Vol.720

KOTO

09 JAN 2026

レコードを聴こう。音楽に酔いしれよう。初心者のレコード体験

テレビのない生活を始めて、はや十数年が経った。代わりに朝取り入れるようになったのが音楽を聞くこと。音楽にあまり詳しくないのでpodcastなどで適当に音楽をかけていたけれど、ずっと心の底でくすぶっている「レコードへの憧れ」を捨てきれずにいる。一見ハードルが高そうなレコードだけれど、昨今はフォノイコライザーやBluetooth送信機能まで内蔵された小型でオールインワンタイプも数多く販売されているそうだ。音楽を聴く体験がより上質になるだけで、毎日がもっと豊かになりそうである。そこで今回は、レコードのある生活をご紹介したい。

初心者にぴったりのオールインワンタイプ

SONYのPS-LX310BT
レコードというと、アンプやスピーカーを揃え、複雑な配線をし、針の扱いにも気を遣う……そんな印象を持つ人が多いだろう。実際に少し前までのレコード再生は、ある程度の知識と購入への覚悟が必要な高度な趣味だった。しかし現在は事情が大きく異なっている。フォノイコライザーを内蔵し、Bluetoothでスピーカーに接続できるオールインワンタイプのレコードプレーヤーが登場し、レコードは一気に身近な存在になったのだ。

Bluetoothでスピーカーと接続して聴くことができる
高価な機材を揃えなくてもよい。配線に頭を悩ませる必要もない。ただプレイヤーを置き、スピーカーと接続し、レコードをのせるだけで音楽が流れ出す。アナログの魅力はそのままに、扱いやすさだけが現代的に更新されているのである。

装飾が一切なく、シンプルなデザイン
そうしたオールインワンタイプの中から、実際に選んだのがSONYのPS-LX310BTだ。シンプルな見た目で主張しすぎず、部屋に自然と溶け込むデザインであること。小型で置き場所に困らないこと。そして、操作が極めて簡単であることが決め手となった。

トーンアームやダイヤルも美しい
使い方は驚くほどシンプルである。ダストカバーを開け、レコードをターンテーブルに置き、再生ボタンを押す。それだけでアームが自動で動き、針が静かにレコードに下りる。起動音も控えめで派手さは一切ない。針が触れた瞬間に、音がふっと立ち上がる。

操作はとても簡単。レコードをセットしてスイッチを押すだけ
アナログは難しい。レコードは上級者向け。そんな思い込みは、もう必要ないのかもしれない。オールインワンタイプのレコードプレーヤーは、憧れを現実に変えるための、ちょうどよい入口なのである。

好きなレコードを買いに行こう

渋谷のnext records
レコードプレイヤーを手に入れると、街に出かけた際の楽しみが増える。掘り出しものを探そうと、今までは目に留めていなかった中古ショップや本屋さんをつい巡ってしまうのである。私は東京生まれ東京育ちだけれど、レコードショップに向かう道すがら、今まで見たこともなかった東京の景色を発見できたのも得難い体験だった。

店内には音楽のジャンルとアルファベット順でレコードが並ぶ
実は東京は、世界的に見てもレコードショップが多い街なのだという。個人オーナーのお店はもちろんのこと、今やタワーレコードの6階全フロアがアナログレコード専門店になっているそうだ。その他にも、HMVは「レコードの聖地」と呼ばれた渋谷宇田川町に、アナログレコードとCDの中古専門店を構えている。現在都市開発の影響か、アメリカなどではレコード店がほとんど消滅しているそうで、外国からわざわざレコードを求めて日本にやってくる旅行客も多いという。

世界的にも魅力的なレコードショップが揃った東京。せっかくこの町に住んでいるのだから、今回この記事を執筆するにあたり、渋谷にあるレコードショップに取材を申し込んだ。

next recordsの外観
訪れたのは「next records」。迎えてくれたのは店主の今本さんだ。25年以上にわたり、12インチシングルの専門店を営んでいる。店内はレコードが隙間なく並べられ、まるで秘密基地のようだった。

気になるレコードは視聴することができる
今本さん「もともとは大阪でデザイナーをやっていました。当時からレコードも大好きだったので、いつか好きなアーティストのジャケットをデザインしたいと考えていたんです。

レコード店を始めたきっかけは、友人のお兄さんのレコード店の通販を手伝ったこと。そうしたら、当時のDJブームによるレコードへの需要が追い風となり、この通販事業が本業のデザインよりも利益を上げてしまったんです。この出来事が、レコード店の経営へと踏み切るきっかけとなりました」

レコードのおもしろみとは?

今本さんのレコードプレーヤー
今本さん「今はSpotifyなどのストリーミングサービスが豊かなので、合理的に考えたら、レコードは手間がかかるし、意味がないかもしれないですよね。

けれどレコードには、デジタル音楽では決して得られない、特別な音楽体験があると思うん
です。言葉では説明できない、本質的な魅力とでも言ったら良いでしょうか。例えば、最近またレコードの人気が再発しています。デジタルネイティブな若者たちが、懐かしいという気持ちとは無関係に、レコードに魅了されているみたいなんです。レコードの何がこんなにも人々の気持ちを捉えるのか、僕もずっと考え続けています」

「まだまだ答えはでませんが、それでも僕が思うレコードの魅力は、まずは音質の多様性。同じ曲でも、カートリッジや針、アンプ、スピーカーによって音が劇的に変化します。さらに、アルバム版とシングル版、音源が録音された国や地域によって異なるバージョンが存在し、一枚のレコードの中に無限の音楽的可能性が秘められているんです。

またレコードを聴く行為自体が、一つの儀式のよう。ジャケットから出して、ターンテーブルにそっと乗せて、針を置く。このプロセスそのものに価値がある。僕自身、手間をかけることが、音楽を愛でるスタンスを育んでくれました」

音質の良さが最大の魅力。12インチシングルのレコード

12インチシングルのレコードたち
レコードをこよなく愛してきた今本さん。そんな今本さんがこだわりを持って集めているのが、12インチシングルだ。12インチシングルとは、12インチ(約30cm)の大きさのレコードで、アルバムと違い1曲から2曲ほどしか収録されていないもののこと。

どうして12インチシングルにこだわっているのだろうか。その理由も伺った。

「12インチシングルの良さは、とにかく音質の良さ。アルバムは一枚のレコードでたくさんの曲を聴ける良さとお得感がありますが、一枚に7〜8曲入っているより、1〜2曲の方が圧倒的に音質が良いんです。

これはレコードの特性によるもの。レコードは外側の方が音質が良好なんです。また多くの曲を詰め込むと、音を刻む溝が狭くなり、音が歪みやすくなります。通常、レコード一枚に高音質で録音できるのは20〜23分程度。CDのように60〜70分の収録は困難なんです。

だから、必然的に収録曲を絞った方が、音の質が高まります」

レコードに溝を刻むことで、音を収録できる
今本さんが試しに店内でかけてくれたのは、マイケル・ジャクソンの「ビリージーン」。誰もが知っている名曲である。けれどもデジタルの平面的な音質とまったく違う鮮明でドラマチックな音は、まるで初めてこの曲を聴くかのような音楽体験を私に与えてくれた。

レコードによって値段はさまざま。数万円を超える高価なものも存在する
「聴いたことのある曲だと、違いがわかるでしょう?最初に買うのであれば、聴いたことのある曲を買ってみて、聴き比べてみるのもおすすめですよ」

視聴してみた結果、今回私がセレクトしたのは1998年にヒットしたDes'ree(デズリー)の「What's Your Sign?」とNe-Yo(ニーヨ)の「When You're Mad」

窓辺でレコードをかけることが日課になった
レコードから流れる音は、デジタル音源とは異なる質感を持っている。輪郭は少し柔らかく、けれど今まで気づかなかった音の存在に気づけるほどとても複雑で繊細だ。その立体感は、音楽が「流れている」というより、「空間に存在している」と言ったほうが近いかもしれない。

不思議なことに、レコードをかけている間は、スマートフォンに手が伸びにくくなる。曲を飛ばすこともなく、ただ一枚のレコードを通して聴く。音楽をBGMとして消費するのではなく、一緒に時間を過ごす感覚が生まれるのである。以前友人の家で聴いたときも、同じような感覚に包まれた。レコードに「ながら聴き」は通用しない。思わず音楽と向き合い、没入してしまうのである。
レコードのある生活は、決して特別なものではない。むしろ、少しだけ日常の速度を落としてくれる存在のように感じる。音楽を聴くという行為が、ただの作業や習慣ではなく、ひとつの豊かな時間として立ち上がる。その変化だけで、暮らしの質は確実に変わるのだ。

next records