所「ブローラ」と背中合わせで原酒を育んできた歴史を持つ。

最大の特徴は、ウイスキー界でも異彩を放つ「蜜ろう(ワックス)」のような重厚で滑らかな質感だ。ストレートやロックで味わうのも当然美味しいが、夏の終わりの野外ならハイボールを推したい。

14年熟成のスタンダードボトルであるクライヌリッシュは、もちろんストレートで飲んでも素晴らしいが、残暑の残る頃にはハイボールを作っても最高だ。

クライヌリッシュ14年は、北ハイランドの沿岸部で蒸留されたスコッチウイスキー
野外でハイボールを飲むなら、まずおすすめしたいのは、コンビニなどで売られている板氷をアイスピックで削って使うことだ。

グラスにぎりぎり入る大きめの氷を使えば、溶けにくく長持ちするため、最後まで水っぽくならず、クライヌリッシュ本来のおいしさを長く楽しむことが出来る。あらかじめ用意した板氷をアイスピックで大きめに割り、氷の角に沿わせるように、冷えた炭酸を静かに注ぐ。

ここで作る一杯は、日常で爽快に喉を潤すカジュアルなハイボールとは一味違う。炭酸を注いでもウイスキーの骨格がブレず、泡が弾けるたびに熟した洋梨のような気品ある香りが立ち上る。そして口に含んだ瞬間、あのオイル感が炭酸の刺激を包み込むと、リッチで安らぎに満ちた時間が訪れる。氷が溶けても水っぽくならず、むしろ水と交わることでフルーティーな酸味と塩気が鮮やかにひらいていく。

アイスピックを使った削りたての氷
美味しいハイボールを作るコツは、炭酸を入れる前にウイスキーと氷をステアしてグラスを極限まで冷やしておくこと。そして炭酸を入れたらマドラーで氷をそっと持ち上げる程度に抑え、炭酸を逃がさないことだ。

さらに、ハイボールを作ったあとにウイスキーをそっと静かに垂らす「フロート」も試してほしい。グラスに口をつけた瞬間、濃厚な香りが立ち上がり、ストレートに近い、本来のクライヌリッシュの美味しさをダイレクトに感じることが出来る。そのあとを追うように、下から冷たい炭酸と旨みが立ち上がってくる。移り変わる風味は、まさに贅沢の極みだ。

ウイスキーを浮かせたフロートハイボール

川内倫子氏の写真集、生と死を等しく捉える眼差し

緑の影の下で写真集を開くと、まず目に飛び込んでくるのは淡く優しい光だ。柔らかく、どこか儚げで、一瞬「綺麗な写真」と心が和む。けれどページをめくる指を止め、じっと見つめていると、そこにはただの癒やしではない。

影があるからこそ、光を認識できる。その当然のことに、ふと気づく瞬間がある。世界的に多くの評価を得てきた彼女の作品の奥には、言葉では表現しきれない未知の世界が広がっている。

光が印象的な川内倫子氏の作品集
彼女の魅力は、作品ごとに視点の深度を変えながら、世界を捉え直していくところにある。

今や手に入りにくいコレクターズアイテムとしても知られる代表作『AILA』で描かれるのは、まさに「生命の根源」だ。生まれたての赤子や海へ向かうカメの命の輝きと、横たわる生き物の死骸。誕生の歓喜と死の静けさを隠さず等しく並べることで、生きることの生々しいリアリティを突きつけてくる。

生命の尊さを想うAILAの中ページ
一方で、続く『as it is』や、出産と育児の記録を写真と言葉で綴ったエッセイ『そんなふう』では、視点がより身近な愛おしい日常へと向けられる。

中心にあるのは、自身の子どもとの関わりやその成長の記録だ。庭で遊ぶ子どもの姿や、日々移ろっていく家族の時間。写真と言葉の両輪で手繰り寄せられた日常の断片は、自分のすぐそばにある命の愛おしさと、かけがえのない生活の手触りを教えてくれる。そしてそのような穏やかな日常の中にも忍ぶ影。常に生と死が表裏一体であることが、よくある子育てエッセイとは違うところだ。

光の捉え方が印象的な『as it is』

子どもの成長を綴った『そんなふう』
そして、哲学者・篠原雅武氏との対話で構成された『光に住み着く』を開くと、意識は「光」という現象そのものへと向けられる。

私たちが普段何気なく浴びている太陽の光や、木々の隙間から差し込む透過光。写真に収められたそれらの光を見つめていると、ただ「綺麗だ」と感じる以上の感情が込み上げてくる。光が存在するためには、それを引き立てる暗闇や影が不可欠だ。

光そのものをテーマにした『光に住み着く』
世界に溢れる光を追うことで、私たちが生きているこの世界の奥行きや成り立ちそのものを思考させてくれるような、深い静寂がここにはある。生命のドラマ、子供との温かな日常、そして世界を包む光の気配。作品ごとに見せる表情は違っても、その奥底には常にブレない凛とした芯が存在する。

写真から受け取ったそのしなやかな強さが、じわじわと身体に染み込んでいくのを感じる。

1枚の写真から、何を感じ、どう考察をするか。それこそが写真集を開くという遊びなのである。
自由に感じて、自由に捉える。その遊び方をこの本が教えてくれる。

篠原雅武氏による考察

ふたつの「静かな強さ」が交差する 

手元にあるのは、不揃いな割氷に満たしたフロートハイボール。グラスに口を寄せると、上面の濃厚な香りと、追ってやってくる冷たい炭酸、そして喉元に残るかすかな潮風のニュアンスが立ち上る。

その余韻を抱えたままページをめくっていると、目の前の写真集と手元の一杯が、自然に重なり合っていく。

川内氏の写真が持つ、光をすくうような繊細な美しさ。
クライヌリッシュが持つ、滑らかで上品な佇まい。

どちらも一見するとどこまでも優美だが、その奥にはブレない芯の強さがある。生と死、光と影の表裏を思考する写真の眼差しと、200年の歴史と厳しい自然に育まれたウイスキーの骨格。軽やかに見えて、どちらも地に足のついたタフさを秘めている。

不揃いな割氷は急激に溶けることなく、ゆっくりと時間を引き延ばしてくれる。一口ふくむごとにハイボールの表情が変わり、写真集をめくっていると風の音が心地よく目の前の優しい光が煌めく。

穏やかな光が包む仁淀川の森 筆者撮影
顔を上げると、見慣れていたはずの目の前の景色が、どこか違って見えた。

揺れる木々や影を伸ばす草むら。先ほどまではただ「静かで心地よい自然」として眺めていた風景の中に、優しさや美しさだけでなく、どこか容赦のない厳しさや、光の裏側にある深い闇の気配を感じ取る自分がいる。生と死、光と影。『光に住み着く』世界観とウイスキーの「静かな強さ」を身体に取り込んだことで、世界の見え方がほんの少し、けれど確かにアップデートされたように思う。

板氷を削り、こだわりのシングルモルトで丁寧にハイボールを仕込み、一冊の写真集と静かに向き合う。ただそれだけで、日常の風景はこれほどまでに深く、豊かな表情を見せてくれる。

目の前の光と闇が全ての世界を形成しているような感覚を覚え、私もシャッターを切り、光のコレクションを増やした。